邂逅 4


※今回は全員で住んでる設定です
(詳細としては遊星・リューナ・ジャック・クロウ・ブルーノが住んでいるところに夢主が来た)
※毎度お馴染み細かいところはフィーリングで





リューナが降りてきたとき、パソコンの前には遊星がいて。
ソファで本を読むジャックにもたれかかりながら、も熱心に何かをしていた。
彼女がこんなに静かにしているというのもなかなか珍しい。
別にやかましい訳ではないが、この家の中では相対的にお喋りな部類に入ると思っていたので。
リューナが降りてきても声が掛からないのは本当に珍しいから、何となくリューナが話しかけた。
「…何をしているの?」
「あ、片付け終わったんだ?今日は全然手伝わなくてごめんね」
はたっと顔をあげて謝るにリューナはそんなことは構わないと首を横に振った。
「明後日、友達の結婚式なんだ。だから、準備してるのよ」
ふっと爪の先に息を吹きかける
綺麗に整えられたその先端がつやっと光を反射する。
「ネイルアート…?」
「アートって程じゃないよ。ちょっとだけシール貼ったりとか」
「ふぅん…」
覗き込むそれは、ハートのプリントが施され細いラメで器用に模様が入れられたりしている。
は器用なのね」
「そんなことないよォ。こんなの誰でも出来るって。リューナちゃんもやってみない?時間あるなら」
「…」
時間…に制約はない。
それよりも普段ならもっと「やろうやろう!」という感じで誘ってくるの控え目さの方が気になった。
「今日は…その、…強引じゃないのね」
言葉を選ぼうとしたけれど、良い言葉が思いつかなくてストレートに言ってしまった。
リューナの視界の隅で本を読んでいるはずのジャックが僅かに口角を上げたのが見えた。
は気づいてはいないようであったけれど。
「んー、これ結構好き嫌いあると思うんだよね。でも細かいことコツコツするのが好きなら楽しいかもよ」
「…」
どうなんだろう。
そんなことを考えて普段は生活をしていないから。
「やってみる?」
「途中でダメってなるかもしれないけれど…」
「すぐ落とせるからそれでもいいと思うよ。じゃああたしがお手本見せるから、その通りにやってみよっか」
えーっと…と言ってはネイルカラーをこつんこつんとテーブルに並べていく。
「あたしが白と金ラメで…リューナちゃんはネイビーとオレンジのラメね」
「ええ」
勝手に色を決めるだが、リューナは素直に頷いている。
としては色を勝手に決めたのも思惑があるのだが全く気付かないリューナが素直で可愛くて仕方がない。
この色合いに思うところはないのだろうか。
ニヤけそうになるのを我慢して、は顔を引き締める。
「じゃあまずは練習台に遊星を召喚したいので、リューナちゃんは遊星を呼んでください。あたしはジャックを召喚するから」
別に声を抑えることもしない
ジャックには言うまでもなく、遊星にも聞こえていると分かって言っているのだろう。
「…何故俺を巻き込むんだ」
「ジャックも入りたいのかなーって思って」
「誰がそんなことを言った!?」
「盗み聞きして笑ってたじゃない」
気 付 い て た 。
鋭い指摘にジャックはぐっと言葉に詰まる。
見てないようで見ているのね…とリューナは密かに感心した。
「はい、リューナちゃんも」
が促すけれど、確実に遊星には聞こえているはず。
それでも遊星はモニターに向かったままである。
集中して聞こえていない可能性もゼロではないが…。
何を言っても白々しいような気がしてリューナは遊星を何と呼ぶかちょっと迷った。
だから。
「……遊星、聞こえているんでしょう」
問われれば、まあ確かに全て聞こえているわけで。
そりゃそうだ。
声をひそめるわけでもない。
普段通りに会話しているのだから。(とは言え流石に『盗み聞きして笑っていた』ジャックにまでは気付かなかったが)
「…ああ」
「なら、こっちに来なさい」
もう呼ぶというか命令である。
実際遊星もこうなるのではと予想していたので異論を挟むこともない。
とりあえず現在の進行状況を保存すると、パソコンの前から立ち上がる。
普段の光景と言えばそうかもしれない。
ジャックもリューナも、当人の遊星さえも当然のように事が運ぶ。
なのに。
「えー、それで遊星来ちゃうの?あたし不満だなァ」
…思わぬところに伏兵がいた。
今日は聞き訳が良い…というか、大人しい…ような雰囲気だったが、やはり
「もっとさ、こう…『ねぇ遊星…手伝って欲しいから隣に来て欲しいの…』的な雰囲気を期待してたのにぃ」
「お前の期待するハードルがリューナには高すぎると思うが」
「ええー?女の子なら普通だよ!」
「なら私はの考える普通の女の子ではないということになるわね」
「ええー!?なんでそうなっちゃうのー!?」
違うよそうじゃないよ意識改革だよー!!
と、言ってみたところでそれが即リューナに反映されるはずもない。
それでもリューナの傍にぴったりと寄り添いながら座った遊星にとりあえずの満足を得る。
実際はジャックととリューナと遊星が同じソファの上に座ってまあまあ窮屈なだけなのだが。
「はぁあ…意識改革はまだまだ気長にってことだね」
やはり随分大きな独り言を吐き出して、はリューナを改めて見た。
「じゃ、始めよっか。はいジャック、手ぇ貸して膝の上乗せて。遊星はリューナちゃんの膝の上ね」
こうなってくるとの独壇場なのでジャックも遊星も黙ってその言葉に従う。
改めて膝の小さい丸みを撫でることなど滅多にない。
「小さい…」
「そうだな」
思わず遊星が発した言葉にジャックも乗っかった。
「ちょっと…変な事考えたらすぐ打ち切るからね」
「協力してやっているというのにその言い草か、お前は」
「…まあ協力はありがとう。でも、それとこれとは別だから」
別なんだ…。
二人の会話を聞いてリューナはこっそりと遊星を見た。
リューナは結構こういうとき強引なことを言われることも多いが、は今別と言った。
それを遊星はどう思っているのだろう。
「?どうした?」
「…無自覚なのね、きっと」
「何がだ?」
「…何でもないわ」
今度関係がないと思われる話を振られたら『それとこれとは別』と言ってみようか。
だけど、遊星は口数は多くないくせに舌が回るから丸め込まれてしまうかも…。
「リューナちゃん、始めても良い?」
「え、ええ…」
「じゃあアンダーコートからね」
渡されたものは透明の液体が入った小瓶。
「これを塗るの?」
「そう。とりあえず人差し指にやってみて」
は膝の上のジャックの手を取り丁寧にそれを塗り始めた。
客観的にその様を見るのは正直とても面白い。
あのジャックが、爪にマニキュアを施される姿なんて早々見れるものではないだろう。
「…おい、見てないでお前も遊星にやらんか!」
じーっと突き刺さる視線に耐えきれなくなったのだろう。
ジャックがリューナを睨みつける。(恐らく照れ隠しと思われる)
「はいはい。じゃあ遊星、始めるわよ」
「ああ」
「たっぷりじゃなくてちょっと薄目に塗ってね」
「分かったわ」
透明の色を塗るなんて意味はあるのだろうか…。
とは思うが口にはしない。
そんなものなのだろう。
こういうことに明るいに従うのが恐らく一番良いのだ。
しかし自分にネイルカラーを施すはずが、何故遊星にやっているのだろう…。
いや、深くは考えまい。
リューナものように遊星の手を取るとゆっくりと刷毛で爪をなぞり始めた。
透明の液体が遊星の爪を覆って、先程に見た艶めきが与えられる。
…ヤバい。
やっぱり面白い。
真面目な顔をした遊星が覗き込んでおり、その爪にマニキュアをしているという絵面を想像すると笑えてくる。
だけど折角協力してくれているので笑うわけにもいかず、リューナは震えそうになる指先を堪えるので精一杯だった。
それなのに。
「…物凄く面白いな、お前達」
「ジャック、お前も相当だ」
たったこれだけの会話の破壊力!
冷静な声色でそんなことを言わないで欲しい。
更に想像力をかきたてられたリューナは今度はこの4人がソファに座っている様を想像してしまった。
ジャックも遊星も似たような表情で黙って彼女と言う立場の女性二人からネイルカラーを…。
嗚呼、ダメだ。
考えすぎると指が震えてはみ出しそうになる。
平常心平常心…。
「気が乗らんことなら呼吸すら止めそうなお前が、大人しくこんなことをされている姿を見る日が来ようとはな」
「ジャックこそ、人の意見を聞くくらいなら死んだ方がマシだと言いそうなのに相変わらず彼女には言いなりだな」
「喧嘩禁止。二人とも黙って」
「…」
「…」
「…(ジャックが黙った…。やっぱり言いなりなのね…)」
そしてはこの絵面が目に入らないが如く真剣である。
これにそんなに入魂出来るものなのか。
その情熱をカードにかけられたならば、ももう少し楽が出来たのかもしれないのに…。
何故かに一番同情的な気分になりながらリューナは刷毛を小瓶の中にしまう。
「出来たわ」
「じゃあちょっと乾かしまーす。その間に柄選んで!」
「柄?」
ごそごそとが出してきたのは色々な柄のシールだった。
ハートや星のようなプリントや、翼をデフォルメしたようなもの、レース柄、アルファベット柄等々…。
「レースとかジャックの爪に入ってたら爆笑ものよね」
言いながらはジャックにどお?とピンク色の細いレースプリントを見せる。
ジャックは顔を顰めて首を横に振った。
「絶対にお断りだ」
「まーそういう反応よねぇ…じゃあ…、これはどう?」
さっとが見せたのはアルファベットの『K』である。
「キングのKよ」
「…」
そもそもネイルカラー等と言うものを施されているのが不本意なのでジャックは否定も肯定もしなかった。
しかしはにんまりとする。
「あと3本の指に『I』と『N』と『G』入れてもいい?」
「一本で十分だ」
「あらら、残念。ダサくて面白いかなって思ったのに」
「お前は…。いや、もういいからさっさと終わらせろ」
こういう時の言い争いは不毛であることをジャックは知っている。
しかし、此処まで好き勝手言わせて許すジャックなんて初めて見たかもしれない…とリューナは思った。
相手がブルーノであれば最初のピンクのレースのくだりで手が出ていただろうな…とも。
「じゃあ私たちも…。遊星のイメージは…やっぱり星…かしら」
何となく遊星のエースカードを想像したリューナは水色の星のプリントを手に取った。
そこには水色だけでなく、黄緑や蛍光ピンクなどのカラーバリエーションが細々とあってかなりポップに見える。
そのポップなイメージはあまり遊星にはそぐわないと思ったけれどこの水色の星だけピックアップすれば気にならないかもしれない。
「いや…それより、俺はこっちの方が」
「…えっ」
遊星が手に取ったのは翼がデフォルメされたシールである。
可愛らしい天使の羽がいっぱい並んだそれが気に入ったと言うことなのだろうか。
「それは…また……可愛らしいのが好きなのね…」
本気か冗談か分からなくてリューナは反応に困った。
もしかして笑ってあげるところだったのかもしれない。
しかし後ろからの声が飛んでくる。
「あ!やっぱり遊星それ選んだのね。あたしも遊星だったらそれ選ぶかなーって思ってた!」
「えっ…?」
と、言うことは遊星は本気でそれを選んだことになる。
何故…と疑問符を浮かべて首を傾げるリューナに遊星はそのシールを差し出した。
「これを使って欲しい」
「!」
台紙には天使の羽と、それに合わせたのだろう雲のプリントも一緒にあった。
そしてその雲のプリントの傍には。
「雪…ね」
「リューナのイメージにぴったりじゃないか?」
そう、雲の傍には雪の結晶のような柄のプリントがあったのである。
こんな時まで自分のことか…と思いつつ、こんな細かいものを見つけてくれたことをちょっと嬉しく思ってしまったりして。
「じゃあ、これにする?」
「ああ。これがいい」
、決まったわよ」
「オッケー!じゃあまずネイビーのネイルカラーをやっぱり薄目に塗って…」




「で、最後にこのトップコート塗って出来上がり!」
出来た。
とうとう出来た。
塗って乾かしてを何度繰り返したか…。
だけど出来上がったものはネイビーに橙のラメが光る綺麗なもの。
端に貼られた雪の結晶も非常に可愛らしい…。
「…くっ、ふふ…」
「ん、ふふ…」
思わずリューナは肩を震わせる。
誘われるようにも笑い声を漏らした。
「ふ、ふふふっ…も、もうだめ、おかしくって…!」
「あ、やっぱり?あはは、あたしももう途中から面白くって!」
くすくす笑い合う彼女達。
勝手に借り出しておいて笑うのは…ちょっと酷いのではなかろうか…。
と、ジャックと遊星は釈然としない気分になった。
ちろりとジャックが遊星を見る。
遊星も小さく頷くと…。
「次は俺達の番だ」
「そうだな」
がし、と彼氏達が彼女達の手を掴む。
「え?」
「えぇっ!?」
有無を言わさず小瓶を掴むジャックには急に慌てだす。
「や、やだ!ジャック、ちょっと、あたしはいいの!!もう自分で全部やったの!!!!」
そう、はもう自分の爪を全て塗り終えていた。
それでなくてもジャックにこういうことをされるのは非常に怖い。
彼はそんなに器用なタイプではないのである。
「すぐに落とせるから良いとリューナに言ったのはお前だぞ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてジャックはを引き寄せた。
「あれは遊び!あたしのは本番なの!!!」
手を振りほどこうともがくもののジャックの力に敵うはずはない。
そしてリューナも同じく遊星に手を取られていた。
「…ちょ、ちょっと…遊星…本気?」
「ああ。俺がやってやる」
「でも、作業…」
「いいから」
良くは無いだろう。
遊星の指を一本塗るだけでも相当な時間がかかったのに。
しかし遊星はリューナの手を取ると自分の膝の上に置いた。
そして一番最初の透明な液体の入った小瓶を手に取る。
「…綺麗な手だ。小さくて、柔らかい。ずっと触っていたい」
「な、何恥ずかしいことを真顔で…」
「本心だ」
「…」
蒼い視線が射抜くから、リューナは俯いた。
赤くなった顔をじっと見られると更に赤くなってしまいそうで。
「あっあっ!やめてぇえ!!!!」
「止めろと言われると余計にやりたくなるな」
「やだったら!あっ、うそうそ!そんな色重ねないでよぉぉぉぉぉ…!!!」
リューナの後ろではの悲痛な叫びとジャックの面白そうな声が。
だけど、そんなものは耳に入らないかのように遊星は恭しくリューナの手を取ると…。
「!」
手の甲に唇を押し当てた。
柔らかい感触がちゅっと軽く触れてリューナは弾かれたように遊星を見る。
「ななななっ…何を、こんなところで…っ」
幸い後ろの攻防は続いていて(が、は劣勢のようだ)二人が気付いた様子は無い。
悪戯っぽく笑った遊星はそっと唇を離すと、やっと小瓶の蓋を開けた。
「…さあ、始めようか」