あの日から10日が過ぎていた。
目眩く真っ昼間のシーツの海の…。
「?どうしたの?」
「えっ、あ、何でもないよ」
嗚呼、ぼんやりしてしまっていた。
でもあの日の逢瀬は思い出しても頬が熱くなる。
あんな色んな遊星を見たのは初めてだった。
ベッドに入ると記憶が甦ってしまって困っている。
気持ち良かった…かどうかまではまだ良く分からない。
ただ、あの時の遊星を思い出すとドキドキして体が熱くなる。
見たことも無いような顔をたくさん見たし、聞いたことも無い声をたくさん聞いた。
嗚呼…。
「遊星に、会いたいな」
まあ、あの日は特殊だったわけだ。
このガレージに誰もいない日などそうそうない。
そう考えれば、あの日の逢瀬は幸運だったのだろう。
はあれから出来る限り顔を出してくれているようだったが、この前のように二人きりになれることは無かった。
落ち着いて恋人らしい会話すら出来やしない…と、そこまで遊星は考えたが、果たして彼に『恋人らしい会話』というものが出来るのかどうかは本人にすら疑問だった。
しかし初めての日以降はへの気持ちが膨らむばかりという自覚もある。
ずっと傍に置いておきたい。
抱きしめたい時に抱きしめて、キスをしたいときにキスをしたい。
毎晩だって愛したい。
しかし、それは現実的ではなかった。
もシティで育ちはしたが、天涯孤独な身の上だった。
学校も行かず働いて一人で生計を立てている。
彼女が承諾さえしてくれれば傍へ置くことは容易だが、経済的な側面からいって上手く成り立つのかどうかは良く分からない。
そしてここは遊星以外にもクロウとジャックがいる。
彼らがをどうこうしようとしていると思っている訳ではない。
それでも、男ばかりのこんなところで彼女を傍に置くというのは流石に気が引ける。
遊星は深く溜め息を吐いて顔を上げた。
18時を過ぎた頃。
今日はからガレージに寄ると連絡があった。
そろそろ来ることだからコーヒーでも用意しておこう。
ああ、クロウが先に戻ってくるかもしれないから3人分か。
遊星はおもむろに立ち上がると、階段を上がる。
と、そこへエンジン音が聞こえた。
クロウが先だったか…と思いながら階下を見ると。
「クロウ、ありがとう」
「つってもすぐそこだったけどな」
「それでもありがと!」
がクロウのブラックバードから降りてくるところが目に入った。
会話から伺うに、どうも近くで会ったようだ。
だが…何か、気に入らない。
クロウの後ろに乗るのが悪いわけじゃないのにもやっとする。
釈然としない気分を抱えつつ遊星は階段を引き返した。
ぱっと笑顔で顔を上げたと視線がぶつかる。
「遅くなってごめんね。ここで皆とご飯食べようと思って帰りにスーパー寄ってたんだ」
「そうか」
「もー重くって。クロウと会えて良かった〜」
「大袈裟だな。5分も違わねぇって」
「…」
何故俺を呼ばないんだ。
遊星は更に憮然とした気分になった。
それに、いつの間にこの二人は仲良くなったんだろうか。
初めて顔を合わせてから半月ほど。
まだ少し壁があるような感じだったのに、急に仲良くなっている。
「キッチン借りるね」
いそいそと階段を上がるを見送って、クロウが遊星の肩を叩いた。
意外に真面目な表情で。
「さっき聞いちまったんだけどよ、、俺らと同じなんだってな」
「…同じ?」
「親、いねぇんだろ?」
「ああ」
「…大事にしてやれよ」
クロウの、本気の声。
壁が無くなった理由を何となく察することが出来た。
「お前に言われなくてもそうする」
遊星は少しだけ笑って返した。
「ああ、そーだ」
返答を聞いて、クロウは小さな鍵を遊星に渡した。
今度は先程と打って変わってニヤニヤとしながら。
「鍵?何だこれは」
「これな、俺の個人的なサテライトの隠れ家の鍵でよ。お前に貸してやろうと思って今日掃除までしてきたんだぜ。感謝しろよなー」
「どういう意味だ?」
「のメシ食ったら、誘ってそこへ行ってこいよ。二人きりになりたかったんだろ?」
クロウの指摘に遊星はぎくりと体を固まらせた。
背筋を冷や汗が伝う。
「……何の話だ」
「とぼけんなって。顔に欲求不満って書いてあるぜ?降ろした後のお前の目…俺に一発殴らせろって言ってるみたいだったな」
「……」
あああああ、死にたい。
見抜かれてたとか。
しかもクロウに。
黙り込んでしまう遊星に、クロウはとにかく鍵を握らせた。
「お前、Dホイールの調整で疲れた顔してるしよ。ちょっと息抜きして来い」
「…礼を言えばいいのか、逆ギレすればいいのか全然分からない」
労わられているのか、からかわれているのか。
恐らく両方だ。
焦燥したように遊星は右手で顔を覆いしゃがみ込む。
新鮮な反応だ。
恋愛とはこんなにも人間を豹変させてしまうものなのか。
「いっやぁすげーな。俺にへたり込まされる遊星なんか初めて見たぜ」
「うるさい」
今すぐにでもデュエルで黙らせたいところだったが、との逢瀬の鍵を返せと言われるのも嫌なので実力行使だけはやめた。
そんな遊星を見てクロウはひとしきり楽しんだ後、遊星の隣にしゃがみ込んで一言だけ耳打ちした。
内容に驚いた遊星は弾かれたようにクロウを見る。
「ま、次第だけどよ。お前も考えてたんじゃねーの?」
「いや、それは…」
視線を泳がせて遊星は言い淀んだ。
「無理にとは言わねぇけど…この前の地縛神みたいなこともあるかもしれねぇ。その時遊星は後悔しないのか?」
「…」
どうだろうか。
しかしクロウの言うことももっともかもしれない。
遊星はいつもの無表情で床を見つめていた。
が簡単に作ってくれた夕食も、色々複雑な気分の遊星は楽しむどころではなかった。
クロウに言われた一言が気になっている。
ダークシグナーのような輩がまた現れるのか。
それは全く分からない。
地縛神に取り込まれた人間は全員帰ってきていた。
もしかしたら覚えていないだけでも取り込まれていたのかもしれない。
クロウとが会話するのを無意識に聞きながら、遊星は時折短い返答を返していた…ら。
「遊星、全然聞いてないわね」
がいつの間にか遊星の顔を覗き込んでいた。
「疲れてる?あんまり元気ないみたい」
どちらかと言うと遊星は普段から口数が少ないので判別が難しいが、少しだけ雰囲気が暗い。
「いや、そんなことはない」
「そう?」
クロウを差し置いて二人だけの世界…と、言うわけではないが、そろそろ背中を押してやるかとクロウは席を立つ。
「遊星、さっき渡したやつ忘れんなよ」
「…ああ」
「じゃあ俺は風呂入って寝るわ。お前らも程々にな」
ニヤリと笑うクロウの真意は恐らく別のことを指しているのだと遊星は思った。
『程々にしてを帰せ』ではなく『行為は程々にしろ』と言ったのだろう。
は勿論気がついていない。
「さてと、ぱぱっと洗っちゃうかな〜」
食器を集めてシンクに置きながらは独り言を言う。
家でも一人でこんな調子なのだろうな、と思うと微笑ましい気分になる。
しかし、遊星はの肩を掴むと、
「、そのまま置いておいてくれていい。それより出掛けよう」
「え、?出掛けるって…こんな夜中に?」
「ああ。行くぞ」
「ちょっ、遊星、行くってどこに?」
ぐいぐい腕を引かれては転ばないように慌てて遊星についていく。
急すぎる誘いに戸惑うことしか出来ないは訳も分からないままに遊星のDホイールに乗せられていた。
耳元で風を切る音がする。
不安定な車体に僅かな恐怖を感じて、遊星の腰に強くしがみついた。
春とはいえこれだけまともに風を受けると寒い。
遊星はどこに向かっているのか。
問うたとしても返事はエンジン音で聞こえそうになかった。
クロウの隠れ家は存外まともなものだった。
サテライトと言っていたから廃墟でも仕方がないと思っていたが、意外や意外、小さなワンルーム。
電気も点くし、水も出る。
「遊星、出掛けるって…ここ?」
向かい風に冷えた肩を自分で抱きながら、は不思議そうに遊星を見た。
無人のワンルーム。
一体何の用だろう。
「遊星、ここに何か用があるの?」
無言の遊星をは覗き込む。
勿論、遊星としてはセックスをしに来たわけだが流石にそれをストレートに言うのもどうかと思ったので。
「…」
実力行使で訴えることにする。
ぐい、と腰を引き寄せて強引にキス。
驚くの言葉も遊星の口の中に溶けていくようだった。
「っ、…は、…」
くちゅくちゅと唾液の混じる音が部屋に消えた。
何度も角度を変えて、逃げるようなを追いかける。
舌先を絡めとり柔く吸い、上顎をなぞって唇を吸って。
「はっ、ぁ…やだ、遊星もしかして…」
漸く解放された時に、は気付いた。
遊星は二人きりになるためにこの場所に誘ったのだと。
そういう行為をするために場所を変えたのだと。
「いいだろう?あの時のを思い出しては押さえ込んでいたんだ。もう我慢出来ない」
「は、恥ずかしいから、いちいち良いか悪いかなんて聞かないでよ…」
「何故だ。教えてくれ、は俺としたいかどうかを」
「ばか…っ。」
そんなに熱っぽい視線を送られて、体が疼かない訳がない。
遊星の声を聞くだけでドキドキして堪らないのに、求められて嬉しいに決まっているのに。
「教えてくれないのか?…」
抱き寄せられて耳元で囁かれては堪らない。
「…し、…したいに、決まってるでしょ!」
半ば投げ付けるようにが口にした瞬間、遊星は獣になった。
荒々しくベッドにを押し倒し、上から体を押し付ける。
この10日の間に何度も妄想したの体だ。
「きゃっ!ちょっ、…あっ…!」
カットソーを下着ごと捲りあげる。
震える胸を掬い上げるように掴み、外気に晒され僅かに膨らんだ乳首に唇を付けた。
「やっ、…そんな、いきなり…っ」
舌先で捏ねるように撫で回すと、ぷっくりと固くなる。
10日前の痺れが蘇ってくるようだ。
足の間がぬかるむように熱くなった。
「はぁぁ、あっあっ…遊星…」
「、好いか?」
「う、うん…気持ち良い…っ」
何が変わったのかは分からないけど、初めての日よりも感じる気がする。
啄むように乳首を弄られると思わず背が仰け反った。
「ああっ、遊星…っ」
反応を楽しむように舐めたり、甘く歯を立てたり。
遊星のいいように声を上げさせられるのはちょっと悔しかったが、抑える事が出来ない。
刺激を与えられて敏感になり痛いくらいなのに、遊星が優しく舐めるとまた疼くような快感が腰に広がるのだ。
肩で息をしながら、強い快感で生理的な涙が滲んでくる。
それがに色を与えていて、遊星は体が熱くなった。
「、凄く可愛いな…」
「はあっ、遊星、…遊星はケダモノだったのね」
「今夜の俺には誉め言葉だな」
ふ、と小さく笑っての体を起こした遊星は服を脱がせる。
反芻するように思い出していたの白い肢体が遊星の目の前に晒け出されていた。
ああ、綺麗だ。
だがもやられっぱなしではない。
初めての時は嵐の前に佇むだけだったが、今なら少し余裕がある。
「私だけなんて嫌よ」
向かい合った遊星のジャケットを脱がせ、更に脇腹をくすぐるように手を差し入れながら遊星のタンクトップもゆっくりと捲りあげた。
体を撫でるのと同じような手つき。
そんなことをされたらますます興奮するじゃないか。
口にはしないが、が遊星の服を放り投げると同時にその腰を強く抱いた。
「んっ、…」
裸の体が密着するくらいに抱き締めての唇をたっぷりと味わう。
遊星の体に押し付けられた柔らかな胸の感触。
ああ、ダメだ。
本能が欲しがって仕方がない。
キスをしながら遊星はの太股を撫でさする。
スカートからすらりと伸びた滑らかな内股をいやらしく往復した。
「あ、ん…くすぐったいよ…」
「くすぐったいだけか…?」
ニヤっと口角を上げた遊星が意地悪くスカートの奥の下着に指先を触れさせた。
ぴくん。
あの夜の津波のような快感のイメージが蘇ってくる。
「こんなに濡らして…」
「ひゃあっ!」
下着ごしに指をにゅぐにゅぐと動かされ、思わず大きな声をあげてしまった。
「あっあっ、遊星…ィっ」
上下する指が敏感な突起を擦っている。
鋭い痺れがびくびくとの体を跳ねさせた。
遊星は手を緩めない。
空いた方の手は柔らかなの胸を愛撫していた。
きつく遊星にすがりつきながら荒い呼吸を繰り返す。
「可愛いな、。堪らない」
「あっ、!」
とうとう遊星の手が下着の中に入ってきた。
くぷ…と遊星の指がの中心に埋まる。
「はっ、あ…」
「痛いか?」
「ううん、痛くはない…」
でもやっぱり異物感がある。
中で蠢く遊星の指。
少しだけ息苦しくて、は深く息を吐いた。
「あ…っ?」
しかし、遊星の指がある一点に触れたとき、の反応が変わった。
指をきつく締め付けてくる。
「んっんっ…な、何これ…」
「ここ、か?」
「やぁっ、遊星、っや、だ…っ」
体が跳ねるのが止められない。
疼くような感覚が奥の方に生まれていた。
もっと欲しい。
指だけじゃ足りない。
沸き上がる衝動には戦いた。
「、辛くないか?」
一層息を弾ませているに遊星は声を掛けた。
空いた口から艶かしく舌が覗く。
眉根を寄せて、顔をしかめるは、しかし気持ちよさそうな甘い声をあげていた。
たっぷりと欲情を含んだ喘ぎ声だ。
「あっあっ…だめぇ…気持ち良いィ…」
愛液が溢れかえるそこは既に3本の遊星の指をくわえ込んでいる。
焦点のぼやけた目が遊星を見ていた。
浮かされた視線に遊星はぞくりとする。
「遊星、もぉ…。…お願いっ、欲しいの…」
はしたないお願いに遊星は震えるような興奮を覚える。
愛した女が自分を欲しいと言う。
欲にまみれた声で。
すがりつきながら。
思い切り本能に爪を立てられた気分だ。
知らず喉が鳴った。
遊星はの下着を引き下ろして、自分も性急な動作でベルトを外す。
既に勃ちっぱなしの自身を取り出すと、の脚を開けさせて乱暴に捩じ込んだ。
「あぁぁぁっ!!」
待ちに待った遊星の侵入に、の体は悦んで震える。
3本もの指を飲み込んでいたそこは、抵抗もなく遊星を迎えていた。
「はあっ、、好い…っ」
初めての日よりも滑らかに、ねっとりと遊星を苛む。
二度目の快感が遊星の背筋を駆け抜けていく。
「ああ、凄く…気持ち良い。、済まないっ…」
「ひっ、あ…っああ、っ!」
ギシギシとベッドを軋ませて遊星はを突き上げる。
「ゆうっ、せ、ああ、っ!だめっ!」
待ち望んだ快感が想像以上では遊星の背中にきつく爪を立てた。
夢中でを貪る遊星はそれすら心地好くて。
「っ、…っ」
じゅぶじゅぶと淫猥な音を響かせて、何度もの名前を呼ぶ。
「遊星、あっ、あっ…イっちゃう…!」
足がひきつるような快感の津波が迫っていた。
体が震える。
背中がしなる。
もう。
「、一緒に…っ」
「あっ!…だめ、あ、…っ、!!」
息が止まりそうな程の波にはがくがくと体を震わせた。
頭が真っ白になる。
「っ、う…!」
少しだけ遅れて遊星の声。
と同じように彼も体を震わせている。
絶頂の余韻を感じながら、はそれを満ち足りた気分で眺めていた。
「有り得ない…」
凄く気持ち良かったけど、あの後一緒に風呂に入った後もう一度襲われた。
いや、それはまあ良いとして。
「何で避妊忘れるのよ!」
「…すまない、が可愛すぎていつも止まらなくなるんだ…」
「だからって2回も!」
本当にこの男は。
しっかりしているようで、向こう見ず。
本当に子供が出来てしまったらどうするつもりなのか。
「なあ、」
「何よ」
つい語気が強くなる。
遊星はそんなに少しだけ困ったような視線を向けて。
「俺達のところで一緒に暮らさないか?」
と、切り出した。
「へ…?」
思ってもいない申し出にはきょとんと視線を向ける。
一緒に?
遊星と?
「一緒に、って…あのガレージで?」
「ああ。実はクロウにも勧められた」
遊星は頷きながら記憶を辿る。
鍵を渡されたとき、クロウに耳打ちされたのは、をガレージに迎えてはどうかという打診だった。
「クロウが…」
お互いに天涯孤独な身の上で、恐らくは気遣ってくれたのだ。
凄く嬉しい。
それに一緒に住めば毎日遊星に会えて、毎日遊星の声が聞けて、毎日遊星と…。
「…嬉しい…」
怒っていたことも忘れては遊星に抱き付いた。
「、良いのか?」
「当たり前じゃない。凄く嬉しい!」
テンションの上がったは遊星に何度もキスをする。
普段とは逆だ…と遊星は思いながらもそれを喜んで受け入れていた。
しかしは知らない。
この部屋がクロウによって設えられたものだと言うことを。
後でそれをクロウに示唆され、死ぬほど恥ずかしい思いをすることを。
遊星も知らない。
それを知って怒ったにしばらく口を聞いてもらえないことを。
終