誰か、教えて欲しい。
…どうしてこうなった。
「ね、クロウ。本読んで欲しいの…いい?」
「あ、ああ…いいぜ、…」
ちろりとパソコンの方を伺いながらクロウは曖昧に頷いた。
「お膝に乗せてくれる?」
「…あ、ああ…」
「ありがとう!クロウ大好き!」
そんなの声がすると同時くらいにパァン!!と力任せにキーボードのエンターキーを叩いた音がした。
「ゆ、遊星…落ち着いて…」
隣に座るブルーノが恐々と声を掛ける。
「別に…俺は平静だ」
「そ、そう…?なら、いいけど…アハハ…」
力なく笑うブルーノがちろりと後ろを見る。
クロウの膝の上にちょこんと乗る少女が一人。
先程少女のことをクロウは『』と呼んだが、そのものズバリである。
幼い顔にどことなくの面影を滲ませる少女。
彼女は遊星と入れ替わりに子供になってしまった――
――に散々弄ばれた明くる朝。
「…う…っ」
目覚めた遊星は小さく呻いた。
昨日散々玩具にされた所為か、体が軋む。
何だろう、この感覚。
ぼんやりとする頭で何とか体を起こした遊星。
「…ん、?」
昨日よりも視線が高い気がする。
はっとしてベッドを降りた時に縮尺がおかしくなっていることが分かった。
だけどにわかに信じがたくて、遊星は鏡の前に立つ。
「…戻った…」
鏡の向こうの遊星は、紛れもなく子供になる前の遊星だった。
シグナーの痣も、頬のマーカーも全て元通りである。
何日か振りの大人の体。
思わず自分の手をじっと見つめ、もう一度鏡を見る。
何度見直しても元通り。
「っ、やっと…戻ったのか…!」
自覚するとじわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
子供の体でそんなに困ったことは無かったが、昨夜のような扱いをされることはもう無いだろう。
…本音を言えば、それはそれでちょっと寂しいような気がしないでもないが。
しかし兎にも角にも元に戻った。
遊星は自分の机の上を見遣る。
そこにはの為に用意した贈り物が静かに佇んでいた。
昨日はなし崩しに事に及んでしまったため結局渡せず終いだったが、元の体に戻ったのなら結果オーライと言える。
実は内容が内容だけにどうやって渡そうかと少し悩んでもいた。
が、今ならその問題も解消されたことになる。
「それに、この体なら格好もつくか…」
ぼそりと呟いて、遊星はベッドの方を見た。
小さくなって眠る。
「…そうだ」
昨日散々弄ばれたリベンジを早速してやろう。
ここ最近はずっとの腕に抱かれっぱなしだったわけだし。
久しぶりにの柔らかい体を強く抱きしめたい。
と、言うわけでが眠る布団を遊星はそっと捲くった。
そこには寝息を立て、あどけない顔で眠るがいるはずだった。
なのに。
「…!」
そこには小さく体を丸めた少女が眠っていたのである。
あどけない寝顔にの色を滲ませている少女がだとすぐに分かった。
「…、…」
呆然と名前を呼ぶと、を思しき少女は僅かに身じろいだ。
小動物のような反応が可愛らしく、遊星は少しだけ温かな気分になったが、ふと自分との姿を振り返る。
昨日の情事の直後の姿。
そう、二人とも裸である。
傍目に見れば物凄く危ない絵面だろう。
何せ裸の男が裸の少女の眠る布団を捲り上げているのだから。
そして子供になった時の自分の事を鑑みれば恐らくはその年齢以降の記憶を失っているはずである。
今目覚めたが悲鳴でも上げたらどうなるだろうか。
「…」
遊星は無言で布団をに掛け直した。
そしてクローゼットを漁る。
昨日まで着ていた子供の頃の服がきちんと掛けられていた。
がやってくれたのだろう。
懐かしい気分が蘇るが、それに浸っている場合ではない。
何日か振りの、現在の自分の服に袖を通す。
やはりこれが一番しっくりくる。
ジャケットまできちんと着た遊星はを起こさないようにそっと部屋を出た。
勿論、クロウに相談するためだ。
カップル揃ってクロウを頼りにしすぎである。
しかしそこはそれ、元の姿になって現れた遊星にクロウは開口一番こう言った。
「…か?」
「!…何故分かるんだ」
おはようでも元に戻ったことを喜ぶでもなくこの一言。
「元通りになったお前が根暗な顔で朝一俺の部屋に来るなんてそれくらいしか考えられねぇだろ。馬鹿でも分かるっつうの!大体元に戻って何の問題もなけりゃ昼まで起きて来ないだろ、お前のことだから」
「…」
いくら幼馴染みとはいえそこまで行動を読まれたらちょっと恥ずかしい。
っていうか昼まで起きて来ないって…。
実際そうしようとした後だっただけに、遊星はやや視線を逸らした。
「で?今度はが子供になったか?」
「…そこまで分かるのか」
「いや、もうその可能性しか考えられねぇだろうが。お前ホント機械知識だけだな!」
そこまで言わなくても…。
「で?服か?服なのか?」
「そこまでは考えていなかったが…確かに必要だ」
流石に裸のままで置いておくわけにはいかない。
クロウが気付いてくれて良かった。
「サイズは昨日までのお前くらいか?」
「いや、ぱっと見は10歳くらいに見えた。かなり小さい」
「ふぅん…子供になったお前より小さかったのか」
「ああ」
「なら、ある程度サイズの幅も見て貰って来てやるよ」
それにしても遊星が子供になった時に学んだクロウが頼りになりすぎる。
一を聞いて十を知るとはきっとこういうことを言うのであろう。
「じゃあマーサんとこ行ってくっから、お前は見張っとけ」
もう遊星の時と全く同じ流れである。
主導権をどちらが握っているかの違いくらいだ。
「ああ…いや、だが目を覚ましたら…」
「何か聞いてくるならとりあえず適当に話合わせてやればいいだろ。は親兄弟いねぇって話しだし、最悪俺らが引き取ったことにしとけ」
「…分かった」
本当に頼りになりすぎる。
とりあえずクロウを見送って遊星は部屋に戻った。
クロウにを見張っておけと言われているし、もしかしたらもう目覚めてしまっているかもしれない。
「…」
無言で静かにドアを開ける。
小さく膨らんだベッド。
まだ、寝ているようだ。
遊星は溜め息を吐き、改めて机の上を見た。
に贈る筈だったものが、朝目覚めた時と同じままに佇んでいる。
出番が少し遠のいた。
それを手に取った遊星は、引き出しの一番下にそれを仕舞い込む。
が元に戻った時に渡そう。
だけど、は元に戻るのだろうか。
そう考えた時、遊星はの感じていた不安を自らが感じる形で真に理解した。
「!…そうか、これが…」
魂の欠片と思った人間がいなくなってしまったかもしれないという空虚感。
愛した相手がもしかしたら二度と帰ってこないのではと感じる不安感。
は一人になってしまったかもしれないと思ったと泣いた。
もう恋人には戻れないかもしれないと思ったと泣いた。
今ならその気持ちが本当の意味で理解出来る。
もし、が元に戻らなかったら…どうなるのだろう。
「……」
ぽつりと名前を呼んだ時、後ろで何かが動く気配がした。
はっとして振り返ると、ぼんやりと眠そうに体を起こすがいた。
「…ここ、何処…?貴方、だぁれ?」
「…ここは…」
「あ、もしかして…新しい孤児院?またお引越ししたんだっけ…?」
やはり記憶は無いようだ。
その部分は遊星にも非常に不思議な記憶として頭の片隅に残っている。
あの時は確かに遊星の頭の中にもの存在という記憶は消えていた。
しかしそれを覚えていると同時に、今はのことを知っている。
目の前のはきょろきょろと周りを見渡すと、不思議そうに布団から這い出した。
はらりと布団がの肌の上を滑る。
そこでは自分が服を着ていないことに気付いたようだ。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げて遊星から体を隠すように布団を引き上げる。
「ふ、服…。何で私服着てないの?も、もしかして誘拐!?私お金なんか持って無いよ!!」
「い、いや待て。誘拐じゃない。その、君は昨日の夜にこの家に引き取られたんだ」
今にも大声を上げそうなに遊星は慌ててクロウに言われた通りの説明を試みる。
勿論大嘘であるが、の視線は幾ばくか落ち着いた。
「服…どうしたの…?」
「すまない、昨夜全部洗ってしまったんだ。別の服を用意しているから少しだけ待ってくれないか」
「…」
疑いの眼差しはあまり変わらないようだったが、裸では動くこともままならないと分かったようでは間を置いた後頷いた。
とりあえずはこれでいい。
後は追々…。
と、考えていると廊下を忙しく歩く音が聞こえた。
それは遊星の部屋の前でぴたりと止まりドアを叩く。
なんてジャストタイミングなんだ。
遊星はほっとしてドアを少しだけ開けた。
「クロウ…」
「何だよ、あからさまにほっとしやがって。あ、の目が覚めたのか」
「そうだ」
「何て説明したんだ?」
「誘拐かと疑われたから、クロウの言ったとおりここに引き取った、と」
「ははっ、誘拐か。まあマーカー付きが目覚めていきなり眼の前にいたら怖くもなるよな。…俺が言えねぇけど」
遊星を押し退けてクロウは部屋へと入る。
クロウの姿を見たは目に見えて動揺したようだった。
びくりと体を震わせた後、クロウのマーカーを目で辿る。
「や、やっぱり誘拐…!?わわ、私お金なんか持って無いよ!!」
遊星に言った台詞と全く同じ台詞を繰り返した。
「誘拐じゃねぇよ。ほら、服だぜ。急だったからあんまぴったりなものがねぇかもしれねぇけど、とりあえずこれ着ててくれ。昼になったらちゃんとしたの買いに行こうな」
「…え」
どさ、と置かれた紙袋とクロウをは交互に見た。
「ん?どした?」
「…新しいの、買ってくれるの?お古じゃなくて…?」
「当たり前だろ。今日からここの子なんだからよ。ここは孤児院じゃねぇぜ」
「…!!!」
ぱあっとの表情が明るくなる。
後ろで見ていた遊星は、クロウの掌握術に目を見張るばかりである。
から疑いの表情が消えた。
このたった2、3の会話で。
「あ、ありがとう…!」
「おう。とりあえず外で待ってるから着替えたら出て来い。良いな?」
「うん!」
にこにこと受け答えをするに呆気にとられる遊星をクロウは促す。
「ほら、行くぜ遊星。着替え覗く趣味なんかねぇだろ?」
「あ、ああ…」
背中を押される形で部屋から出され、呆然とクロウを見た。
「何だよ」
「…いや、クロウ、お前凄いな」
尊敬の眼差しを向けられてクロウは居心地悪そうに頬を掻く。
こんなにも直球に遊星に褒められるとは。
「…慣れてるだけだって」
確かに。
休日はすすんで子供の面倒をみるような彼である。
しかしこんなにもスムーズすぎる手腕を見せ付けられるとは思わなかった。
クロウがいて良かった。心の底から、本当に、切実に。
「…着替えたよ…」
そっと恥ずかしそうにがドアを開けた。
「お、いいんじゃね?じゃあ一緒に下に行くか。自己紹介とかはそれからな!」
「うん」
にっこりと笑顔を見せるは天使のようだった。
いや、実際天使がいたらきっとこんな風に笑うに違いない。
っていうかもうが天使だろう。
見惚れるように眺めていたが、クロウに連れだって歩くの後ろから遊星もついていく。
小さな細い足でちょこちょこと付いていく後姿は非常に可愛い。
そう、雛鳥が親鳥に付いていく様に似ている。
微笑ましすぎてなんとなく緩んでくる頬を隠すのに遊星は苦労した。
とりあえず朝食を、と言う事ではキッチンの椅子に座るよう促された。
彼女の席はいつだって遊星の隣である。
しかし今日は…。
「あ、あの…」
恥ずかしそうに下を向いてもじもじとする。
「ん?どした?」
「だめだったらいいんだけど、貴方のお膝の上に乗せてくれる…?」
「…え」
まさかの名指しの抱っこ志願。
しかも指名されたのはクロウである。
ぴしりと空気が凍った。
主にクロウと遊星の間で。
「だめ…?」
おずおずと上目遣いで強請るの視線を受けてクロウはちろりと遊星を見た。
遊星は、無表情である。
しかしクロウには分かる。
ものすごく葛藤していることが。
しかし諦めたように目を伏せて溜め息を吐いた。
渋々だがOKということだろう。
遊星の許しが出たのでクロウは椅子を引いてを抱き上げた。
「ほら、これでいいか?お姫様」
「うん!ありがとう!!」
普段が座っているところにクロウが座り、その膝の上に。
そして普段の定位置に遊星、という構図になった。
「じゃあ、改めましてお姫様。まずはお姫様のお名前を聞いても宜しいですか?」
クロウが乗せるようにふざけて言うと、何度もお姫様と言われたはくすぐったそうに目を細め。
「良くってよ。私は。と申しますわ」
なんて言ってしなを作ってみせる。
無邪気な様が本当に可愛くて遊星はそれをじっと見ていた。
「で、貴方と貴方はなんて呼べばいいの?」
小首を傾げクロウを見上げる。
どうやらどちらかというとクロウに興味があるようである。
「俺はクロウ。で、そっちが…」
「遊星」
「クロウと遊星…。……あの、変な質問してもいい?」
「うん?何だ?」
ちょっと困ったように視線を彷徨わせたは言いにくそうに間を置く。
しかし意を決したように口を開いた。
「私、もしかして男性同士の夫婦のお家に引き取られたの?その、子供が出来ないから…」
「「!」」
遊星とクロウが顔を見合わせる。
こいつと俺が?冗談じゃない!
恐らく二人の思考は見事なまでにシンクロしていただろう。
お互いにパートナーが存在する身だからそれは絶対にないのだが。
「違うぜ、!間違ってもそんなことは無い!」
「ああ、無い」
「…あの、私…恋愛は自由だと思うから、隠さなくても、あの、理解できるから…」
「いや!マジで無い!それに俺には彼女がいる!」
内緒の彼女だが、遊星とにはもうバレているので隠す必要は無かった。
「そ、そう…。あの、変なこと言ってごめんなさい…」
一瞬が動揺したように瞳を揺らしたが、遊星にその意味は分からなかった。
「はー…あらぬ誤解を受けるとこだったぜ…。さって、自己紹介も終わったし朝飯にすっか。、何が食べたい?出来る物なら何でも作ってやる」
「本当?じゃあ、えーっと、えーっと…フレンチトースト!」
「よしよし!任せろ!」
どこかで見たような光景だが、相手が違う。
遊星の場合はがやってくれた。
同じようににやってやろうにも、遊星の料理の腕はクロウほどでは無い。
任せておくほうが、恐らく無難である。
のリクエストメニューを作るべく、キッチンに向かってしまったクロウ。
勿論膝からは下ろされた。
名残惜しそうにクロウの背中を見つめる。
しかし遊星に向き直ると。
「夫婦じゃないなら、遊星とクロウってお友達?」
「ああ、幼馴染みだ」
「そうなの!?じゃあクロウのことを教えて!」
「…え…?」
「彼女がいるなら、勝ち目はないかもしれないけど…クロウって素敵。クロウのこと知りたいの!」
女の子は早熟と言うが、も随分ませた子供時代を過ごしたらしい。
そうか、先程が一瞬動揺したのはクロウに彼女がいると言う事を言われてしまったからか。
遊星は理解し、同時にちょっと悲しくなる。
てっきり抱っこの順番が回ってきたと思ったのに。
彼女が名指しをしたのはクロウだけ。
恐るべしクロウの子供掌握術。
背中を向けて調理するクロウを、凍りつくほどの恨めしい目で遊星が見ていたことを、クロウは知らない――
――これがの子供化のあらましである。
結局、はクロウに抱っこしてもらって本を読んでもらうというべったり振り。
昼には約束どおり服を買いに行くということで、は上機嫌である。
ただ、クロウも仕事を急には休めないからクロウが連れていくのではない。
連れて行くのはブルーノである。
どうやら穏やかな雰囲気のブルーノもは悪く無いらしく、クロウがダメなのなら服はブルーノと買いに行くと言った。
「早くお昼にならないかなあ!お洋服もすごく楽しみ!」
にこにことクロウを見上げる。
またしてもパァン!!!というキーボードの音がガレージ内に響いた。
「ゆ、遊星…」
はらはらと遊星を見るブルーノに、遊星は無表情で一言だけ。
「…悔しくなんか無い…ただ憎いだけだ…」
と呟くのであった。
「ほ、本当にいいの?」
わなわなとの体が震えている。
ブルーノに連れられて、は大きなショッピングモールに立っていた。
「勿論。クロウからお墨付き貰ってるからね。好きなもの買ってあげるよ」
何だかんだ子供には甘いクロウである。
遊星の例から考えても、はその内元に戻ってしまうであろうに。
ブルーノの言葉にぱあっと顔を明るくするは、それはそれは無邪気で可愛かった。
クロウ程子供が好きと言うわけでもないが、確かに甘やかしたくなる。
仄かなの面影に、こんなに可愛い彼女がいる遊星がちょっとだけ羨ましくなった。
…と、同時にガレージに残してきた遊星が気懸かりになる。
飼い犬に放置された飼い主みたいな哀愁背負ってたなぁ…。
可哀想に…と、同情的な気分になった。
「早く!ブルーノ、早く!」
「はいはい」
興奮して早足になるの後をブルーノは大股でついていく。
コンパスがこれでもかと違うので付いていくのは容易だった。
本当に子供になってしまったのだなぁ…と改めて感ずる。
記憶を失い、最愛の遊星を忘れ、親友のクロウを忘れ…全てを逆行させてしまった。
ブルーノ自身が記憶喪失ということもあり、複雑な気持ちになる。
実際のところは記憶喪失と言うわけではない。
前後不覚だった自分とは訳が違うだろう。
だが、手に入るはずの幸せがあったことをブルーノは知っている。
それを思うとも遊星も不憫で仕方なかった。
「ねぇ、ブルーノ。これ似合う?」
不意にが話し掛けてきた。
水彩の花柄が鮮やかなワンピースを持っている。
そう言えばも似たような洋服を持っていたっけ。
好みが変わらないだけなのか、ある程度潜在意識の中にの記憶が眠っているのか。
それは分からない。
「嗚呼、とっても可愛いよ。僕はこういうのも似合うと思うけど」
近くのふんわりとした生地のワンピースを取ってみせた。
「それも可愛い!クロウはどっちが好きかなぁ…」
またクロウか。
子供の一途さには舌を巻く。
しかしそれでは遊星がちょっと可哀想なので。
「ね、。クロウには彼女がいるけど、遊星にはいないよ?遊星はダメなの?」
「え、遊星?」
ブルーノの言葉には少し考える素振りで視線を逸らした。
ほんのりとその頬が赤い。
おや、とブルーノが思っていると…。
「…遊星見てると…何か、苦しいんだもん…。クロウは大好きだけど…遊星は……どきどきしてしんどいから、あんまり近くにいたくない」
ははぁ、成る程そういうことか。
ブルーノは深く納得した。
つまり、は幼いながらに遊星と相思相愛なわけだ。
だけど恋心の認識が無くて戸惑っているだけ。
やれやれ本当にこの二人の間には誰も断ち切ることの出来ない赤い絆があるらしい。
ブルーノはしゃがみ込んでと視線を合わせた。
「じゃあ、遊星に抱っこされたらって思うとどう?」
「ええっ!?やだ!何か恥ずかしい…!」
「どきどきする?」
「絶対する!」
「そっか。でもそれってちょっとウキウキしない?嬉しくならない?」
「…」
ブルーノの言葉にはぴたりと時を静止させて固まった。
「ここに遊星がいたら、どきどきするけど幸せだなぁって…思わない?」
「………お、思う…かも…」
想像をしたのだろうか。
見る見るの頬が赤く染まっていく。
「で、でも!大好きなのはクロウだもん!」
「安心するから?」
「そう!」
うーん、それは全く男としてみていない。
多分アレだ。
お母さんだ。
「あんまり意地悪言うとブルーノのこと嫌いになるから!」
恥ずかしそうにブルーノの胸に顔を埋める。
この行動はの台詞に対しての説得力がまるでない。
小さなの反応がいちいち可愛らしくて思わずブルーノはを軽く抱き締め返してしまった。
(はは…可愛いな。遊星、ごめん…)
心の中で謝って、そっとを剥がす。
「ごめんごめん。でもね、きっとは遊星が好きなんだよ」
「ち、違う!…と思う…」
「どきどきするのはね、恋をしてるからだよ。クロウにどきどきはしないでしょ?」
「しない…けど…」
「一回遊星に抱っこしてもらってご覧。クロウに抱っこしてもらうよりもきっと凄く幸せな気分になるよ」
「……そう、かなぁ…」
複雑そうに眉を下げは納得のいかないような返事をする。
だけど、が選んだ洋服は「クロウが好きそうなもの」と「遊星が好きそうなもの」の一着ずつだった。
もっと買ってもいいよ、と言ってみたが何故かは首を横に振った。
これで満足だから、と言われればブルーノに是非は無い。
それでも帰り際にアイスクリームを強請られて、二人で一口ずつ分け合ってみたりして。
彼女がいるとこんな感じなのかなぁ…とブルーノは思った。
少女の姿だが、大人のを知っているだけに役得感も若干ある。
隣で嬉しそうにアイスクリームを舐める。
好みは変わらないのかはチョコレートのアイスクリームが好きだ。
今もそれを食べている。
何となく大人のがそれを舐めながら自分に『もう一口、食べる?』と笑顔で差し出す姿を想像した。
ああ、彼女がいるっていいなぁ。
遊星はいつもこんな気分なのかな。
…やっぱり、少しだけ羨ましいかもしれない。
「って、今はそうでもないみたいだけど…小さい頃はツンデレだったんだね」
「なぁに?それ?」