愛してくれ、Lady


に関する勘だけはマジでいいよな。
クロウはつい10分ほど前に何も言わずに出て行ったジャックの姿を思い出し感心していた。
大抵部屋にいるか向かいの喫茶店にいることが多いジャックだが、時々ふらりと無言で家を出て行くことがある。
そういう時は大抵がここに姿を見せるのだ。
「…今日も、ジャックいないの」
「ふらっと出てったきりだぜ。残念だったなー」
「ああ、もう…今日は遊星にも協力してもらったのに…」
の言葉に驚いたクロウは遊星を見た。
「協力?」
「ジャックが暫く部屋にいると言ったからに連絡したんだが…すまない」
申し訳なさそうに謝罪する遊星には微笑みかける。
「遊星が謝ることじゃないでしょ。見計らって連絡してって言ったのは私よ。ああ、でも何で私が来るってばれたんだろう…」
「ばれたってお前…」
「だってそうじゃない…。もう不意打ちでしかジャックに会えないなんて…。というか不意打ちも成功しないし…」
はぁぁぁ…と深い溜め息を吐いてはソファに沈み込む。
その時点けっぱなしになっていたテレビからニュースが流れてきた。
そこにはが映し出されている。
内容は共演している男性アイドルとの熱愛がどうとか、こうとか。
テレビの中のは曖昧にはにかんで礼だけして立ち去っていく。
本人を含む3人でそのニュースを見るのは何となく気まずい感じだった。
「あれ、マジなのか?」
「クロウ、本気で言ってる?私がジャックに会いたくてここに来てるのに」
「じゃあなんであんなニュース流れてんだ?」
「…あの写真は本物だからよ。確かに私はあの写真の通り彼の部屋から出てきたんだもの」
苛々とは吐き捨てるように言った。
モニターの中では清楚で通っているから、ファンが見たらさぞかし嘆くことだろう。
「彼、色んな女とっかえひっかえしてるけど、私が靡かないもんだから部屋に呼び出して写真撮らせたの!既成事実もいいとこ」
「でもお前部屋行ったんだろ?」
「仕方ないでしょー!台本無くしたからコピー欲しいって泣きつくんだもん!!嘘でしょなんて言えないしさぁ…」
「それで、嘘だったのか?」
珍しく遊星も入ってきた。
は遊星の方を向いてクロウへ喋るのと同じテンションで続ける。
「知らないわよ!あいつ結局コピーしてたし。結構時間掛かったわ…。それもまずかったのよ…入って出てくるまで追いかけられてたなんて知らなかったし!」
浮名を流すイケメンアイドルと熱愛の既成事実。
世の中の若い女の子が聞けば何故彼とそういう関係にならないのかと首を傾げるかもしれない。
しかし目の前のはジャックを追いかけ続けているのだった。
その歴史は彼がキングとして世の中に躍り出た頃からずっと続いている。
意外に短いように見えるが、ジャックがシティへ来たのはその頃なので最初期からと言ってもいいかもしれない。
『前にね、共演もしたの…』
と、うっとりクロウに聞かせていたのを遊星も隣で聞いていたことがある。
『でも、ああいう世界合わないのね。途中で帰っちゃったんだぁ…後姿が素敵だった…コートをね、颯爽と靡かせて歩いていくのよ。見惚れちゃった…』
このエピソードに、人はここまで盲目的になれるものかとクロウも遊星も驚いたものだ。
好意的解釈にも程がある。
「油断した私が悪いんだけどさ、あのニュースをジャックにも見られたと思うと…はぁあ…」
それなりに人気の芸能人がこのガレージでがっくりと項垂れている。
異様な光景だな、とクロウも遊星も思っていた。
「でもさ!このニュースで機嫌悪いなら私にちょっとは気があるってことかな!?」
ぱっと顔を上げたと思ったら嬉しそうにこんなことを言う。
百面相だ、と遊星が思う横でクロウが一言いった。
「知るか」
「ちょっとぉぉ!!何その言い方!!」
「もうジャックに直接連絡して約束取り付けちまえよ。番号知らねぇなら俺が教えてやっからよ」
「え、いいの?そんなことしていいの?」
「何かお前の相手面倒になってきたし良いだろ」
「ちょっとぉぉ!!何その言い方!!」
私それなりに人気の女優なのに!デュエルも出来るのに!とはクロウに言うがクロウは何処吹く風である。
本当に慣れとは恐ろしい。




「…」
しつこくジャックを呼び続ける電子音。
ディスプレイには知らない番号が映るが誰かからくらい予想はつく。
誰があいつに番号を教えた…と溜め息を吐いた。
『誰が』などと言いながら遊星かクロウしかいないことも知っている。
が自分の事で誰かを頼るならこの二人しかいないだろう。
しかし何の用があるというのだ。
少なくとも自分には…。
と、考えたところでジャックは盛大なる溜め息を吐き健気に呼び続けるそれを手に取った。
「…何の用だ」
『わっ、出てくれた!ジャック、あの、ですけど…』
「分かっている。…用件は」
『……ずっと、私のこと避けてる…よね?今、何処にいるの』
「…」
『…会いたい、の…ジャックに…』
今にも泣き出しそうな雰囲気の声である。
漏れ聞こえてくるの後ろのざわめきが、恐らく彼女が仕事中であることをジャックに伝えていた。
このまま何も言わなければの方からこの会話を打ち切ることになるだろう。
しかし、それは卑怯なやり方だと思った。
そんなことをするくらいならこの電話に出なければ良かったのだから。
「…今から指定する場所に時間が空いたら来い」
『え、っ、ちょ、ちょっと待って…』
慌てたように言った後、遠くなったの声で「書くものない?」と周りに聞いているのが聞こえる。
ややの後、どうぞ、と促された。
ジャックはそのまま住所を伝え、着いたら連絡するようにと告げる。
反芻されるの声を聞きながら、彼女が何故そんなにも自分に執着するのかが不思議でならなかった。
『仕事が終わったらすぐに行くから』
「…ああ。ではな」
彼女の返事も待たずに一方的に切断する。
終了時間を告げず『仕事が終わったら』と言った。
長引けば何時になるか判らないということなのだろう。
翌日まで起きていることなるかもしれないな…とジャックは思った。
いや、それくらい苦痛でも何でもないのだ。
それよりも。
「…アジトを教えることになるとはな」
彼女は現れるだろうか。
未だ治安の安定しない旧サテライトの奥地へなど。
便宜上与えられた住所は存在するから、タクシーでも使えばある程度近くまでは来れるだろう。
「来るまでに露払いくらいはしてやるとするか」
がある程度デュエルが出来る事は知っている。
そこんじょそこらの人間には負けはしないだろう。
だがもしも、ルール無用に腕力に物を言わせて掴みかかられたりしたら…あの細い体でどんな抵抗が出来るというのか。
昔のアジトに呼び出したのは理由があるが、が無体に乱暴を働かれるところが見たいわけでは絶対にない。
ジャックは無言でホイール・オブ・フォーチュンに跨った。




深夜のサテライトは薄気味悪いところだった。
仕事は想像通りの長丁場で自身も疲れていたが、ジャックが与えてくれた機会を無駄にしたくなくて。
到着時刻も告げなかった事を気にした風でもなかったジャックは恐らくこうなることを予測していたのであろう。
現場にはトラブルもハプニングもつきものだから。
さて、真っ暗な旧サテライトで停車したタクシー。
周りは瓦礫だらけで幽霊でも出そうな雰囲気を醸し出している。
「君…本当にここで降りるの?」
見兼ねたようにタクシーの運転手が声を掛けてきた。
確かに女がこんなところでたった一人。
犯罪が起きてもおかしくないかもしれない。
「え…ええ…約束がありますから…。お幾らですか」
「…」
運転手は更に何かを言いたそうだったが、結局口を開く事はなく機械的に金額を提示してきた。
支払いを済ませてタクシーが走り去っていく。
エンジン音が遠ざかると共に静寂が鼓膜を裂いていくようだ。
「…」
不気味な静寂にぞくりとしながらはジャックに言われたとおりに携帯を取り出す。
『着いたか』
「え、ええ…何処に行けばいいの…?」
きょどきょどしながら視線を彷徨わせる。
『後ろを向け』
「…え?」
振り返ったら追いかけ続けた姿があった。
威厳を纏い近づいてくるジャックは初めて出会った瞬間をに喚起させた。
「…ジャック」
「着いて来い」
「…」
携帯を仕舞い、自分を追い越していくジャックに黙って従う。
夜風に靡くコートにキングの時代の彼を思い出し、こっそりとときめきを覚える。
いや、キングであった彼が好きなのではなく好きな彼がその地位にいただけのこと。
堂々と振舞う強い彼に覚えたときめきは今でも新鮮な気持ちをに思い出させる。
指定された住所に程近い廃墟に入っていくジャックに倣う。
周囲は驚くほど静かである。
聞いていた程治安は悪くないもかもしれない。
何となく性質の悪い人間がうろついているような気がしていたが、考えすぎだったのかなとすら思うほどに。
汚れた赤い絨毯の上を歩きジャックは昏い玉座に座り込む。
招かれた形のはその意図を汲みかねながらも傍まで歩み寄った。
「ジャック、あの…」
「お前は、何故俺に執着するんだ」
「え…?」
ジャックは深い溜め息を吐き背中を預けて足を組む。
面倒臭そうな雰囲気に『迷惑だ』と言われているようでは少しだけたじろいた。
「ここは俺の昔のアジトだが、これを見て何も思わないか」
「…何も、って…」
「まるで俺だ。虚像の世界に祭り上げられた後の、栄光の廃墟。まあ道化の舞台には違いない。玉座に未練などはないが、俺を表すには丁度いいだろう。そんな俺に執着するお前がよく分からん」
「…」
「得体が知れんと言ってもいい。お前は俺に何を求める。この何もない俺に」
ジャックの言葉には改めて廃墟の中を見回した。
当然、廃墟であるので何もない。
空っぽの建物の中に玉座だけが据えられているというのは滑稽といわれればそうかもしれない。
「何かを、求めているわけじゃない…。そうね、これを見て余計に感じるのは寧ろ与えたいということかしら」
「与えるだと?」
「ジャック、貴方が私をここに招いてくれた事はとっても嬉しい。今の貴方を見せてくれようとしたのも、ね」
は座り込むジャックに顔を近付けた。
覗き込んでくる視線がジャックにぶつかる。
それは真剣そのもので、ほんの少しだけジャックは圧倒された。
「あんなに仲間から大切にされているのに、唯一自分の存在だけを愛されると怖くなるのね、貴方」
突き刺さるようなの言葉にぎくりとジャックは体を強張らせる。
「私の愛は重いわよ。自分を空っぽと信じてやまない貴方の器を溢れさせるくらいに。だから、強いてジャックに求める事があるとすれば、その器の許容量かもしれないわ…」
「お前は何を言っている…」
「あら、全身全霊をかけてジャックを愛したいと言ってるのよ?伝わらない?」
「…」
事も無げにはっきりと断言されると、流石のジャックも二の句が告げなくなった。
から視線を外し、天井を仰いで溜め息を吐く。
そこに先程の面倒くさそうな雰囲気は無かった。
寧ろ諦めたと言うべきか。
「やはりお前は得体が知れん。物好きにも程がある」
「それって褒め言葉よ。何かが欲しいわけじゃない私を認めてくれるのね?」
「…ああ。人生で初めての降参を味わった気分だ…」
しかし、ジャックは呆れたような表情をしてはいるが不快そうではない。
それどころか憑き物が落ちたような明るい雰囲気だ。
「他人に俺を分析されるのは気分が悪いと思っていたが、お前になら悪くないな」
頬杖をついたジャックが緩慢な仕草でに手を伸ばして、肩から流れるの漆黒の髪を一房掴み、さらりと撫でた。
感触を楽しむかのようなその指先。
思わずどきっとしては鼓動が早くなるのを感じた。
同時に上がった体温が、僅かに頬を染め上げる。
髪を撫でられ満更でもない様子を見て取ったジャックは思わず苦笑した。
「お前は本当に物好きだな。…あの男の方が今のお前には利益も大きいだろうが。それでも敢えて俺を選ぶのか」
「!…やっぱり知ってた…。それで私を避けたの?もしかしてちょっとは嫉妬してくれた?」
「……くだらんことを…」
ばつが悪そうに視線を逸らすジャックだが、それはイエスも同義である。
嬉しくなっては思わずジャックに抱きついた。
と、いうよりも座っているジャックの方が僅かに背が低くなっているので抱き締めたような格好になった。
ジャックの頬に柔らかなの胸が触れ思わず心臓が跳ね上がる。
「っ!!何をする…!離せっ…!」
「だって!嬉しいんだもん!!」
更に力を入れてくるものだからどぎまぎした。
言う事を聞かないの腕を掴んで無理矢理に引き剥がす。
「…全く、お前という女は…」
「えへへ」
とは言いつつも、悪びれもせずに笑って見せるが心底可愛く見える辺り、彼女には敵わないということなのだろうとジャックは肌で感じ取るのだった。





に関する勘だけはマジでいいよな。
クロウはやはりジャックを見るたびに思っていた。
ふとコーヒーを飲む前に携帯を取り上げたと思ったら、タイミングよく着信音が鳴ったりして。
機嫌よく受け答えをするジャックにクロウは冷たい視線を投げたがジャックは全く気付かない。
くっつかなければくっつかないで鬱陶しいと思っていたが、くっついた今はより鬱陶しい気がする。
あれ以来がここに来なくなったかといえば実はそんなことは全く無かった。
寧ろ頻度が上がったほどだ。
そして相変わらずジャックはが来る事を察知して落ち着きがなくなるし、はジャックを横に置いた状態でクロウに惚気話を聞かせるしで。
逆にクロウがを避けて生活したいほどだ。
そういう意図も含めて一度ジャックに問うた事がある。
何故お前はが来ることが判るのかと。
そうしたらジャックは事も無げに答えた。

「なんとなくだ」

と。
なんとなく分かるほど通じ合ってんのかよ、お前等は。
そりゃもうこれは運命だよな、と思いつつクロウは時計を見る。
配達の時間には少し早いが鬱陶しいものを見せられるよりはいいだろう。
携帯を置いたジャックを尻目にクロウは立ち上がる。
「出るのか?」
「ああ。によろしくな」
「その必要は無い。もう外にいるそうだ」
ジャックの返事にぎょっとするクロウの視線の端にはテレビでこれでもかと見知ったの姿が映った。
「あれ?もう配達の時間?いっぱい話したいことがあったのに!」
屈託なく声を掛けるにクロウは慌ててブラックバードに跨った。
「そ、それはまた今度な!」
「うん、気をつけてねぇ」
笑顔で手を振るに、悩みを抱えているような雰囲気は無い。
まあ仲間が幸せならばいいか。
そんなことを考えながらクロウは地面を蹴った。








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カーリーの存在無視で本当にごめんなさい。

ここまで読んで頂きありがとうございました。