Oh! My HONEY 7


ガレージ内は、いつも通り和やかだった。
パソコンに向かうブルーノ。
Dホイールの傍らにうずくまる遊星。
…そして、その隣でせっせと遊星の口にスプーンを運ぶ
「ねぇ遊星、今晩はきちんと寝なさいよ」
またしてもベッドに戻って来なくなった恋人を恨みがましく見る。
しかし食べさせる手は止めない。
の手から運ばれる食事を飲み込んで、遊星はいつも以上に真剣な顔をした。
「…、それは俺と寝たいと言うことか」
「気遣いにそーゆー冗談言っちゃう?怒るよ」
いや、遊星のこの顔はもしかしたら本気かもしれないが、流石にブルーノがいる前で素直に頷くわけにもいかない。
「あはは、が怒っても怖くなさそうだね。は結局遊星には甘いし!」
「そんなことないわよ。もしかしたら手が滑って、このスプーンを鼻に突っ込んじゃうかもしれないしね」
「…」
差し出された一口を食べようと、口を開きかけた遊星の動きが止まる。
そして、警戒するようにスプーンを見た。
「ふふっ、冗談よ。ほらちゃっちゃと食べて食べて」
ならやりかねない…」
「やらないってば。タチの悪い冗談はお互い様でしょ。ほら、食べて」
ぐい、とスプーンを突きつけられて、遊星は再び口を開く。
ガレージ内は普段以上に和やかだった。





雲行きが怪しくなってきたのは、が食器を片付け終わろうかという頃。
ボツっ!と大きな雨粒が窓を叩いたかな、と思ったら、すぐに別の雨粒が窓を叩く。
「やだ!洗濯物!!」
慌てては最後の食器を洗い流した。
「あああ、ちょっと待ってぇ!」
食器を置いて、私室の方まで走る。
バルコニーを開け放つと、大粒の雨がの頬に降りかかる。
大急ぎでばっさばっさと取り込んでいたら、不意に後ろから手が二本のびてきた。
「あれ?」
「手伝うよ、
はとりあえずそれを中へ入れるんだ」
にこ、と笑うブルーノと無表情の遊星。
二人とも男前なのに対照的だなあ…と浸る暇もない。
流石に男女合わせて5人分の洗濯物を一人で助けるのは無理かも…と思っていたのですごく助かった。
二人が手伝ってくれたおかげで洗い直しが必要そうなものはない。
「ありがとう!すごく助かったわ」
「僕達にも無関係じゃないしね。ばっかりに任せたら悪いでしょ?」
3人で洗濯物を抱えて部屋へ運び込む。
クローゼットは各々の部屋にあるため、仕分けをして各人の部屋へ放り込んでおくのである。
「良かった…バスタオル、これがダメになってたら足りなくなっちゃうところだった…」
ハウスシェアも楽ではない。
きちんと管理しないと後で困るのは自分たちだ。
「僕の分はもらってくね」
「うん。で、こっちが遊星と私…」
はい、と遊星に渡す。
最後に残ったジャックとクロウの分も慣れた手つきで仕分けして、それを抱え上げた。
いない二人の分は、部屋のベッドの上へ。
この時だけは勝手に部屋に入るのだが、いつもジャックの部屋が片付いていて驚かされる。
実は同じくブルーノの部屋も大概綺麗だ。
しかし、ブルーノの部屋に入るときに感じるのは『殺風景』という印象だった。
対してジャックの部屋を見て感じるのは『整然』という印象。
確かにあまり裕福ではないこの生活だが、ブルーノは本当に色々と無関心だ。
まあ、あれが欲しいこれが欲しいと言われても困るし、『記憶喪失の上、身元を引き受けてもらっている』という負い目なんかを感じているのかもしれない。。
普段は全くそう見えないが。
因みにクロウの部屋は大体が洗濯物を置いた状態から変化しない。
寧ろ着替えが放置されたりして悪くなることの方が多い。
しかし最近時々遊びに来るようになった「ジャックの義妹」が帰った後はとても綺麗になるのである。
前にクロウは彼女がいることを示唆だけして教えてはくれなかったが、恐らくは…と思っていた。
ただ、何となく誰もクロウの彼女のことに言及しないので、は真偽を確かめられずにいる。
「よし、と」
ジャックとクロウの部屋にそれぞれ洗濯物を置いて、後は共有の洗濯物を畳むだけ。
それをもって一度遊星の部屋に行くと、ベッドの上に洗濯物を放り出した遊星がベッドに沈んでいた。
「…クロウの部屋が『乱雑』なら遊星の部屋は『適当』よね…」
ぽつ、とは呟いた。
さほど散らかっているわけではない。
しかし整ってもいない。
工具は結構そこかしこだし、物の置き場が全く決められていないのが遊星の部屋だ。
引き出しを開ければ全てに何かしらの工具が。
クローゼットの服が減ってきたなぁと思えば箪笥が定員オーバーに。
箪笥といえば、一度箪笥の中からごっそりと本が出てきたんだっけ。
それを見つけたときは『遊星も男の子なのネ…』と思って、うきうきと広げたものだ。
しかしそれはが期待した類のモノではなかった。
恐らく本棚がいっぱいになったので、そのとき空いていた箪笥に放り込んだのだろう。
とにかく目に付いた物を適当にしまって忘れてしまうのが遊星なのだった。
「遊星、寝てるけどいいの?もう終わったの?」
洗濯物を遊星の体の下から引っ張り出しつつは声を掛ける。
「……テスト走行の予定が、雨が降ったから…」
「ああ、中断してるのね」
と、いうことはブルーノも部屋で寝ているのだろう。
遊星に付き合っていたら彼までいつか体を壊すのでは…と思いつつ、ブルーノが付き合うから遊星が調子に乗るのかも、とも思う。
どちらにせよ二人がの言う事を聞くわけも無いので放っておくしかないのだが。
の言葉に小さく頷いた遊星はほんの少し上体を起こす。
けだるそうに見上げる仕草が妙に色っぽいから、は思わず目を逸らした。
しかし。
…」
呼ばれてしまっては無視も出来ない。
「…なぁに」
「ここに……座ってくれないか」
眠気に襲われているのであろう。
ほんやりとしながら遊星は自分の傍を軽く叩いた。
「…ここ?」
「ああ、そう…だ」
理由は分からないけれど、言われた通りにおずおずとベッドのふちに座る。
ふぁ…と欠伸をしながら遊星は頷き、ころんとの膝の上に頭を置いて寝転がる。
「…ちょっと、遊星…」
「…」
「……遊星?」
「…」
すやすや寝息を立てる遊星の耳に、の声は既に届いてはいなかった。
「膝枕して欲しいならそう言えばいいのに」
座らせた上で勝手に膝を使うなんて…。
と、毒づきつつも内心は嬉しくて堪らない
遊星の寝顔を見ることが2日振りだ。
あどけない表情で眠る遊星が可愛くて仕方が無い。
絶対に見間違いをすることはないだろう個性的な遊星の髪に指先を通す。
頭を撫でるようにその髪を梳かした。
「…、ん」
髪だけでは飽き足らず、白い頬も軽く撫でて見たら、遊星がくすぐったそうに身じろぎをした。
起こしては可哀想なのでそうっと手を離す。
「…可愛い、遊星…」
子供のような遊星の寝顔をじっと見ていると何だかちょっとムラっときて。
「…」
体を屈め、眠る遊星の頬には優しくキスをする。
この前放って置かれた時もそうだったが、今も大概欲求不満かもしれない。
雨はまだ降り続いている。
遊星が起きた時にまだ雨が降っていれば、構ってもらえるチャンスもあるかもしれない。
まんじりとしない気分ではこのまま雨が続く事を祈っていた。
「…雨が降り続けば良いなんて思うの初めてだよ…」
ぼそっと呟いた言葉は雨にかき消されてしまったけれど。








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