「また、やっちゃった…」
広すぎるベッドで目覚めたは隣に眠る恋人を横目で見て溜め息を吐いた。
時計はそろそろ起床時間を指そうとしている。
彼を受け入れてからと言うもの、3日と置かずベッドに誘われては激しい彼の愛の行為に耽ってしまっていた。
普段は人を簡単に寄せ付けない雰囲気を持っている彼なのに、情事の後はを腕から離さない。
どうやらそれが彼の癖のようだった。
セックスの後の疲れもあって、腕の中の心地良さについうとうとしている間に朝を迎えてしまっている。
いけないと思いつつこの年下の男の腕を振り解けない。
向けられる愛情の深さが嬉しくて。
のろのろと体を起こし、広いベッドを抜け出る。
二人で寝ても広すぎるベッドだった。
彼はまだ寝ている。
起こさないよう静かに部屋を出て、バスルームに向かった。
「広いお風呂に入れるのは良いことなんだけど…」
マンション暮らしでは到底望むべくもない広さの浴室。
蛇口を捻り熱いお湯を浴びる。
ふと鏡を見れば、そこには昨夜の情事を色濃く残す女が立っていた。
肌に残る鬱血の跡。
昨日の夜も以前に比べて考えられない程、激しく求められた。
力強い抱擁を思い出すだけで体が熱くなる。
「…いけないわ…」
は頭を振って記憶を追い出そうとした。
その時。
「ここにいたのか」
「!」
浴室のドアを開ける音と共に掛けられた声。
はっとして振り返れば、昨日自分を散々愛した男が入って来るところだった。
「ジャック、まだ寝ていても大丈夫ですよ」
「…目が覚めたのだ、仕方なかろう」
言いながらの体を抱き寄せる。
ジャックの体はヒヤリとしており、お湯で温められたの体からじんわりと熱を奪った。
その温もりを享受しながらジャックはの顎を掴みやや強引にキスをした。
「ん…っ、は…」
ちゅ、と小さく音を立てて唇を吸い、ジャックは密かに安堵した気分になった。
目が覚めた、と言ったジャック。
確かに実際目が覚めたわけだが、腕の中のの温もりがなくなったことで目が覚めたのである。
バスルームに来るまでにキッチンとプライベートルームを探し歩いたことをは知らない。
「…ジャック…、あ…っ」
温かな感触を確かめるように体を弄るジャックの手。
「やっ…ダメ、止めてください…!」
「スケジュール的には問題ない」
「あります!あたしが仕事にならなく…、やぁんっ…!」
内股をさわさわと撫でられて、昨夜の情交の記憶が蘇ってきた。
「可愛らしい声を出す…。男の誘い方を分かっているじゃないか」
「はぁ、そんな…つもりは…、あぁ、ジャック…そこは…っ、あぁぁ…」
首筋に埋められたジャックがきつく肌を吸い上げる。
新しく増えた所有の印。
胸を柔く揉みしだきながら体を押し付けられて、ジャックが既にその気になり始めていることを知る。
「いいから、俺に体を任せろ」
「だ、だめ…はあっ、あぁぁ…」
乳首を摘み上げられ、はびくびく体を跳ねさせる。
男性経験の乏しいの体はジャックが躾た通りに反応するようになっていた。
「優しくしてやる。さあ、力を抜け」
「そんなっ、はあっ…、あぁぁ!ジャック、だめぇ…っ!」
ジャックの指がの中に埋まり込む。
柔らかな中に深々と指をくわえ込まされ、緩やかに掻き回された。
緩やかに入り口を広げていく動きが卑猥での興奮を煽る。
これから彼を受け入れる準備をされているのだと思うと更にいけない気分になるようだった。
「はぁっはぁっ…、あぁっ、ジャック、ジャッ、ク…!」
震える足を必死で支える。
ジャックがきつく腰を抱いているから崩れることはなかったけれど、それでも力を抜くと立っていられなくなりそうで。
「ああっ!や、あぁぁっ!!」
ジャックの指がの感じるポイントを器用に探り当て刺激してくる。
堪らず背をしならせて中のジャックの指を締め付けてしまう。
「ふ、こんなに締め付けてくる。いやらしい口だな…。指だけで満足するつもりか?」
言ってジャックは指を引き抜いた。
「あ…」
快感を与えてたものが無くなって、は思わず溜め息を吐く。
「残念そうな声を出さずとも、もっとイイものがあるだろうが。そら、これが欲しいんだろう?」
ジャックは既に反るほどに勃起した自身での溝を緩やかに擦った。
敏感な突起を擦られはびくっと腰を震わせる。
「あっ、あっ!ジャック…、擦らな、いで……!あぁぁ、やぁっ!」
足の間を行き来する硬い感触。
卑猥なジャックの行為に熱くなる体が恨めしい。
「言って見ろ、俺が欲しいと」
「そんなっ…」
「このままが好みか?」
ぬるんと腰を引かれ甘い痺れが走り、下腹の奥がきゅうっと収縮する。
「ああっ!」
「まあ、たまには悪くない趣向かもしれんな」
「あっあっ!いやぁ…っ!!待って…待ってくださいっ…!」
素股状態で腰を使われて思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
敏感な突起が擦られてぞくぞくと快感が走る体を必死で支える。
「このままは嫌です…!ジャックの、を…中に…ください……」
結局ジャックの望む通りにはしたない懇願をさせられ、は顔を赤くする。
しかし疼く中を放置されたままは苦しくて仕方がない。
ジャックはニヤっと笑うと、ゆっくりと指での入り口を押し広げる。
そして強張りの先端での入り口を捉える。
「あっ…」
「…行くぞ」
熱い感触にの体が緊張した。
ぐぶっ、と一気にジャックがを突き上げる。
「はあぁぁっ!」
「く、うっ…」
一つになる瞬間の快感に二人は同時に声を上げた。
その声が合図のようにジャックは激しく腰を使う。
「あはぁっ!やぁんっ、激しいぃっ…、ジャック!ひあぁっ…だめぇ!」
「っ、は…締まる…っ、イイぞ…っ…!」
じゅぷじゅぷと激しく出し入れされる度に内壁を擦られる快感には腰を震わせた。
繋がった部分が蕩けそうに熱い。
「あっあっ!!おっきい…っ、ジャックの、すごいィ…っ!」
逞しいジャック自身が狭いの中を蹂躙する。
抉るように何度も打ち込まれて溢れた愛液が内股を伝った。
スピードを増していくジャックの愛の行為。
「あぁぁ!っ、はぁぁ、あんっ!!イイっ、気持ち、いいぃっ!!ジャック、はぁあぁぁっ!イっちゃう!」
髪を乱しながらジャックを受け入れるの腰がびくびく跳ねる。
駆け抜けて行く快感がを絶頂へと導いて行く。
「はぁっ、嗚呼、そのまま俺で、イけ…!さあ、…っ、見せてくれ…!」
「あーっ!!あぁぁあっ!!イく!イっちゃうぅ!!」
強くの腰を掴んだジャックが最奥を深々と突き上げた。
「!」
瞬間の背中がびくんと大きくしなる。
硬直した体がジャックを思い切り締め付け、搾り取るように蠢いた。
「くっ、はぁっ、中に出す、ぞ…っ」
「っはぁ、あぁぁ…」
ぎりぎりまで腰を押し付けてジャックもの中に欲望を解放する。
膣内で脈動する感覚がにジャックの絶頂を教えていた。
「はぁっはぁっ…、ジャック、酷いです…」
「何だ。お前も感じていただろう」
「こんなにされて…仕事にならなくなったらどうしてくれるんですか!」
がくがくと足を震わせながらは恨みがましくジャックを見上げた。
当の本人はしれっとした表情である。
「仕事にならんのなら辞めれば問題あるまい。そして俺と結婚すればいい」
「…簡単に言わないでくださいよー…」
「何を言う。現に簡単な話ではないか」
腰を抱かれたまま真剣に言われては言葉に詰まる。
確かにそれはその通りなのかもしれないが。
「…やっぱり、辞めません」
「そうか」
表情を変えることなくジャックは返事を返し、そっとキスをする。
ヒヤリとした唇。
それを黙って受け入れながら、は目を伏せた。
「じゃあ、この後宜しくね、御影」
「はいはい。お疲れさま」
今日はは午後は非番だった。
こういう日は出来るだけは家に帰るようにしている。
マンションの規約もさることながら、ある程度管理しておかねば後で困るのは自分である。
「あら?御影、アトラス様は?」
「少し外すと仰っていたわ」
「…そう…」
帰る前に顔を見たかったのに…。
今朝のバスルームの話を引きずっているわけではないが、こうやって仕事から帰る時に寂しい気分になることは確かだった。
だけどまだ踏ん切りがつかない。
いつかジャックの言うとおりになればいいと思うけれど、まだその決心がつかないことは確かだった。
「じゃあ帰るわ。何かあったら連絡頂戴ね」
「はいはい。また明日ね」
御影に手を振りは駐車場へ向かう。
ついでにジャックのプライベートルームを見たけれど、姿は無かった。
エレベーターで階下に向かいながら考える。
高層ビルの最上階。
スターダムの頂点の男と結婚するなんて世の中の女の子の夢を集めたような出来事じゃないか。
現実的に考えても、仕事を辞めてジャックと一緒になるというのは魅力的だ。
この仕事に大きな魅力や夢を感じている訳でもない。
結婚したら辞めようと思っている仕事だったわけだし。
遊びたいなどと思っているわけでもない。
ジャックから受ける激しい愛は受け止める側とすれば大変だけれど、嫌と思ったことはない。
「…仕事、辞めた方がいいのかなぁ…」
だけど万一ジャックにも捨てられることがあったとしたら…。
そんなことを考えながらジャックと付き合っているわけではないが、後ろ向きに考えるのは大人の悪い癖である。
無意識のうちに傷の少ない道を選んでしまう悪い癖だ。
「…はあ…、まあ今すぐ決めなくてもいいか…」
ジャックが何かも無理強いしたことなどない。
待ってくれていることは恐縮だが本当にありがたいことだった。
長いエレベーターを降りて車へ向かう。
「…え、っ」
車のところに人影が。
背の高さで誰かすぐに分かった。
慌てて駆け寄る。
「…ジャック、こんなところで何をしてるんですか…?!」
しかしジャックは駆け寄るに一瞥だけを投げると。
「遅いぞ、いつまで待たせるんだ」
質問に答えることなく一言だけ言った。
「待たせるって…」
「今日の仕事は終わったのか」
「は、はい…。終わりました、けど…」
「では行くか」
さも当然のように言い放つジャックには首を傾げる。
「行く、って何処へ…」
「お前のマンションだ。帰るのだろう?」
「え、えええっ!?」
「今晩は俺も一緒に帰るぞ」
「か、帰るって…」
アナタのお家じゃありませんし!
それにあんな広い部屋でもありませんし…!!!
「あ、あの…ジャック…、いきなり女性の部屋に来るというのは紳士として如何なものかと…」
「何を言う。恋人なのだから何も問題なかろう」
「…」
そう、ジャックは基本的に言い出したら聞かない。
仕事でもプライベートでも付き合って痛感している。
「…分かりました、じゃあどうぞ乗ってください」
こう言うときは折れた方が早いことも知っている。
不毛なやりとりをする前に車の鍵を開けた。
「本当の本当に狭いですよ…」
「しつこいぞ」
「だって、ジャックの家と全く違うんですよ!集合住宅だし…!あああ、もおぉ…」
「ぶつぶつ言ってないでさっさと開けないか」
部屋の前でうだうだとするにぴしゃりと言い放ち、部屋を開けさせる。
当然ながら誰もいないので真っ暗な玄関にが先に入って電気をつけた。
「男性のお客さんなんて殆ど初めてなので…」
スリッパを並べながら呟くの言葉にジャックは密かに喜んだ。
「はい、どうぞ」
促されジャックはの部屋に上がり込む。
狭い狭いと言っていた彼女だったが、実はサテライト出身のジャックがこの部屋に思うことなど何もない。
やや後ろめたくもあり、いつか打ち明けねばと思うがまだ話せていないのが実状である。
結婚しようなどと言いながら彼女に全てを打ち明けられないことを卑怯だと分かっているがに見限られたらと言うことを恐れていることも分かっていた。
彼女が仕事を辞めないことに本当は自分が一番救われているのではないかということも。
「あの、あんまり狭いんで呆れてるんでしょう?」
「…何故そう思う」
「さっきから何も喋りませんよね。だから狭いですよって言ったのに」
「…別にそんなことを考えていたわけではない」
もっと自分らしくないことを考えていたのだ。
だけどがそれに気付くはずもない。
ジャックはほんの少しだけ自嘲気味に笑うと、を抱き寄せた。
「狭い狭いとは言うが、お前との距離が近くなって良いではないか」
「…!」
距離は確かに近いかもしれないが、今この距離は近過ぎる。
端正なジャックの顔が至近距離にあってはどぎまぎした。
「ジャック…」
小さく名を呼ぶに引き寄せられるように、ジャックはにキスをする。
「ん…」
思いの外優しいキスには更にドキドキした。
嵐のように奪っていくジャックから与えられる宥めるかのような唇。
ふ、と離れていくときは少しだけ不安になってジャックを見上げた。
「何かあったんですか」
「どういう意味だ」
「急にこんなところに来て…それに…」
今のキスだって。
全然ジャックらしくなくて。
「それに、何だ?」
「何でもないです。…夕飯にしましょうか。有り合わせなのでお口に合うかは分かりませんけど」
不安を飲み込み微笑んでみせる。
もしかしたら本当にジャックに何かがあったのかもしれないが、言いたくないことなのかもしれない。
必要なら口にしてくれる日が必ず来る。
「…いつか、話してくれますよね?」
「!」
「信じて、待っています」
微笑みを崩さず静かに言うをジャックはぎゅうっと抱き締めた。
「…近いうちに、必ず話す」
それまではもう少しだけ、このままで。
離れていくかもしれない体温を惜しむようにジャックはを抱き締めていた。
やがて、それを遮るかのようにの携帯がを呼ぶ。
「仕事用の携帯…あっ」
音だけで内容を察したはジャックを見上げた。
「御影からだわ…。ジャック、貴方がいなくなったから…」
「放っておけ。俺は帰らん」
「そういうわけにもいきません!きっと大騒ぎですよ…。嗚呼…」
連絡を忘れた自分が一番悪いのだが、実はまだしばらくジャックと一緒にいれることを密かに喜んでいたのだ。
部屋に来るということに勿論多少の抵抗はあったもののそれを凌駕するほどに浮かれていたのも事実で。
うっかり御影のことを忘れていた。
「連絡してきますから適当に座っててください!夕飯食べたら送りますから!」
「帰らんと言っているだろう」
「だめですよ!こんな不用心なところ!何かあったらどうするんですか。あたし今は何も持っていませんよ」
完全にプライベートな状態ではジャックを守るどころか足手まといもいところである。
「前提から間違っている。何かあっても俺がお前を守りきれば問題あるまい」
「なっ、何言ってるんですか…それじゃ立場が逆で…」
「つまりだ。俺に何かが起こったとする。その何らかの状況に今のが巻き込まれたなら、俺は全力でお前を守るだろう。守りきれば事件も解決していると思わんか?」
「そ、そんな屁理屈…」
「とにかく。俺は帰らんぞ。…お前と一緒にいる」
「…!」
嗚呼。
普段はきりっとして、傲慢で尊大で我が儘で。
なのに優しくて可愛い年下の男。
それがの恋人なのである。
「…ずるいです」
「お前と一緒にいるためならどんな手でも俺は使うぞ」
「……分かりました。とにかく連絡だけしてきますから」
こんな時、ジャックが言い出したら聞かないことを知っている。
不毛な言い合いは、時間の無駄である。
観念して部屋を出ていくを見送って、ジャックはやはり自嘲気味に笑う。
「近いうちにお前が去るなら、一秒でも長く傍に…」
誰にも聞こえない微かな祈りはの部屋に溶けて消える。
終
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ここまで読んでくださってありがとうございました。