銀砂の蜃気楼


瓦礫とコンクリートで形成されたサテライトは、晩夏だというのに酷く暑い。
それでも夜になれば震えるほど寒くなったりして、ここはもしかしたら砂漠かもしれないと思うことがあった。
立ち上る陽炎が海に隔てられた向こう岸のシティを揺らめかせている。
いつか蜃気楼でも見るのではないかと思うほどの光景だった。
そんな暑い中、俺は彼女が心配になってこっそりとアジトを抜け出していた。
鬼柳が昼は暑いから、夜に動くと言っていたはずだから多分問題は無い。
クロウはいつも通りだったし、鬼柳もジャックも二人とも見当たらなかったから探されることはまず無いはずだった。
アジトから少し離れた廃墟の奥。
俺はそこに秘密を隠している。
廃墟の中は太陽に熱されたコンクリートが恐ろしい熱気を篭らせていた。
少し入っただけで汗が流れ落ちてくる。
それを腕で拭いながら、俺は少し歪んだドアに手をかけた。
歪み自体はそんなに大きなものでは無いが、曲がったドアの開閉は非常に厄介だ。
そのうち涼しくなったら直そう。
流石にこの熱気の中で作業するのは躊躇われる。
とはいえ、いつもこれを開けるのに苦労するのも事実だった。
「っ、…!」
力を篭めてそれを引く。
ただでさえ暑いのに、体に熱気が篭るかのようだ。
早くもう少し涼しくならないだろうか。
俺の体が通れるくらいのところでそれを止める。
ひゅうっと中から涼しい風が流れてきた。
ああ、良かった。
この熱気の中でもエアコンはある程度動いてくれているらしい。
あれが壊れたら彼女は文字通り暑さで死んでしまうだろうな…早いところもう少しマシな場所に移してやりたい。
鬼柳の計画がもう少し進めばマシな居住区がチーム・サティスファクションの支配下になるだろう。
「う、っ…」
扉を力いっぱい閉めながら俺は息を吐いた。
このドアを開けられないから彼女はここにいるのかもしれないのに…と考える。
だけどいつまでも閉じ込めても置けないはずだ。
のろのろとドアの奥に進む。
「…?…」
仕切りの代わりのカーテンを開ける。
狭く区切られた部屋の中に入ると、彼女はソファの上でぼんやりと寝そべっていた。
「…ああ、遊星。夕飯の時間?」
「いや、あまりにも暑いから様子を見に来た。調子はどうだ」
「今は全然大丈夫よ。ありがとう」
しばらく陽に当たっていない白い肌が病的で、全然大丈夫と言う言葉に説得力が薄い。
「ところで、あんた昼間にこんなとこ来て平気なの?あんた達のリーダー、なかなか我が強そうだけど」
薄く笑うその表情は、然程俺を心配している風ではなかった。
寧ろ何かあったほうが面白いのに、とさえ言っているように見える。
「心配しなくていい」
「…そう」
俺の返事が気に入らなかったのか、興味を失ったように横を向いてしまった。
もっと、俺の方を見ていて欲しかったのに。
「…怪我の具合はどうなんだ」
だから話しかけた。
本当は話すのはあまり得意な方ではないけれど。
俺に興味を持ってくれるならもうなんでもいい。
「全然大丈夫って言ったでしょ?でも、ここはちょっと暑いわね」
胸元を引っ張って手でぱたぱたと扇ぐ様にぎくりとした。
思わず視線を逸らす。
じろじろ見る勇気も無い。
「もう少しナワバリが広がったら…マシなところに案内する。だからもう少し待って欲しい」
「…遊星、別に良いのよ?無理して面倒見てくれなくても」
は僅かに眉を下げて見せる。
困ったような表情だが、それが凄く色を含んでいて俺は更にどきどきする。
「無理なんかしていない」
寧ろずっと俺の傍にいて欲しい。
でもそれを言う事が出来なかった。
拒絶されたら、と思うと怖くて口に出来ない。
少し首を傾げは淡く笑う。
「遊星…。あんたは、優しい良い子ね。あんまり優しくしたら、女は勘違いするから…無闇やたらに優しくするんじゃないよ」
言って、の手が俺の頬を優しく撫でる。
そんなことをされたら、俺の方が勘違いしそうだ。
綺麗な顔で笑いながら残酷にも俺を子供扱いするの手。
「…今夜、鬼柳が襲撃をかけると言っていたから、朝まで来れないかもしれない」
「別に大丈夫よ。もう多少歩けるし…、ね」
言っては視線を下に落とした。
ソファからはみ出した白い足が力なく投げ出されている。
「動くようになったのか?」
「…少しずつね。少し力が入るようになってきたわ」
「…そうか」
「完全に戻るまでは、もう少しかかりそうだけど…ね」
そう言ってまた困ったように笑うのか。
本当に気にしなくていいのに。
彼女の白い足を見ながら思う。
このまま動かなければ、彼女はずっと俺の物かもしれない。
ずっと、俺に縋って生きてくれるかもしれない。
でもこの考えを実行する勇気は結局俺には無いんだ。
それにそんなことをしたらを傷つけた男と同じになる。
は別のチームの男から逃げてきた。
どんな男なのかは全く知らない。
彼女が語らないから。
だが、少しだけ教えてくれたことには。

『足が無ければ逃げ出さないと思ってたみたいよ』

薬品投与で足が動かなくなったことを教えてくれた。
男は事に及ぶ前に彼女に何かを与えていたらしい。
解毒してやりたいが、設備が無ければの体を蝕む毒を特定することも出来ない上に、こんな土地じゃ解毒に必要な素材だって手に入るわけが無い。
は少しずつ効果が薄れてくるのを待つと言った。
その時、逃亡のの手引きをしてくれたチームの人間を頼るつもりだというに、俺は強引に匿うことを承諾させた。
出会ったのは偶然だったが、その一瞬のうちに俺はに囚われたんだ。
皮肉にもを此処に囲う俺が彼女の虜で。
だが、はそれには気付かない。
口にしないから伝わるはずも無い。
「なぁに?遊星。そんなにあたしの足をじっと見て…。心配してくれてるの?それとも…『そういう興味』があるの?」
考え事をしている間にじっと俺はの足を見つめていたらしい。
揶揄うの言葉に俺は慌てて視線を逸らす。
「そんなつもりは、ない。あまり揶揄わないでくれないか…」
自分で分かっている。半分は嘘だ。
「ふふ、分かってるわよ。可愛い反応するからついね」
ごめんね、と悪びれもしない表情で謝って、は足をスカートで隠した。





もう少しだけと過ごした俺はアジトに戻っていた。
夕食まで時間があるが、襲撃の時間もあるし今日は早めにに食事を届けよう。
毎日届けているがこうやって口実を作らないと会いに行けない自分が恨めしい。
鬼柳も理由をつけてはアジトを不在にしていることが多いのだから、俺だってもっとと過ごしてもいいとは思うのに。
「あ、遊星。探したぜー。何処行ってたんだよ」
「…クロウ、どうした」
「鬼柳のやつ迎えに来いだと。あいつ今夜襲撃するチームの女に手ェ出してここのチームだってバレたらしいぜ。計画前倒しだってよ」
「……仕方ないな…」
俺は内心舌打ちした。
の部屋に行く時間が遅くなる。
一食くらい抜けたところで彼女が死ぬはずも無いがあまり不自由な思いをさせたくないのに。
「ったく、遊んでるからこうなンだ。お前もあんま入れ込むなよ」
クロウの言葉に俺はぎくりとする。
「何のことだ」
「とぼけンなよ、知ってるぜ。お前襲撃先で女物の服とか調達してるだろ。止めろとは言わねぇが…気ィつけろよな」
「…」
言うだけ言ってクロウは俺の返事も反論も待たず階段を上がっていった。
ジャックを呼びに行くつもりだろう。
「…目聡い奴だな…」
問題でも起こらない限りこういうことを言いふらすような奴ではないから、恐らく知っているのはクロウだけだと思いたい。
かなり気をつけていたつもりだったのに…これからはの部屋に通う時ももっと気をつけようと心に決めた。
二人を待つ間、俺は何となく外を見ていた。
今夜襲撃をかけてくるはずだった人間がチーム内に潜り込んでいてその計画を知ったとしたら、俺ならどうするだろうか。
「…俺だったら…まず此処を特定して襲撃される前に手を打つな…」
ならば鬼柳がチーム・サティスファクションの一員だと知れたとして、このアジトまで知られることがあるだろうかと考える。
可能性はある。
女が元々この場所を知っていて鬼柳を罠にハメたかもしれない。
鬼柳が女にこの場所を話していないとも限らない。
が、これは可能性が低いと考える。
何故なら鬼柳はあまりアジトに他人を入れたがらないからだ。
女のところへ足繁く通うくせに女を連れ込んだことなど殆ど無い。
よって鬼柳からアジトの場所が割れることは考えにくい。
だがここを知っている奴は知っているわけで、女が鬼柳に全面的に協力していたとしても、口を割らされている可能性も否定出来ない。
迎えに来いと言うという事はこのアジトを出ろということだが、それは逆に襲撃を掛けられるかもしれないからというつもりなのだろうか。
「…ああ、遅かったか」
注意深く観察していたら、見下ろす視界の端に人影を見つけた。
2,3人のようだがこっちを伺っているのは明白だ。
出てきたところを襲ってこようと言うわけか。
「遊星、どした?」
声を掛けられて振り返ればジャックとクロウ。
「待ち伏せされている」
「何…?ここまでバレたか」
「でも別に俺らここにいるって隠してねぇしな。バレたっつーか元々知られてたんじゃねぇの?」
「今はここが知られていたかどうかが問題じゃない。誰があいつらの相手をするか…だろう?」
俺の言葉の意味が分かったように二人が頷く。
「確かに、既に待ち伏せされていることが分かっているなら陽動が楽で良い」
「んじゃ、派手に暴れる役は俺ってことで!」
こういうのが好きなクロウが名乗りを上げる。
だが、が気がかりな俺もここに残りたい。
アジトの周りは軒並み制圧されているからこんな襲撃は珍しく、あんな瓦礫だらけの場所を嗅ぎ回る物好きもいないとは思うが、それでも出来るだけの傍にいたかった。
「クロウ、その役…俺に代わってくれないか?」
「はぁ?お前が?お前あんまこういうの好きじゃねぇじゃん」
「…確かにそうなんだが…さっきの話の内容を認めると言えば分かるか?」
「!」
さっきは俺の返事を敢えて聞かずに置いてくれたクロウだったが、俺の言葉に驚いた顔をする。
しかしすぐににやっと笑って。
「へぇえ…。まっ、そーいうことなら良いぜ、別に」
「…話が見えんが…決着したなら早く行くぞ。説明は後で聞かせてもらうが」
「ああ」
…説明、か。
上手い言い訳を考えなくてはならなくなったな。
いや、もういっそ皆に打ち明けてアジトでを匿うべきなのか。
そうなったらそうなったで手の早い鬼柳に会わせるのが正直一番気が重いんだが…。
クロウとジャックを置いて俺だけが正面から外へ出る。
つまらないことを考えている場合じゃない、な。
敢えて待ち伏せされている方へ歩く。
さっさと発見してもらってジャックとクロウを送り出さなければならない。
「おい」
少し近づいた辺りで後から呼び止められた。
仲間を呼んでもらうために少し驚いた振りもしてやろう。
「っ…」
息を飲んで振り返った。
ニヤニヤ笑いを浮かべた男が二人。
更に瓦礫の影からもう二人…。
「サティスファクションの不動遊星だな?独りか?」
「テメェのとこのリーダーが間抜けでやられるなんて可哀想だなァ」
「…何の話だ」
「知らないのか?お前のとこの鬼柳、俺等のチームの女に手ェだしてリーダーに連れてかれてちまったんだぜ」
「鬼柳が…?」
知らない振りで聞き返してやると二人ほどが声を上げて笑う。
まあ、大体予想通りの反応だな。
確かに相手のホームやアジトでデュエルするというのは条件として不利だが、迎えに来いとクロウに連絡を寄越してきた鬼柳がやられたとは思いにくい。
大方、鬼柳を何処か有利な場所へ連れて行ったところだけ確認して勝負がついたと思い込んでいるだけだと見える。
俺は辺りを見回した。
視界に入ってくる仲間らしき奴は見当たらないが、少し誘ってみるか。
「きょろきょろしてどーしたよ」
「置いてかれたんじゃねぇ?仲間探してももう逃げちまったのかもな!」
「…」
俺が少し後ずさるとまたどっと笑いが起こる。
心底楽しそうだ。
まあ襲撃はコレが面白いと言う奴も少なくない。
クロウはそれくらい調子に乗る輩をぶっ飛ばすのが面白いと言っていたが。
俺はどうなんだろうな。
でも、こいつらなら罪悪感をくすぐられることもなくデュエル出来ることは確かだと思う。
無言で俺は踵を返して走り出した。
「おっ、追いかけっこか!?」
「へへっ、不動遊星でも逃げる事があるんだな!」
「ダセェぞ!デュエルしろよ!」
好き勝手な野次が飛んでくる。
走り出す俺の視界の端にあと二人ここに加わったのが見えた。
6人か。
まあ、問題は無い。


「お、行った行った。6人か…。遊星なら楽勝だろ」
「ふん。さっさと行くぞ。鬼柳がやかましいからな」
「万一待ち伏せの奴残ってたらジャックが先行けよ」
「無論だ。本来露払いはお前の役だ」
「譲ってやってンのに偉そうに言ってんじゃねー!」








ぱぁんと、小さな破裂音が聞えた気がした。
「…花火…な訳ないか」
日がな寝そべっている生活というものも意外に悪くないものだ。
特にあの可愛い遊星を待つだけのこの生活はなかなかにスリリングである。
例えば遊星に何かがあって、彼がここに来なくなれば必然的には死ぬしかない。
殆ど動けない上にドアは重すぎて開かないし。
まあそんな刹那的な生活も悪くない。
何より、遊星がここに来る瞬間がにはとても楽しいから。
殆ど生きていたとは言えなかった生活を捨てて、結局男に囲われているじゃないかと思えば自嘲の笑みも漏れるが、その相手が遊星というのは悪くない気分だった。
一生懸命出来ることをしてくれる。
こんな女を甲斐甲斐しく守ろうとする、可愛くて可哀想な遊星。
「…朝まで来れないかもしれないと言ったわ…」
今までもそういう事があったが、必ず早めに食事を持ってきてくれた。
だけどまだ来ない。
「…また、花火みたいな音…」
続けさまに、二回。
更に少し間を空けてもう一回…。
銃でも手に入れた馬鹿がはしゃいでいるのだろうか。
例えばあの男がそれを持ってここを探し当てたら、きっと間違いなく殺されるだろう。
そして連れ去られるに違いない。
いや、潔癖なあの男は血塗れの死体に触れるのを嫌うかもしれない。
残骸として放置された自分を見て遊星はどうするのだろう。
「悲しんでくれたら良い」
残骸になった自分を抱き上げて泣いてくれたらいい。
「嗚呼…」
はぞくりと体を震わせた。
その瞬間を想像すると切なさと快感が入り混じったような気分になる。
緊張感に似ているが、僅かに甘くて不思議とどきどきするような心地さえ。
「…ああ、また…」
何ならもう此処まで来て撃ち抜いてくれれば良い。
乾いた破裂音だけでこんなことを想像してぞくぞくと痺れているこんな女を遊星はどう思うんだろう。
可愛くて可哀想な遊星。
寧ろ、その銃口を押し当てるのが遊星だったなら。
遊星が体を熱く撃ち抜いてくれるなら、もっとイイ。
揶揄った時の困ったような可愛い顔で戸惑いながらの体を撃ち抜く遊星。
「あぁ…っ」
想像するだけで気持ちがいい。
また、花火が上がる音がする。
「ゆうせい…すきよ…」
呟いたが期待に答えるかのように、重いドアが開く音を聞いたような気がした。







全てのデュエルディスクが破壊された。
こいつらがこんなところへ逃げようとするとは予想外だったな。
…」
思わず俺はの名前を呼んだ。
当然答えはない。
本当はジャックとクロウに合流すべきなんだろう。
だけどに何か危害が及んでいないか気になって仕方が無い俺は、のいる部屋に向かう。
最初はニヤニヤしていた奴等が逃げる立場に回ったのは一人目のディスクを破壊した直後だった。
仲間がやられて煽られるような奴等もいるが、こいつらは烏合の衆だったようだ。
おかげで気持ちよく勝たせてもらった。
が、逃げ回る奴等がの部屋に近付き始めて少しだけ焦った。
逃げることに夢中の奴等にバレることはないだろうと思ったが流石に心配になる。
例えば6人じゃなかったら。
後からついてきた奴がいたとしたら。
そいつが不自然な空間と扉を見つけたとしたら。
大丈夫だとは思うがの姿を見るまでは安心できない。
瓦礫に足をとられながら俺は走る。
の部屋はすぐそこだ。
「…っ!!」
息を切らす俺は目を疑った。
扉が開け放たれている。
ひやりとした空気が流れ出て、汗に濡れた俺の体を更に冷たくさせた。
嘘だろう。
…!
まさかいなくなった?
まさか連れ去られた?
まさか捨てられた?
あの足で遠くに行ける訳が無い。
連れ去られたなら足なんか関係無い。
そもそも彼女は俺のものでは無く、また俺も彼女のものでは無い。
僅かな一瞬のうちに俺は色々なことを考えた。
だがその考えは全てがいなくなってしまったのでは、という恐ろしい答えに終結する。
嫌だ。
嘘だ。
…!
「…!!!」
大声で名前を呼んで、俺は勢い良く空間を隔てるカーテンを開けた。
狭く区切られた空間に、はいつものように寝そべっている。
が、その腕を掴んでいる男の姿がも同時にあった。
俺はかあっと体の中の何かが沸騰するような気分になる。
「貴様!!に触るな!!!」
そして、思わず男の胸倉を掴んで殴りつけていた。
不意打ちを受けた格好の男は、恐らく避けるとかそんなことを考える暇もなかったに違いない。
こんな狭い部屋で思い切り殴られて壁に体を叩き付ける。
壁際にずるずると崩れる男に、それでも俺は収まらなくてもう一度胸倉を掴みあげた。
「遊星…!やめなさい…!!」
「っ…!」
振り上げた腕が男に当たる前に俺の手を止めたの声。
鋭い声に俺は夢から覚めたようにはっとする。
「…遊星、あたしなら大丈夫よ…。だから…」
「……」
宥めるようなの声に俺の腕から力が抜ける。
俺の支えをなくした男の体が膝から崩れた。
どさりと床に転がる男を余所に、俺はを振り返る。
いつもの困ったような顔で微笑みながら俺を見ていた。
…」
ソファの傍に俺が座るとは俺の手を取る。
不意に触れたの手に俺は驚くとともに頬が熱くなるのを感じた。
「ああ、やっぱり。血が出てるじゃないの…」
「え…」
手の甲を撫でられてちりっとした痛みを感じた。
言われるまで気づかなかったが、俺はずいぶん強く男を殴ったらしい。
に勝手に触ったから当然といえば当然だが…手加減は全く出来なかった。
優しく触れる手をは持ち上げる。
…?」
何をするのだろうかと動向を見守っていたら。
「っ!?……っ!」
手の甲に柔らかくて温かい感触。
あろう事かが俺の傷を舐めている。
ぺろりと舐める小さな赤い舌…。
湿った感触がじんとした痛みを感じさせるが、そんなこと問題じゃない。
「消毒…なんてね。ちゃんと手当てなさいよ」
そうっと唇を離すは見たこともないくらい色っぽい表情をしていて俺はどきどきした。
彼女に何があったんだろうか。
さっき来たときと雰囲気が全く違う。
「…、どうしたんだ…?」
「ふふ…さっき花火みたいな音が聞こえてね…」
花火?
まだ外は明るいからそんなものが上がるはずがない。
「あいつが銃を持って来たのかと思ったわ」
「…」
「でも、銃を突きつけられるなら、遊星がいいと思ったの」
うっとりとした不思議なの視線に俺は動揺する。
何を、言っているんだろう。
「胸を撃ち抜かれるなら、遊星が良いわね」
「!]
言いながらは俺の手を彼女の胸の上に重ねた。
「なっ、何を…っ!」
慌てて手を引こうとするが、はぎゅうっと上から俺の手を押さえつける。
「可愛い遊星。アナタが好きよ。死ぬなら最後に会いたいと思ったわ」
いつもどおり困ったように微笑む
そんな彼女が愛しくて、俺はを抱き寄せていた。
「体を撃ち抜かれるなら、アナタがいいと思ったの」
「…俺はそんなことはしない」
「そう、ね。守ってくれてありがとう…」
の言葉に俺は後ろの男の存在を思い出す。
「…、場所を移そう。ここはもう安全ではなくなった」
「だけど、あたしは遠くまではいけないわ」
「俺のアジトに来るんだ。それくらいの距離俺が運んでやる」
の返事を待たず俺はを抱き上げた。
初めて彼女をこの空間に押し込んだときもこうだったな…と思い出す。
その時から変わらずは綺麗で、近くなる顔にどきどきした。
するり、との腕が俺の首に絡みついた。
「ありがと、遊星」
間近で微笑まれて更に心拍数が上がる。
赤くなる顔を見られたくなくて俺は顔を逸らした。
「っ、、その…腕…、さっきデュエル中に凄く汗をかいたから…」
「あら、好きな男の汗なら気にしないわ」
言って俺の頬をほんの少しだけ舐める。
「っ!?」
「可愛い遊星、真っ赤ね」
「…」
敵わない、な。
俺は諦めてを抱き上げたまま瓦礫の外へ出る。
眩しい夕日には顔を覆った。
「…ずっと、部屋の中にいたから…目がおかしくなりそう」
「直に慣れる」
「外は暑いわね…忘れていたわ」
「すまない。閉じ込めたりして」
「良いのよ。あたしの為にしてくれていたこと、知ってるわ」
俺の首に回った腕に力が篭る。
ああ、これだけで明日死んでもいいと思える俺は本当に彼女が好きなんだ。

「なぁに?」
の気持ちを聞けただけで、明日死んでも良いくらいにお前が好きなんだ」
「…さっき、分かったわ。執着を見せない遊星が、あたしにだけ執着してるって気付いた時に…」
まさか、気絶させるほど思い切り殴るなんて思わなかったけど。
困ったように笑う
「勝手にに触るからだ」
「普段ならカードで黙らせる遊星が彼を殴りつけたとき、分かったの。あたしは貴方の感覚を狂わせているんだって」
「…そんなことで…?」
「女は好いてくれている男を本能的に嗅ぎ取るのよ。それに、そう思わせるくらいに遊星はあたしに甲斐甲斐しかったしね…」
言ったでしょう?
あまり優しくすると女が勘違いするって。
の言葉に俺は記憶を辿る。
そういえば今日の昼にそういうことを言われたような気もする。
でも、頬を撫でるの手がすごくリアルで、俺が勘違いしそうだと思っていた。
「勘違いではないと思ったけど、誰かを好きになるなんて久しぶりでどきどきしたわ」
「それは…俺に対してそう感じてくれたということか…?」
「ええ。遊星に、あたしはどきどきしたの」
何もかも包み隠さず教えてくれるの言葉は俺を喜ばせ、同時に少し怖くさせる。
今俺は、自分でも怖いくらい彼女が好きだと思う。
思わずを抱く腕に力が篭った。
「もうすぐ、着く」
「重いでしょう?ごめんなさい」
「全く問題ない」
真実、は想像より軽かった。
あの秘密の部屋での生活が悪かったのだろうか。
もしそうなら悪いことをした。
「あの、廃ビルだ」
「仲間はいいの?勝手にこんなことをして」
「…どうだろうな。問題はないと思うが…」
ジャック辺りが気難しそうだが、結局弱者には無体を働く連中じゃない。
中はしんと静まり返っていた。
まだ帰ってきていないのか。
帰っていればもう少し賑やかなはずだ。
階段を登る俺には不思議そうな顔を向ける。
「誰も、いないの?」
「今夜の計画が前倒しになったから皆はそっちに行っている」
俺が部屋代わりにしている一室にを連れこむ。
年の為鍵を掛けて、俺はをベッドの上に降ろした。
「…統一計画が進んでいるのに、女を連れ込んでいていいの?」
妖しく微笑む
誘われるように俺はに顔を近付けた。
「……良くないだろうな。罰なら受ける」
だから今は。
「ん…」
小さなの声が漏れ、俺はと唇を重ね合った。
柔らかな感触に感じたことも無いような温かい気分が広がる。
「ふ、っふふ…遊星…」
「っ!」
くすくす笑いながらが俺の唇を軽く舐める。
ぬめった舌がくすぐるように触れた。
「ね、来て頂戴」
そう言って腕を広げてみせるを抱き締める格好で、俺は彼女とベッドに倒れこむ。
こんなににダイレクトに触れるのは初めてだ。
腕の中の細いの肩に震えるほどの興奮を煽られる。
、っ…!」
噛み付くようにキスをする俺をは優しく受け入れてくれた。
髪の香りだろうか。
の傍はすごく良い匂いがする。
「んっ、は…、ふぅ…っ、ン、ん」
角度を変えながら深くなっていく。
の舌がするんと俺の口の中に入ってきた時に一瞬息を飲むほど緊張した。
「はっ…、ん…」
溢れそうになる唾液を飲み込んで俺もの口の中を探った。
悪戯っぽく絡み付いてくるの舌。
それを軽く吸ってゆっくりと離れる。
「はぁっ…素敵よ、遊星」
うっとりと俺を見上げる
嘘を言っているとは思いたくないが、全てが初めての俺が彼女を満足させているとは到底思えない。
黙り込んでいたら、の白い指が俺の頬をなぞった。
「あたし、こんなに愛情を込めてキスをされたのは初めてよ。すごく感じたわ…。だから焦らさないで触って頂戴…」
そういって服の裾を捲り上げる。
柔らかそうなの胸に俺は息を飲んだ。
「女の体、初めて…?好きにしていいのよ…もう、遊星のものなんだから」
「…!」
なんてことを言うんだ、と思った。
俺のものだと自ら宣言するの言葉に思い切り欲情した俺は、彼女の下着を押し上げて直にそれにかぶりつく。
「あぁっ!あぁぁ…イイ、わ…遊星ったら…激しくて、素敵よ…」
先程が俺の手を胸に触れさせた時は服越しだったが、見た目以上に柔らかなそれを唇で食んだ。
途端にぷっくりと膨らむ彼女の…。
「はぁっ、…っ!」
「んっはぁ…、あぁ…っ、ゆうせぇ…っはぁぁあ、…!」
俺の舌が撫でる度に敏感に震えるの体。
その度に背がしなり、俺の頬に胸が押し付けられる。
生理的な反応と分かっていても誘われているかのようで俺はますます劣情を煽られた。
、この反応…いやらしいな…」
「ん、もう…体が勝手になるのよ…遊星が感じさせるせいだわ」
流し目のが俺の軽口を一蹴する。
…やはり、敵わない。
緩やかにの胸を捏ねるように揉みながら、改めて乳首を唇に含む。
ぷつんと硬い感触のそれを舌先で弾いたら嬌声が上がった。
「はぁんっ…イイっ…あぁっ、もっと…して…!」
請われしゃぶっていない方の乳首も指先で摘みあげた。
円を描くように指先で撫でる。
「あっあっ…!イイ、気持ちイイぃ…っ」
髪を乱して俺の頭をの腕が抱え込んだ。
ぎゅうううと胸を押し付けられて少し苦しいが、が悦ぶなら、と先端をしゃぶり立てる。
ちゅうちゅう吸い上げ、軽く甘噛みした瞬間に声が一際大きくなった。
「あぁぁぁっ…!」
びくっとの腰が跳ね、俺の腰に押し付けられる。
当然隠せないほど勃起させている俺は、思わずぎくりとして腰を引いた。
「はぁぁ…、ちょっとイっちゃった…かも…」
荒い呼吸で俺を抱き締める腕を緩めたは溜め息のように呟く。
そしてまだの胸に顔を埋める俺に視線を落とした。
「遊星、さっきちょっと逃げたでしょう」
「…何の話だ」
「とぼけなくてもいいのよ。もう…恥ずかしがらなくてもいいのに」
悪戯っぽく笑ったが俺のベルトを掴んだ。
かちゃりと乾いた金属音がして俺は慌てて体を起こす。
「何をするんだ」
「遊星に気持ちよくしてもらったからお礼にね。口で、シてあげるわ」
いやらしげに小さな舌を覗かせるに俺は眩暈を覚える。
「口でって…」
「興味あるでしょ?」
「…」
「はい、そこに座って頂戴」
が促すままに俺はベッドの上に座り込む。
そうしたら俺の足の間にがうずくまった。
ベルトの辺りを弄られると思わず体が強ばってしまう。
「…、…」
ジィィ…とファスナーを下ろす音…。
ズボンを押し下げられた時、直視できずに俺は俯いたまま視線を逸らした。
ひやりとしたの手が俺のアレに触れる。
「っ…」
「あぁ…遊星、すごいわ…」
何の感想なんだろうか…。
恥ずかしすぎての方を見ることが出来ない。
「!」
ぬるんとした感覚に俺はぞくりとした。
の舌が…俺のアレをなぞっている…。
恥ずかしいのを堪えて視線をそちらへと動かすと、緩く握り込んだ俺自身をゆっくりと舐め上げるが目に入った。
なんて光景だ。
「んっ、あら…少し大きくなったわね」
上目遣いで俺を見上げたと目が合う。
「いやらしいこと、考えたでしょう…?」
「っ…!」
「可愛いわね」
くすくす笑いながら一息に口の中にくわえ込む
「あぁっ…!」
感じたこともない快感が俺の腰に鋭く広がる。
思わず声が出てしまった…。
「んっ…む…」
「うっ…は…ぁあ…」
の口の中で俺のアレが撫で回されている。
初めての感覚だが、とんでもない快感だ。
それ以上にが俺のアレを頬張っているという視覚的な刺激が堪らない。
「はぁっ、はぁ…っ、…、あぁっ…」
「んは…可愛い声ね…。もっと気持ち良くなって良いのよ…」
じゅるっと吸い上げては口の中を往復させる。
「うはぁぁっ…!、っ!」
自分の時とは全く違う感覚に腰がびくびく跳ねた。
くびれの辺りを舌先が撫でるのが堪らない。
射精感がじわじわこみ上げてくる。
「んふ…、遊星の味がしてきた…美味ひい、の…んンっ」
「っ、口にいれたまま…喋らないでくれ…」
いやらしい仕草に更に興奮を煽られる。
視覚効果とダイレクトな刺激が俺を追いつめていく。
ぞくぞくと感じる快感を押し殺し、俺はの顎を掴んで顔を上げさせた。
「あんっ、どうしたの?」
「もう、いい。これ以上は…」
「イきそうなら、出しちゃってもいいのよ?」
「…」
魅力的な提案であることは確かだが、出来れば初めてはの体で…とは流石に言えない。
だからを抱き上げてベッドに押しつける。
「いい…か?」
「ふふっ、勿論よ…遊星のを愛している間、体が疼いて仕方なかったの」
またそんな俺を煽るようなことを言う。
俺はのスカートの中に手を差し入れる。
下着に手を掛けたとき、凄くいけない事をしている気分になった。
知らず、喉が鳴る。
「あぁ…早く…」
せがむような声に俺はの足の間に体を捩じ込んだ。
の足を抱え、俺は腰を押しつける。
「はぁっ…いく、ぞ」
ぬかるむ感触に俺はの口の中の感触を思い出していた。
の腰を掴んでぐぶ、と埋め込む。
「くぅ、んっ…!」
「うあぁっ…」
狭いの中が緩やかに俺を受け入れていく。
物凄く気持ちが良い…っ。
「はぁっ、っ…凄いっ…!」
ぞわりと蠢く中が絡みついてくるかのようだ。
「んんっ、遊星…おっきい…っ、はぁぁ…っ」
が身じろぎする度にきゅうきゅうと中が締まって俺を攻め立てる。
堪らなくなった俺はベッドをぎしりと軋ませて腰を揺らした。
「はぁぁんっ…!あっ!あっ!ゆうせぇ…っ、あぁっ」
彼女の甘い声が俺の耳をくすぐる。
深々と突き立てると背中をしならせて声をあげる
、っ…!ああっ、イイ…っ!」
「ひあっ、あぁぁっ!あたしも、すごくイイ…!もっと、来てぇ…っ!」
夢中での体を味わいながらきつくを抱き締める。
愛しくて堪らない。
柔らかな体を抱き締めながらの唇を奪った。
「んっ、ふ…、はぁっ!あはぁっ…、ゆうせ、っ…好き、よ…!あたし、遊星が…っ!」
「ああっ、俺も…だ!、っ…!うっ、く…っ、…っ、愛している…っ!」
の腰を押さえ思い切り打ち付けた。
先端がの奥に当たる感触がいやらしくて夢中で腰を使った。
「あぁっ、ん!激しいぃ…っ、あたし、イっちゃう…!」
びくびくとの背中がしなる。
俺をきつく締め付ける感覚が短くなってきた。
それが気持ち良すぎて俺もイきそうだ…。
「あっ!イくっ、イっちゃうぅぅっ…!」
悲鳴のような声を上げるの足が空を蹴る。
その瞬間の中がぎゅううっと俺を締め付けた。
「う、アっ…!出る…っ!!」
ぞくぞくと震えるほどの快感が俺の体を駆け抜けていく。
「っ…!」
俺はぎりぎりまでに腰を押しつけて、堪えていたものを解放する。
「はぁぁんっ…遊星の、熱い…いっぱい出てる…!」
俺の絶頂を感じたが体を震わせた。
収まりきらなかった俺の精液が溢れてシーツに染みを作る。
「はっ…、…、大丈夫、か?」
ぼんやりと虚空を見つめるに声を掛ける。
は視線を俺に移して微笑みながら頷いた。


温かい体温が、そこにが存在していることを俺に伝える。
いつの間にかは眠ったようだ。
薄暗くなり始める部屋の中。
日が沈めば見えなくなる蜃気楼のように、いつか何処かへ行ってしまうと思っていた相手が今俺の腕の中にある。


今は抱き合いながら眠ろう。

深く。

深く。






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