翳りの月


その指先は間違いなく魔手と呼んで遜色のないものだった。
好奇心を見抜く眼は鋭く、毒牙を隠した唇で口吻けをする。
それなのに温かくて柔らかで。

見惚れるような綺麗な人だった。











「本当に良いの…?あの、俺…こんなにご馳走になっちゃって」
「良いのよ。遊矢君はたくさん食べてくれるから作り甲斐があるわ」
背後にいる夫の存在を滲ませる物言いをする。
最初はそこに背徳感も罪悪感も、そして時折は優越感なんかも見出していたのに、今ではすっかり慣れてしまった。
「あいつは…食べないのか?」
「忙しいを理由に逃げられてばかりなの。…色々と、ね」
目を細める彼女の示唆する内容に気付いて、遊矢は気まずそうに視線を逸らした。
そんなつもりだったわけじゃない…とは言わない。言えない。
さんの、凄く美味しいのに…勿体無いな」
せめて箸は動かしたままで…と思いながら言い放った言葉にも何となく裏がありそうな言い方になってしまった。
本当に心から彼女の手料理は美味しいのに。
後ろめたい関係は本心を偽り続ける所為か、いつしか真っ直ぐに伝わらなくなるのだなと思い知る瞬間だった。
「そうやって慰めてくれる人が居るから私は平気でいられるのよ。ありがとう、遊矢君」
その礼の裏に別の男の影すら感じる。
実際彼女は遊矢だけではない。
遊矢も分かっている。
混乱したのは最初だけ。
嵐の様な蹂躪劇に押し流されるだけの遊矢に彼女は言ったものだ。
「時々、遊んでくれると嬉しいわ」
最初は何のことか判らなかった。
初体験の余韻を味わっている最中の、ふかふかとした脳内に囁かれた言葉の真意。
意味も分からぬままに飲み込んだ後でもう一度遊矢は彼女を味わった。
好奇心に駆られての行為であり、好きや愛を芽吹く前ではあったものの漠然とこれが彼女という存在なのだろうかと浮き足立ったものである。
しかし帰りに彼女は残酷な一言を残して遊矢を見送った。
「連絡をくれたら夫がいない時に返すわね」
じゃあ、と閉ざされた扉の前で彼女の声だけが遊矢の頭の中を支配した。
実は今でもその時どうやって家に帰ったかは判らない。覚えていない。
気付けば夜明けを迎えており、彼女からの一通のメールだけが遊矢に届いていたのである。

『昨日はとても刺激的で楽しかったわ。遊矢君からの連絡、いつでも待っているから、思い出したらこのアドレスを使って頂戴ね。』

二度と連絡なんかしないと思った。
しばらくして街中で彼女を見つけるまでは。
その時遊矢は彼女の夫の顔を知る。
仲睦まじそうに連れ立って歩く彼女と…。
「赤馬零児…」
まさかと思った。
完璧で天才の名を欲しいままにする赤馬零児の妻である女が、あんなことをする女だったなんて。
知って黙認しているのか。
それとも女にはその頭は正常に回らないのだろうか。
色々頭の中を駆け巡る考えはあったものの、本当はそんなことは最早如何でも良くなっていた。
遊矢はその夜、二度と会わないと思いながらも結局消せずに残していた彼女のアドレスに返信したのである。
「…」
「どうしたの?遊矢君、お腹いっぱいなら無理しちゃダメよ」
たった今芋づる式に彷彿としてしまった出会いを、遊矢は極力思い出さないようにしていた。
恥ずかしい…ような気もするし、めっきり薄くなった罪悪感を感じるような気もするし…。
実際彼女の料理が味を失っていく。
箸が止まった遊矢を見ては心配そうに遊矢を見つめた。
「…お腹いっぱいっていうか…」
まだ食べようと思えば食べられるくらいの許容量は残っている。
だけど、この食事を続ける事は夫の代わりにされているということに他ならないのではなかろうか。
勿論は遊矢の好みを完璧に把握しており、夫である零児に作るものとは全然違うらしい。
この夕食は純然と遊矢のために作られたものである。
とはいえ、それはそれ。
「ご飯より、さんが良いなって思って」
努めて悪戯な笑顔を浮かべる遊矢には一瞬きょとんとしたものの、すぐに妖しい微笑みを浮かべた。
「後でお腹空いたって言うことになるわよ」
「じゃあ後で続きを食べるよ。俺、もう待ちきれないんだ」
「遊矢君ったら…。良いわ。じゃあ片付けるから、先にシャワーを使って頂戴」
皿を持ち上げるは仕方が無さそうな風であるが、声のトーンが上がっている。
本当に、スキな人だ。
年齢に不相応な感想を覚えつつ、遊矢はの後を追いかけた。
「…遊矢君?」
風呂場へ行けと言ったはずなのに付いて来た遊矢を不思議に思いながら皿を置いたを、遊矢は真正面から抱き締めた。
まだ13歳の遊矢とでは、残念ながらの方が少し背が高い。
視線が交わらないほどではないのだけれど、遊矢は抱き締めながらの胸に顔を埋めたのである。
「どうしたの?甘えん坊さんね」
胸に顔を埋められた事を嫌がる様子も無く、ただは困ったように眉を下げた。
「待てない」
「あらあら、今日は聞き分けが悪いじゃない。仕方が無い子ね。じゃあ寝室に行きましょう」





淡いベッドサイドの明かりだけが遊矢の体を部屋の中に浮かび上がらせる。
中途半端にカーゴパンツを下げられた遊矢と、その足の間に蹲る下着姿の
初めての夜のは深い紫の下着にガーターベルトなんかも身に着けていたが、二度目の夜からはもっと清楚なイメージの白や薄いピンク色の下着に変わっていた。
今日も、白いレースのショーツにお揃いのデザインと思しきブラを着けている。
遊矢の趣味を勝手に想像しているのだろうか。
そういうことであれば、悔しいが初めての夜よりも今の格好の方が遊矢には好ましい。
「はァ…っ、、さぁん…っ」
手を後ろについて仰け反りながら身悶えする遊矢の股間には躊躇いもなく顔を埋めていた。
充血して反り返る遊矢をやんわりと手で扱いている。
上下を繰り返されたそこは鈴口に透明な粘液を滲ませていた。
「はむ…ン、…」
陰茎を扱くは、その下にある遊矢の袋を口に含んで転がしている。
「はぁっはぁっ…、そ、んなところ…う、うぅ…っ」
下腹を波打たせ、ぴんと足を伸ばす遊矢。
爪先がびくびくと震えて指を小刻みに動かしている様は、傍から見ると女の絶頂時に似ていた。
「んふふ…っ、悪くないでしょ…ほぅら…」
「ひっ…!!」
名残惜しそうに唇を離したの舌先が遊矢の内股をやんわりと伝う。
そして更に後孔までをもそっと舐めた。
まさか彼女にそんな奉仕までされるとは思っておらず、一瞬にして脳内が沸騰した遊矢は身じろぎをするが、は容赦ない。
くるりと円を描きながら刺激を繰り返す。
「はぁあっ、ダメだっ…、さんっ…!」
「大丈夫、怖くないわよ」
「違、っ…出そう…っ、フェラ、フェラして…っさんの口でイきたい…!!!」
素直な欲求には心の底からゾクゾクした。
今自分は若くて初心な男の子を感じさせていると言う自負。
夫との営みは何もかもが完璧で、彼の愛撫に酔いしれ快感に狂わされるものの、こういう刺激には今一つ欠ける。
翻弄されて可愛い喘ぎ声をあげる男の子に求められるという瞬間、女の本能の一部が充足するのだった。
「ええ、じゃあたっぷりと味わわせてね…」
美しい微笑みを絶やすことなく、遊矢の要求に応える。
先端に滲んだ粘液を舌先で掬い取り、見せつけるように含んだ。
糸を引くそれをぺろぺろと舐め取るだけで遊矢は荒い呼吸を何度も繰り返す。
「あぁぁあっ…出ちゃ、うって…!」
「はいはい」
顔を顰めて頭を振って見せる余裕のなさが可愛らしくて仕方ない。
もう少し虐めてやりたいが、あまり焦らすとお漏らししてしまうだろう。
それは勿体ないので。
「じゃあ、遊矢君頂きまぁす」
ぷちゅ…と淫猥な音を立てて遊矢の先端を口に含んだ。
「っ、はぁっはぁあ…っ!」
含んだ瞬間、反り返った遊矢が口内で跳ねるのが分かった。
構わずじゅぷじゅぷと更に深く飲み込む。
「あーっ!!あぁっ!、さ、っ…!!はぁっ!はぁっ!」
焦らされた上で与えられる口淫は、本当に腰から下が蕩けだすのではないかと思う程気持ちがイイ。
ぬるむ舌がねっとりと絡みついて遊矢のカリや裏筋を舐め回している。
「も、っ、ダメ…っ、出る、イクイク…!!っあぁぁ、イくっ…!!」
騎乗位のを攻める時のように何度も腰を突き上げながら遊矢は思い切り射精に至った。
「ん、っ…!!んく、っ…」
勢いよく溢れかえる精液を零してしまわないようには喉を鳴らして飲み込んでいく。
「ソレっ…さんの、口の中…すごい締まるっ…!!」
飲み込む瞬間の流動的な口内の動きが脈動し続ける遊矢を苛んだ。
きゅむきゅむと握り込まれるように刺激されて溢れる精液が止まらない。
何度もびゅるびゅると断続的に放出し、収まるころには脳内が痺れて眩暈すら感じるほど。
「んふ、ご馳走様」
ぺろりと唇を舐めて見せるの妖しい微笑みは普段と変わらない。
初めての夜も、何度も重ねた今さえ。
彼女は今でもきっとあの初めての夜のような刺激を求めているのだろう。
射精後の余韻に体は支配されているが、そんな彼女の期待に応えたい…。
遊矢は体を起こすと、の細い体に圧し掛かった。
「あら、休憩しなくていいの?」
「平気だよ。俺、もっとさんを楽しませたいんだ」
そういう遊矢の表情は僅かに切なげで、昏い決意すら秘めているようで。
下着を押し上げる手つきは好色なのに、不相応でアンバランスで。
だけどそれが堪らない。
「ありがとう、遊矢君。貴方はとても素敵よ。将来も有望だわ」
は遊矢の髪に指を絡めると、そのままやんわりと抱き締めた。
催促のようでもあり、抱擁のようでもある。
またはそのどちらもなのかもしれない。
遊矢には判別がつかなかった。
彼女は今日も美しく輝いている。
手の届かないところで。