秘密のカンケイ 1


遊星の彼女にだけ相手がいることを示唆したから少し心配だったが、どうやら彼女は誰にも話すことはなかったようで。
バレたら面倒なやつもいるし、このまま彼女には貝になっていてもらえると非常に助かる。
クロウは一軒のカフェの前にブラックバードを停めた。
いつも思うが客が女ばかりで非常に入りにくい。
しかしそれでもクロウがここに通うには理由がある。
、いるか?」
「クロウ!今日は早いわね。ちょっとだけ待って。荷物取ってくるから」
そう、この黒髪の少女、こそクロウがここに通う理由である。
漆黒の髪を靡かせて、奥へと消えていった。
ここまでは大体いつもどおり。
そして学校の制服に着替えて出てくるのであるが、今日は意外にも私服だった。
「ごめんね、お待たせ」
「あれ、お前学校は?」
「午後が自習になったからサボった」
「…お前なあ…」
「まあまあ。さ、帰ろ帰ろ」
クロウににっこり笑いかける、目の前の
ちゃっかりしたものだ。
漆黒の髪に誰かを彷彿とさせるようなメッシュを入れてオニキスの瞳を持つ彼女は、ジャックの義妹だった。
とはいえ、今は離れて暮らしているのであまり兄妹らしいところはない。
昔の名残のようなものだ。
いそいそとクロウの後ろに乗り込んで、ぎゅうっとクロウの腰に腕を回す。
「兄さんの仕事見つかった?」
「知らネ。めんどくなってきて最近聞いてもねぇ」
「はあ…兄さんが働いてくれたら一緒に住んでも良いのになぁ…」
「お前がこっち来りゃいいんじゃねぇの?」
「流石にパンクするでしょ。遊星の彼女さんもいるしさぁ」
まあ確かに。
部屋くらいはジャックと同室だから問題なさそうだが、多分風呂の順番待ちが半端ない。
「それにほら、あたしとクロウが同じ部屋に住んだら兄さんにあたしたちのことバレちゃうよ?」
「何で俺と同室を前提に考えるんだよ。ジャックと住むって話はどこ行った」
「えー、でも憧れない?セックス三昧のただれた同棲生活!遊星達、絶対毎晩してるって」
「年頃の女がそんなこと思っても口にすんな!あと生々しい想像もさせんじゃねえ!」
兄と遊星の前では清楚で貞淑な顔をしているくせに、クロウの前だと明け透けだった。
特に遊星は憧れの人すぎて猫被りが凄い。
いや、既に地になっているのかもしれない。
遊星に彼女がいると聞いたときのの顔は、今思い出しても形容し難いものであった。
悔しさと絶望と憧れと羨ましさに敗北という絵の具を混ぜたかのような顔。
本命は一体誰なのかを小一時間問い詰めたくなる、そんな顔。
「あー良いなぁ。遊星の彼女さん、毎晩遊星とセックス三昧なのかー」
「おい、いい加減にしねーと怒るぜ」
「そんなこと言って。今日も部屋に寄ってくくせに」
ニヤニヤと笑う気配を感じる。 
諫めた手前きまずいが、そのつもりだった。
「まあ…そこはそれって言うか…」
「あたし的には彼氏にソッコーで帰られるのも寂しいし、大歓迎よ。ね、今日暑かったし一緒にシャワー浴びようよ」
魅力的な提案を断る理由もない。
クロウは頷いて見せた。
のアパートはもうすぐ傍である。


クロウ達に負けず劣らず、もかなり経済的には恵まれているとは言い難かった。
お世辞にも綺麗とは言えないアパートで暮らすが気掛かりで、WRGPが終わったら一緒に暮らそうかと考えている。
今はDホイールを遊星達に預けている状態なので不可能だが、全てが終わった暁にはジャックに何もかもを打ち明けてと結婚しようかとさえ思っている。
義理とは言え妹を溺愛するジャックはどんな反応を返して来るだろうか。
少し、心配ではあるが…。
の部屋の前に行くと、既に部屋に入っているはずのがドアの前で何かしている。
「どした?」
「一昨日鍵が壊れちゃってさぁ…なかなか開かないの。遊星に頼んだら直してくれるかなぁ」
「開けっ放しになることは無いのか?」
「ん…それは無い…よしっ、開いた!」
ガチャガチャとしばらくやっていたら開いたらしい。
しかし出掛ける度にこれではかなり難儀である。
それにガチャガチャやってる間に変な男に襲われでもしたら…。
「とりあえず今日帰ったら遊星に聞いといてやるよ。無理そうなら業者頼んどいてやる」
「えっ、業者はいいよ。お金かかるじゃん」
「それくらい俺が出してやっから直せよ。不用心だろ」
「…いいの…?」
お互いがお互いの経済事情を知るだけに、なかなかデリケートな話ではある。
しかしこういう時に見栄を張らずしていつ張ると言うのだ。
それにに使ったと言えばチームの誰も嫌な顔なぞしやしない。
「良いから。任せろって」
「…ごめんね、ありがとう。でもすっごく助かる!」
申し訳無さそうにはにかむは非常に可愛らしく、クロウは抱き締めようかと手を伸ばしたくなる。
が、誰に見られるかも分からない外で迂闊なことは出来なかった。
何と言っても、まだとの関係は秘密である。
特にジャックには知られたくなかった。
「入って。とりあえず何か飲む?」
上機嫌に部屋に入るの後ろに着いていくクロウ。
後ろ手にドアを閉め、背を向けて靴を脱いでいるを素早く後ろから抱き締めた。
「きゃあ!…びっくりしたぁ…。急にどうしたの」
「いや、があんまり可愛いからよ。ちょっと我慢出来なくて」
「あん…もう、シャワーは…?」
「後でゆっくりでいーだろ」
「こんなところで…?クロウったらあたしのこと言えないじゃない…あ、っ…」
もぞもぞとクロウの手がの服の中に侵入してくる。
後ろから胸を鷲掴みにされてはこの後の快楽を想像してしまう。
普段は優しいクロウが豹変する一瞬が好きだった。
乱暴に組み伏せられて彼と繋がる瞬間に、男性の本能を感じて女の部分が思い切り興奮することを知っている。
「あっ、はぁ…んっ」
下着をぷつんと外される感覚がしたかと思うと、緩んだ下着の隙間から手が入り込み膨らみ始めた乳首を摘まれた。
軽くこねられるだけで、甘い痺れが腰を走る。
「はぁ…あぁぁ…クロウ…っ」
「あー…滅茶苦茶可愛いぜ。なぁ、こっち向けよ」
クロウに軽く抱き上げられ、向かい合わせにされる。
「こうしてねぇとキス出来ないもんな」
「ふふっ、そうね」
そうっとクロウとの唇が重なろうとした時だ。
を呼ぶ音がする。
「あ、携帯…」
「後にしろよ」
「でもこの音兄さんからのだわ」
「…ジャックの?」
僅かに顔をしかめてクロウはから離れた。
空気クラッシャーのジャックは時々クロウやには想像も出来ないような行動に出ることがある。
も苦笑いで携帯を手に取った。
小さな電子音を鳴らしはそれを耳に当てる。
「…はい。えっ?…はい、そうです。ごめんなさい、兄さん。え…っと、これからですか?あ、あのでも…はい、はい…分かりました…」
いつまで経ってものジャックに対する「です・ます」調は抜けないなァと思うクロウ。
幼い頃はそんなこと無かったのに、ジャックがシティにも連れ去ってからそう躾たらしい。
何を考えてそんなことをしたのか。
クロウには分からないし恐らく知る日も来ないだろう。
再会してからかなり経つが、も改める気は無いようでいつまでもその調子だった。
「兄さんがこれから来るって」
電話を切ったが申し訳無さそうにクロウに言った。
「ジャックが?あいつ、タイミング悪すぎだろ」
「それが…あたしが私服でクロウのDホイールに乗ってるとこ見られてたみたいなの。学校はどうしたって」
「…」
「ごめん、あたしの所為。今度必ず埋め合わせするから今日は帰って」
見られていたとは。
不用意に外でを抱き締めなくて良かった。
しかし折角の楽しいところだったのに。
行き場のない欲求不満感はあるが、致し方ない。
「…まぁ、しゃーねぇか。じゃあまた連絡くれ」
「本当にごめんね」
行為に及ぼうとした余韻をお互いの体に残しながらも離れなければならない。
間男の気分とはこういうものなのだろうかと考えかけて虚しくなるから止めた。
クロウはに見送られて玄関を出る。
その時に鍵のことを思い出した。
そうだ、遊星に聞いておかねば。
停めてあるブラックバードのところへ戻り深く溜め息を吐いた。
「…ジャックの奴…」
打ち明けられない自分も悪いから、100%八つ当たりに違いないが今日の夕飯はジャックの好みでないものにしてやろう。
そう決めてクロウは元来た道を走り出した。





「クロウはどうした」
クロウが帰ってすぐにジャックは現れた。
それこそ見ていたかのようなジャストタイミングで。
「クロウなら帰りました。暑かったから送ってもらったお礼にお茶を出して、その後すぐに」
「そうか」
澄ました表情ではジャックの前にコーヒーを置く。
内心は穏やかでは無かったが、ジャックもそれ以上突っ込む気は無いようで出されたコーヒーに口をつけている。
「兄さん、ごめんなさい。洗濯物だけ取り込んできます」
実はこれは口実である。
ジャックがあまりにもジャストタイミングで現れた所為で、先程クロウに外された下着をなおせていない。
変に擦れる布が気になって仕方が無く、どうしてもジャックのいるこの部屋から出ていきたいのである。
「ああ」
一言だけ返したジャックには微笑んだ。
それはの安堵の笑みだった。
部屋を出て行くを横目にジャックも少しだけ笑う。
「…これで隠しているとはお笑い草だな」
正直に言って、ばればれなのだ。
幼い頃から遊星に憧れまくっているくせに、遊ぶときはいつもクロウを選んでいた
遊星が好きと言いながら食事はクロウの隣だし、一緒に昼寝をしている姿もよく見かけた。
ジャックを兄と呼んだが、が安らぎを見出すのはいつだってクロウと一緒にいる時で。
兄と妹の関係から見ればよく分かる。
恐らく遊星も気付いているに違いない。
隠せていると思っているのは本人たちだけなのだ。
「まぁ…教えてやるほどお人好しでもないし、可愛い妹を簡単にくれてやるつもりもないがな」
せいぜい邪魔をしてやろう。
恋というものは邪魔が入って思い通りに行かなければ行かないほど燃え上がるものなのだから。








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ジャックとクロウの悪友的カンケイが好きです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。