Oh! My DARLING 1


何と言うか。
彼は本当にトラブルに巻き込まれがちで。



甘い余韻を残したままの部屋で、いつもどおりは目覚めた。
「ん…」
うっすらと目を開ければ、あどけない遊星の寝顔が…。
「…ん?」
違和感。
確かに遊星は子供のような顔で眠っているが、寧ろ子供のようなではなく子供そのものと言うか。
「ちょ、遊星…?」
そっと頬に触れると僅かに身じろぎをした遊星がゆっくりと瞳を開いた。
吸い込まれそうな紺碧の瞳がを見返している。
「…、誰だ、あんた…」
「!」
普段よりも1トーン高い声。
むくりと体を起こした遊星はきょろきょろと辺りを見回す。
「何だ、ここ…。俺、なんで裸で寝てるんだ…」
ぼんやりと呟く言葉にも自らの姿を省みる。
そうだった、昨日の事後眠ってしまったから裸だったんだ。
危うくそのまま部屋から飛び出すところだった。
慌てて床に散らばった衣類を拾い上げる。
寝起きでぼんやりとしている遊星を尻目にとりあえず服を着て、遊星に向き直る。
「…君、自分の名前言える?」
「……あんたの名前は?マーサが他人に名前を聞く時は自分から名乗るものだと言ってた」
「あっ、ごめんなさい。私はよ。君の名前、教えてくれる?」
「……不動遊星」
ですよねー。
だってその個性的な髪型、遊星としか思えませんもんねぇ!
は目の前が真っ暗になる思いだった。
「と、とりあえずクロウに相談…」
「クロウ?そーいやクロウとジャックがいないな。あいつら俺置いて先に遊びに行っちゃったのかな」
もぞもぞとベッドから降りて部屋を出て行こうとする遊星。
「ちょ!ま、待って!!服着て服!!!」
流石に全裸で出て行かれては堪らない。
恐らくここに住む全員が全員、と遊星の夜のことを知ってはいるだろう。
が、明らかなる証を提示するなど以ての外だ。
慌てて拾い上げた遊星のタンクトップを着せる。
「…誰の服だ、これ?全然サイズが合ってない。俺の服洗濯しちゃったのか?」
「え、あ、そ、そう!!まだ乾いてないのよ。だからちょっとこれ着ててくれる?」
ジャケットなんか絶対に着れそうに無い。
ついでに言えば、ズボンも。
仕方なく下着をそのまま穿かせておくことにした。
が、ウェストが合っていなくて限りなく頼りない。
本人もそれを分かっているのだろう。
「なぁ、ジャックたちに見られる前に早く乾かしてくれよ。俺、こんな変な格好嫌だ」
恨めしそうに見上げてくる表情が、申し訳ないが珍しくて可愛らしい。
それに自分の気持ちを良く喋る。
遊星はこんな子供だったのかと思うと胸がきゅんきゅんするが、今はそれどころではない。
「じゃあ、服が乾いたか見てきてあげるわ。遊星君、部屋を出ないでここにいてね」
「…分かった」
不服そうだが受け入れた遊星を置いて部屋を出る。
そしてダッシュでクロウの部屋へと向かった。





「遊星が子供になった?」
「そ、そう…」
「…寝ぼけたんだろ、。それか夢」
「本当に夢なら良かったわよ!ねぇ、とりあえず遊星の小さかったときの服残ってない?着せる服が無いの」
必死な様子にクロウは険しい表情で立ち上がる。
「とりあえず遊星の様子見たいんだけど」
「ま、まだダメ!今、普通の遊星の服を着せてるんだけど、サイズ合ってないこと気にしてるの。先に服を用意してあげてよ」
「つっても…うーん、マーサの家にならあるかもしれねぇけど…」
「じゃあ取って来て!お願いよ、クロウ」
「…はぁぁ…しゃーねぇなぁ…」
大きな溜め息をついてクロウはドアを開ける。
「わーったよ。帰ってきたらその子供の遊星見せてもらうからな」
「ありがとう!」
頼れるものはやはりクロウである。
本当に彼がいて良かったとは胸を撫で下ろした。
階段を降りるクロウを見送って、は部屋へ戻る。
そこにはベッドにちょこんと座り込む遊星の姿が。
冷静になって見ると、彼はどうやら龍亞と同じくらいの年齢になってしまったようだ。
丁度身長がそれくらいに見える。
「俺の服は?」
「それがね、まだ乾いてなかったのよ。でも今ドライヤーで乾かしてもらってるから、もうちょっと待ってね」
「…」
「ね、遊星君。待っている間、ちょっと不思議なお話聞いてくれる?」
不満顔の遊星の隣に座り、は微笑みかけた。
内心では冷や汗をかいている。
緊張で笑顔が引きつりそうになるが、何とか耐えて口を開いた。
「…もし、もしもよ。遊星君が未来に行けたらどうする?」
「未来?これから先の世界ってこと?」
「そう…遊星君はそのままでね。大人になったクロウやジャックがいる世界…」
勿論そんなことは夢物語だが、今の遊星にこの状況を説明するにはもうこれしかない。
のことを覚えてい無いと言うことは記憶も失くしているのだし、ある意味では遊星が未来に来たと言っても嘘では無い。
「うーん…興味はあるけど、別に今のままでいいなぁ。それに大人になったら、大人になったクロウにもジャックにも会えるし」
遊星らしい返答だとは思った。
この頃から現在の遊星の片鱗が見え隠れする。
現在を蔑ろにせず先を創造することに重点を置く。
遊星と言う人物はこの頃からある程度確立されていたのだなぁと思うと、少し感心すら覚えた。
「遊星君は現在を大切にするいい子ね」
思わず遊星の頭を撫でてしまった。
びく、と遊星が一瞬体を強張らせたが、すぐにの方に向き直ると照れたような笑顔を見せる。
余りの可愛さに心臓が跳ね上がるけれど努めて顔には出さない。
しかし頬が熱くなることを抑えるのは難しかった。
「…?どうかしたのか?顔が赤いな」
「え、っ、あ、あはは…ちょっと暑くて」
「そう、かな?」
不思議そうに首を傾げる様がまた可愛い。
っていうか『そうかな』って!
普段の遊星なら『そうだろうか』と言うはずだ。
いつ彼はこの無邪気な子供っぽさを失ったのだろう。
それも少し気になる。
しかし遊星の一挙一動にニヤけてもいられない。
は表情を少しだけ硬くする。
ここからが、本番だった。
「…話を戻すけど…遊星君、君はね…君が望んでいなくても…未来の世界に来ちゃったの」
「…えっ…」
「ここは、未来の世界なのよ。いつか来るかもしれない未来に、君はいるの」
遊星の瞳が動揺に揺れる。
「嘘だ…」
「嘘じゃ、ないわ」
「嘘だ!」
「…」
可哀想に。
勿論の話は嘘であるが、記憶までも巻き戻してしまった遊星には嘘にはならない。
恐らく置き去りにされた喪失感をこれから彼は味わわねばならないのだろう。
元に戻ることが出来なければ、遊星は友達だったクロウやジャックとは違う時間を生きなければならなくなる。
気付けば大人になってしまっていた彼らと一緒に。
「何で…」
「…ん…?」
「何で、俺だけ未来に来ちゃったの…?」
「それは…まだ、分からない」
「俺…帰れないの…?」
「それも分からないわ…」
そもそも戻し方が分からない。
せめて記憶だけでも戻ってくれれば良いのだろうが。
じわりと遊星の目に涙が浮かぶ。
「もう、クロウとかジャックには会えないの…?」
「会えなくは無いけど…大人になった彼らになら…」
ぽろぽろと零れ始めた涙をは拭ってやる。
しかしそれは止まらない。
何だか子供を泣かせてしまったようで、は本当に心苦しくなり遊星を抱き寄せた。
普段なら彼の腕の中にいるのは自分だけど。
遊星の細い肩がの腕の中に収まってしまって、何となく切なくなった。
「泣かないで、遊星…」
頭を撫でてやりながら宥めるように呟く。
子供の遊星には気休めにもならないに違いなかったが、胸に顔を埋めて泣く遊星が可哀想で仕方が無かった。
しばらくそうしていたが、少しずつ遊星の涙がおさまってきた頃に廊下を歩く音が聞こえた。
誰なのか一瞬で思い当たる。
クロウが帰ってきたのだ。
部屋をノックする音。
「入ってもいいか?」
クロウの声に腕の中の遊星がびくっと体を震わせた。
そして慌てての体を押した。
多分抱き締められているところを見られるのが恥ずかしいのだろう。
目元を慌てて拭う様が可愛くて可哀想だった。
遊星がある程度居住まいを正したのを見届けてが立ち上がる。
そして、ドアを開けた。
「どうぞ、クロウ」
「おう。…うわ、お前が遊星か。えらく小さくなっちまったなぁ」
「お、お前が未来のクロウか…」
びくびくとする遊星は小動物のようだった。
「未来の俺?」
一瞬怪訝そうな表情を浮かべたクロウにはそっと耳打ちする。
「遊星には未来に来たって伝えてあるの。後で説明するから今は話を合わせてあげて」
の言葉にクロウは小さく頷いて了承の意を示す。
「俺にとっちゃ懐かしい姿だな。服、持ってきてやったぜ」
「!」
思い出したように遊星は自分の服を見た。
「は、早く頂戴!」
「分かった分かった」
余程嫌だったのか、クロウが服を渡すより先に遊星はタンクトップ(と、言っても今の遊星にとってはTシャツ以上のサイズがあったが)を脱ぎ捨てた。
それを何となく見ていただったが、きちんとサイズの合った服を着た遊星の格好は現在の格好に似ていてちょっと笑ってしまった。
「なぁ、クロウ…そのマーカーどうしたんだ?」
「ん?ああ、まあ色々あってな。そういやお前のマーカー消えてるな」
「俺の!?今の俺はマーカーがあるのか?っていうか…俺は何処にいるんだ?」
「あー、いや…」
ちらっとクロウがを見る。
「今の遊星は朝から行方不明よ。もしかしたら君と入れ替わりに過去に戻ったのかもしれないわね」
が即興の助け舟を出す。
本人はそこにいるが、しかし今が言ったことが起こっていたとしたらそれを確かめる術は達に無い。
「そっか…。まあ俺はいいや。ジャックはいるのか?」
「ああ。いるぜ」
「会える?」
「勿論よ」
どっちにしろこのまま遊星を隠してはおけない。
早めに全員で情報を共有せねばならないだろう。
「でも、先に朝ごはんにしましょうか。お腹空いたでしょ?」
「そういえば…!」
「遊星君、何が食べたい?材料があったら何でも作ってあげるわよ」
普段より一層優しい声で話しかける
クロウは苦笑いでを見たが、は気づかなかった。
遊星には大概甘い彼女だが、この姿になってそれに拍車が掛かったようだ。
まあ子供の姿と言う物はとかく母性本能をくすぐるのであろう。
少し考え込んでいた遊星だったがおずおずと口を開くことには。
「…オムレツ…がいいな」
「ああ、それなら大丈夫。さ、キッチンに行こうか」
差し出したの手を迷わず握る遊星に、は頬が緩んで仕方が無い。
嗚呼なんて可愛いんだろう。
それに続いてクロウも部屋を出る。
前を歩く二人は如何見ても歳の離れた姉と弟か親子である。
まさかこの二人が普段はべったりのカップルとは思うまい。
それにしてもあのジャックはどんな反応をするだろうか。
図体だけはこのメンバーの中で一番大きくなった彼は。




冷蔵庫の卵をありったけ使うつもりではとりあえず遊星とクロウ、そして自分の分のオムレツを作った。
まだ寝ているブルーノとジャックの分で卵は終わってしまう予定である。
スプーンを握ってそれを大人しく食べる遊星、そしてクロウと
何となくクロウとに遊星そっくりの子供が出来たような一種異様な図が出来上がっていた。
それを肌で感じ取ったのか、遊星はクロウを見て首を傾げながら。
ってクロウの恋人?」
と聞いた。
「ぶはっ!おま、なんつー爆弾発言を…!」
「だって、すごく仲が良さそうじゃないか」
まあ、どっちかと言うと主婦と主夫的な関係なので仲が良いに違いないのだが。
「まあ恋人っていうよりは心の友って感じよね」
「ああ…」
「?…ふーん、じゃあは何でここにいるんだ?マーサの代わり?」
「うーん、あながち間違って無いわね…まあそんなとこよ」
「そっかー。だからお母さんって感じがするんだな!」
今度はが噴き出す番だった。
「ちょ、お母さんて!私まだそんな歳じゃ…!」
「はははっ!遊星上手いこと言うじゃねぇか」
「そこクロウ!何が可笑しいのよっ!!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、背後でのそりと動く影が。
「貴様ら…やかましすぎて目が覚めたわ。何を騒いでいる…」
「おう、ジャック」
「おはよう、ジャック」
ぴたりと動作を止めてとクロウはジャックを見た。
そして。
「…お前が未来のジャック…」
感嘆の言葉を漏らす遊星。
見上げるような身長差に驚いているようだった。
「…なんだ、この小さい遊星もどきは」
「や、遊星本人だぜ」
「過去から未来にやってきたのよ」
「……」
先ほどのクロウやよろしくジャックはぴたりと固まった。
遊星、クロウそしてを交互に見る。
「ジャック、何食ってそんなにでっかくなったんだ?俺もそれくらいになるのかなぁ…」
残念ながらジャックほどの身長は今の遊星には無い。
それも今の彼は知らないけれど。
ジャックははぁ…と深い溜め息を吐いた。
シグナーな彼らにこんなトラブル日常茶飯事である。
「WRGPまでに今の遊星が戻ってくるのか?全く貴様はすぐにこういうことに巻き込まれる」
「WRGP?」
「ライディングデュエルの世界大会だ。貴様はリーダーで出場するんだぞ」
「俺が?俺がライディングデュエルするのか?大会にも出るのか!すっげぇ!!!」
屈託なく目を輝かせる様は龍亞のようでもあった。
筋金入りのデュエル好きはこの頃から確立されていたらしい。
Dホイールを見せたらどうなるだろう。
「ジャックとクロウは?ライディングデュエルするのか!?」
「そりゃ、お前。俺とジャックはお前のチームメイトだぜ。3人で出場するんだ」
「うわぁ…すっげー楽しそう!俺、早く大人になりたいなぁ…」
まあこの後彼は某チーム満足で物騒なデュエルディスク破壊装置を作ってみたり、ジャックにDホイールとカードを奪われたり、シグナーになったりとなかなかハードな経験をすることになるのだが。
そしてと出会ってここで一緒に生活するようにもなるのだ。
この遊星には知る由もない。
「…遊星がこうも素直に気持ちを口にするとは…何か変な感じだな」
「ああ、俺もそー思う。ってか子供の頃は遊星こんな感じだったよな。いつからあんな無愛想になったんだ?」
「知らん。気付けばあんな風になっていた」
大抵無表情で感情を素直に顔に出さない遊星。
もかなり遊星の微妙な表情の変化を読めるようになったと思うが、それでも分からない時がある。
しかしこの遊星は如何だ。
素直に感情を顔に出し、良く喋る。
そう、とどのつまりは。
「可愛いよな、この遊星」
「ああ、今の遊星には無い可愛げがある」
「ね!とっても可愛いわよね!!」
も思わず割り込んでしまうくらい、とにかくその一言に尽きるのであった。





「これが、俺のDホイール…」
ブルーノとの対面も済ませ、ガレージに連れてこられた遊星。
そこで未来の自分が乗るDホイールとの対面も果たした。
「乗ってもいい?」
「…座るくらいなら良かろう」
ジャックが遊星を抱き上げて、Dホイールに座らせた。
当たり前だが小さな遊星には大きすぎて。足も付かない。
それでも充分魅力的のようだ。
「俺、これに乗るのかぁ…!」
感動を素直に口にするからいちいち微笑ましかった。
もしかしたら遊星も普段はこんな風に色々感動をしては心に秘めているのかもしれない。
そう考えると、どんな遊星でも可愛く感じてしまうだった。
「…ね、遊星君…」
「何だ?」
「あの、あのね…抱っこ、させてくれる?」
「俺を?何で?」
きょとんとした顔を見せる小さな恋人。
しかし流石に恋人だと伝える事は出来ないので(お母さんと言われたばかりだし)は曖昧に笑って見た。
「させて欲しいから、じゃ理由にならないかな?」
「うーん、別に良いけど…」
しかし遊星はちろりと視線をずらし、ジャックとクロウを伺うと。
「…やっぱり、嫌だ」
「えー、ダメ?」
「ダメ!」
ぷい、と明後日を向いてしまう。
振られた結果のを見るのは珍しい。
普段の遊星なら、の言葉には是非も無いのだから。
「振られたなァ、
クロウが面白そうに声を掛けてくる。
「うー…抱っこしたいのにー…」
「いや、チャンスなら作れるぜ。俺の記憶だと、おやつの時間の遊星は大人しかった」
「おやつのじかんって…。今のクロウが言うと違和感しか無いわね」
「うっせー。とりあえずホットケーキでも作ってみろよ。多分簡単に篭絡できるぜ」
「まあ、やってみるけど」
しかしホットケーキか。
元々の粉は確か買い置きがあったはずだが…。
そうなると卵を使い切ってしまったのが悔やまれる。
買って来なくてはならないではないか
「あ、そーだ。ねぇ遊星君、そのDホイール、動いてるのに乗ってみたくない?」
「えっ、乗れるの?」
「ジャックかクロウならね。と、言うわけでジャック、遊星君と卵と牛乳買ってきて頂戴」
「…何故俺が」
「クロウは朝におつかいに行ってもらったの!だから次はジャックよ」
きっぱりとは言い、遊星がジャックに期待を込めた眼差しを向ける。
子供の期待を込めた眼差しと言うものは強烈な威力を持っているもので…。
「…くっ、仕方が無い」
やや自棄気味に、ジャックはもう一度遊星を抱き上げてDホイールに座った。
そして遊星を自分の前に座らせる。
「行くぞ」
「うん!」
エンジンをふかす音がガレージ内に響いて、遊星が見たことも無いような笑顔になった。
いつか今の遊星にもその顔をさせてやろうとは心に決める。
それはそれはときめかされるに違いない。
持ち主が不在の真っ赤なDホイールはエンジン音を響かせて勢い良く出て行く。
「ああ…行っちゃった」
「いや、が行かせたんでしょ」
「よっぽど私が行きたかったわよー…あー、遊星に勧められたときライセンス取っとけば良かったかなぁ」
「え、勧められたの?」
ブルーノは意外そうな表情をする。
「うん。少し前に急に言い出したのよね。でも私まずデュエルしないから」
「つーかデッキねぇのにライセンスなんかとれねぇだろ。何考えてんだ遊星。…さって、俺も行くわ。何かあったら連絡くれよ」
「あ、ごめんね。仕事遅くなっちゃったよね」
「構わねぇよ。…おやつの時間には帰ってくるからな。3時だろ?」
にやっと笑ってクロウもブラックバードに跨った。
「遊星の篭絡がクロウの言った通りになったら1枚サービスしてあげるわ」
「そりゃ貰ったも同然だぜ!じゃあ後でなー!!」
慌ただしく出て行くクロウを見送り、はふっと息を吐いた。
何と言う朝だったのだろう。
気付けば昼も近い。
先程朝食を作ったばかりのような気もするのに。
「なんか…今になってどっと疲れが…」
「はは、でも小さくなった遊星は可愛いね」
「ねー!なんであんなに可愛いんだろ。急に無邪気だし。凄く喋るし」
「まあ、普段でも結構喋るけどさ…そういうのとはちょっと違うよね」
そう、別に遊星が雑談を一切しないと言う訳ではない。
ブルーノとは機械の話をしているし、クロウやジャックとはカードの話をしているし。
そしてとも他愛ない話をしている。
しかし、そういうのとは何かが違うのだ。
不思議な子供マジックである。
「遊星いないけど、ブルーノはどうする?」
「ん?僕?外部依頼は別だけど、Dホイールはお休みかなぁ。のお手伝いしようか?」
「助かるー。けど、ジャックたちが帰ってくるまではちょっとゆっくりしてよう。どうせまたうるさくなるから」
ブルーノの持つ人懐こい温和な雰囲気が好きだ。
ここにいつも遊星がいて、この空間はにとっての完璧な空間になる。
穏やかなブルーノと、静かに会話する遊星の声。
すごく居心地が良くて、は長い時間その空間にとどまってしまう。
勿論小さくなってしまった遊星に罪は無いが、ガレージにあの雰囲気がなくなってしまったことはにとって良いことではなかった。
それを差し引いても、遊星はいつ戻るのだろう。
いや、このまま戻って来なかったなら。
はもしかしたら遊星という魂の片割れにも似た相手を失うのかもしれない。
それを考えると、心の奥が凍りつく。
ぞっと震えるような想像には一人戦いていた。




その昼。

改めては思った。

クロウって、すごい。



もぐもぐと静かにホットケーキを頬張る遊星は、なんとの膝の上にいた。

『遊星君が抱っこさせてくれたらおやつはホットケーキにしようかなぁ』

この言葉が効果テキメンだった。
是非も無く了承した遊星に逆に「いいの?」と聞き返してしまったほどに。
昔から己の欲望には素直なのネ…とは複雑な気分になる。
「美味しい?遊星君」
「うん。すごく美味しい」
「あ、ほっぺたに蜂蜜ついてるわ」
はそっと唇を押し付けて直接舐め取った。
普段からべったりなカップルを目撃している面々は、これくらいでは動じない。
しかし、たった一人そういうことに慣れていない人間がいたようで…。
「ななな何するんだよ!」
「え?」
顔を赤くして頬を押さえる遊星がそこにいた。
「これくらい自分で拭けるから!」
「あ…ごめんね、つい…」
頬へのキスやハグは遊星からが多いものの、普段どおりのことだったので失念していた。
今は、いつもの遊星ではないのだった。
しかし毎晩のようにセックスを求めてくる遊星の挙動から考えると、この頃の遊星はかなり純粋なようだ。
いつあんなことを覚えたのだろう。
いや、しかし彼も自分が初めての相手だと言っていたし、覚えたと言うのは語弊があるだろうか。
暫らく赤い顔をしていた遊星だが、一瞬はっとした表情をする。
そしてちろりとを見上げてきた。
「ん?どうしたの?おかわり?」
「…って、もしかして…」
「私?」
「……ううん、なんでもない」
何かを言いたそうだったが、結局遊星が続きを話す事は無かった。



夜までは。



、俺と寝るのか?」
「そうよ?」
「じゃあ、やっぱり…」
それまで俯き加減だった遊星がすうっと目を細めてを見た。
その視線は知っている。
セックスの直前の、獣にも似た鋭い視線。
はぎくりと体を硬直させた。
「…俺、今日はクロウの恋人かって聞いたけど…、俺の恋人なんだな」
「!」
「昼間、思い出したんだ。と俺…朝、同じベッドで起きたよな」
「そ、それは…」
「俺達、裸だった」
「…っ、」
じり、と遊星がとの距離を詰める。
小さい遊星は一体何をするつもりなのだろう。
普段と同じ事をするつもりなのか。
「っあ…」
じりじりと迫ってくる遊星から逃げるように後ずさりをしていたらベッドにぶつかった。
そのままは態勢を崩し、へなりとベッドに座り込む。
「良く知らないけど…恋人同士って裸で寝るんだよな」
「え、そ、それはちょっと違う、けど…」
事後に裸で眠ってしまう事もあれば、きちんと寝間着を着ることもあるわけで。
しかしとうとうの目の前に立った遊星は、の寝間着のあわせ目を軽く掴んで笑った。
あの、いつもの酷薄な笑みで。
「俺の恋人なんだったら、の裸、俺に見せて」
「え、…っ」
「良く判らないけど、のなら凄く興味があるんだ」
それは断片的に遊星の記憶を取り戻し始めているということなのだろうか。
毎夜の秘め事を体が覚えているだけなのだろうか。
「遊星…」
「…ホントは、俺のこと呼び捨てなんだ?」
こくりとは頷く。
「何か、俺変な気分だ…。が凄く可愛く見える。ねぇ、早く脱いでよ」
「…」
子供の前でストリップとか。
凄くいけないことをしている気分だ。
しかし普段の遊星と同じような不思議な強制力を感じてしまう。
は遊星の目の前で寝間着のボタンを外していく。
それを食い入るように見つめる遊星。
正直物凄く恥ずかしい。
しかし、不思議とちょっと気持ち良い。
はらりと下着を取り払い、遊星の目の前で一糸纏わぬ姿になった。
やはり気恥ずかしさは止まらずの肌は薄っすら桜色に染まる。
「凄く…綺麗、だよ…」
「…今の遊星に言われると…恥ずかしい…」
「…ねぇ、いつも俺とどんなことしてるの?教えてよ」
熱に浮かされたような表情で遊星は言った。
普段はあまり見せてくれない余裕の無い表情に、は体の奥が熱くなる。
「じゃあ、少しだけ…よ」
言っては遊星の寝間着に手を掛ける。
と、言っても普段の遊星の寝間着では大きすぎるので、今晩の遊星はのものを着ていたのだが。
するりと滑るような手つきで上を捲くり上げ、下も取り払う。
そして緩やかに抱き寄せて、軽く唇を重ねた。
「!」
遊星は驚いたように目を見開く。
キスは、初めてなのだろうか。
もしそうなら擬似的にでも遊星のファーストキスを貰ったようで嬉しい。
「…、?何、するの…?」
屈み込んだに怪訝そうな顔をする遊星。
流石に本当にセックスをするのは気が引けるので、は僅かに反応を見せ始めた遊星の男性器を愛することにした。
ねろりと舌でそれを絡め取る。
「っうわ!…ちょ、、汚いよ…!?」
「そんなこと無いわ。すぐに気持ちよくなるからね」
「あ!あ!っ…っ」
びくびくと遊星の体が震えた。
何時もの遊星ほどの質量は無いが、それでも緩やかに膨らんでいくそれに男性の本能を感じる。
唇で扱きながら遊星の表情を盗み見た。
余裕の無い表情を浮かべ、だらしなく唇の端から涎を垂らす遊星。
こんな遊星をは未だかつて見たことが無く、素直に興奮している遊星に思い切り欲情した。
「は、ぁぁっ…あぁっ!あ!あ!」
は更に根元を手で扱きながらくびれの辺りをざらりとなぞった。
手の中の遊星がびくんびくんと跳ねている。
っ、ダメだよ!はぁぁっ、あ!出ちゃう、出ちゃううぅぅっ!!」
恐らくこういう刺激に慣れていないのだろう。
普段と比べてかなり早いが、遊星は腰を戦慄かせながら、の口内へと射精した。
勢い良く吐き出されたそれを喉の奥に流し込む。
「はぁっはぁっはぁっ…出し、ちゃった…。俺、いつもにこんなことしてもらってるの?」
「いつもじゃないけど、時々はね。気持ちよかったでしょ?」
「うん…凄く。エッチってこれのことなの?」
「ちょっと違うけど、これも一部ね。さ、そろそろ寝るのよ」
脱がせてしまった寝間着を遊星に着せて、自分も寝間着を着なおした。
ずくんずくんと体の奥が熱を持つ。
しかしそれを沈めてくれる相手はいない。
暫らくは我慢出来るだろうが、これがずっと続くのは非常に困る。
いつかケダモノになって、この可愛い遊星を犯してしまうだろう。
一抹の不安を抱えながら、も遊星の隣にもぐりこんだ。
そんなに遊星は残酷な一言を放つ。
…」
「ん?」
「明日もしてくれる?」
いけない遊びを教えてしまった。
は体の奥がきゅうんと疼くのを感じる。
ケダモノの夜はすぐそこにありそうだ。