どうしても勝てない


※夢主はユート妹で一緒にスタンダードに来ていた





、あいつに気を許すんじゃないぞ」
「ン…、分かってる」
隼兄があたしの肩をがしっと掴んで耳打ちした。
珍しく小さな声だったけど、多分あいつには聞こえていたに違いない。
ううん、聞こえていなかったとしてもそれくらいの予想を立てている筈。
赤馬零児は、そういう男なんだ。



…とはいえ、とんでもなく暇です。
ユート兄の行方はわかんないし、隼兄は独りで出かけてばっか。
今まではもうちょっと放任してくれてたのに、ユート兄と別行動し始めてから、
「何があるか分からないからお前は此処で大人しくしておけ」
だって。
あたしだって瑠璃探したいのにー…。
それに隼兄もユート兄も瑠璃そっくりの女の子見かけたって言ってたし。
手がかり…ってほどのものかどうかは分かんないけど、あたしも興味ある。会ってみたい。
瑠璃…あたしの一番の友達だった。
お互いお兄ちゃんのことで大変だよねって、そういう話できるの瑠璃だけだった。
いつか瑠璃がユート兄と結婚してくれたらずーっと一緒にいれるのになぁとか、そんなことを言った事もある。
でもそれじゃあ隼兄が独りになっちゃうから、あたしに隼兄と結婚してねって言ってたっけなぁ。
うーん隼兄かぁ…。
なんか一番上のお兄ちゃんって感じであんまりそういう想像出来ない。
寧ろ…最近ちょっと気になるのは…。
一人の男性の顔が脳裏を掠めた瞬間、部屋がノックされた。
ベッドの上で文字通り飛び上がってから、転がり落ちるようにあたしはドアの方に向かった。
「…待たせてすまない」
「……別に、待ってない」
「そうか。では行くぞ」
アンタのことなんか待ってない、と言いたかったのに言えなかった。
それは多分、タイミングが良すぎたから。
思い出した瞬間に、部屋を訪ねて来るなんて…本当に厭味な男だわ…赤馬零児……。
「あ、あたしに何の用なんだ」
「黒咲が出たままで退屈しているのではと」
眼鏡の奥の視線はあたしを見ているけど、全くの無感情で何を考えているのか全く分からない。
ただ見抜かれたのが癪であたしは横を向いた。
「余計なお世話だわ」
「そうだな。さあこちらだ」
すいっとエスコートする仕草が自然すぎて余計に苛立った。
他の女の子にもこういうことしてるのね、きっと。
嗚呼、隼兄ごめんなさい。
こうやって嫉妬の感情を持つ事自体が罪悪だって分かっているのよ。
でも、赤馬零児は今までの敵の中では一番優しいの……。
彼があたしを案内した部屋は、今与えられている個室とは全く雰囲気が違った。
「ここ、何…?」
「遊興用の施設を再現している」
「ソリッドヴィジョンで?」
「ああ」
赤い絨毯の敷かれた感触を踏んで、一歩部屋に入る。
「賭け事をするところに見えるわ」
「その印象に間違いはない」
「あたしに賭け事をして遊べって言うの?」
はっきり言って、あたしはこの世界のお金を殆ど持っていない。
殆どの管理を隼兄とユート兄でしてた。
それで良かった。
欲しい物なんて何もない。
瑠璃が孤独に怖い思いをしているのに、あたしだけが欲しいものを欲しいままに手に入れるなんて、そんなことあっちゃいけない。
「今、ここのスタッフが黒咲をこの部屋の奥に閉じ込めている」
「…え、っ…」
「あの扉の奥だ」
赤馬零児が指を指したのは大きな南京錠の掛かった扉だった。
所謂観音開きのドアで取っ手のところがこれ見よがしに大きな南京錠で施錠されている。
「閉じ込めてるって…どういうこと!?早く開放しなさいよ!!」
「さあ、ここで一つの賭けをしようじゃないか」
「…賭け、…?」
「あの扉から先に出てくるのは、スタッフか黒咲隼か。キミが勝ったら黒咲を解放して部屋にも帰してあげよう」
何それ…。
そんなことをするためにあたしをわざわざ呼んだの。
楽しませようと思ってくれてる割には貴方無表情すぎるし…。
っていうか、あたしが負けたときの条件言ってないし…!!!
「それで簡単にハイって言うと思わないでよ。あたしが負けたらどうするの」
「キミを閉じ込める。そうだな…30分ほどは監禁する」
「ハァ…?30分監禁して、そしたら開放するって言うの?」
「その通りだ」
意味不明。
や、でももしかしてあたし人質にして隼兄になんかさせたいのかな。
でもこれ受けないと隼兄が閉じ込められたままになるかもしれないし…。
スタッフか隼兄かのどっちが先に出てくるかなんて…そんなの予測できない…。
…。
あれ、でも待って。
あのドア、おっきな南京錠ついてるよね。
ってことは確実に隼兄じゃ開けられないはず。
こっちからじゃないと開かないもん。
ってことは向こう側にいるスタッフが合図か何かして、こっちから開けるのかな。
それなら隼兄よりスタッフの方が確実に先に出てくる…?
「さあ、どうだ?キミが思っている通り、キミがこれを受けないと黒咲は出てこられないぞ」
「!」
な、何よ…!
隼兄、本当にごめんなさい。
優しい人って勝手に思っちゃってたけど、全然そんなことなかった。
やっぱり赤馬零児も敵だわ…!
でもあのドアの造りなら多分スタッフの方が分が良いはず…。
「…スタッフの方にする」
「そうか。本当にそれでいいな?質問も無いか?」
「無いわ。スタッフが出てくるほうにする」
「では、少し待ってみよう。もう終わるはずだ」
終わる…?
何のことを言っているんだろう。
疑問符をいっぱい浮かべるあたしを余所に赤馬零児はドアの方に視線を向けた。
あたしも祈る気持ちでドアを見つめる。
しばらく二人でそうしてた。
会話も無いままで。
何となく居心地が悪いなって感じ始めたとき、ドアの奥から勢い良くこちらに走ってくるような音が聞こえた。
来た。
どっち?
どっちが来たの?
でもどっちにしろ南京錠があるんだから、開かなかったら隼兄はスタッフが来るまで待たなきゃいけない。
スタッフにしても開けてもらわないと…。
ドキドキしながら近付く足音を待っていると、あたしの目の前で信じられない事が起こった。
なんと、パァン!!!!ってものすごい音を立ててドアが横にスライドしたの。
「赤馬零児ィ…ッ!!!!!」
えええええええええ!!!!!!
待ってあの南京錠何なの!?
っていうかスライド式のドア!?
どう見ても観音開きの造りでしたけど!?
「出てきたのは黒咲隼だったな」
「いや!だって!あれ!鍵…!」
「鍵が掛かっていると私はキミに言ったか?」
「!…で、でもっ、ドアがスライドして…っ。観音開きなんじゃ…!?」
「質問は無いと言ったのはキミだ」
冷たく言ってのける赤馬零児を愕然とした気分で見つめる。
ああああごめんなさい、ごめんなさい隼兄…。
あたし一瞬で彼に負けちゃっ……。
「しゅんにい…、なに、してるの…」
っ…!?お前こそここで何をしている…!?」
きちっとしたシャツにベスト…スラックスなんか穿いちゃって…。
なんか全然いつもとイメージ違う…。
あたしがいたことに全然気付かなかったみたい。
赤馬零児に詰め寄ろうとしていた足をぴたっと止めて居心地悪そうに視線を逸らした。
「さて、キミたちは見事に私に負けたわけだ。、約束は守ってもらう」
「!」
物凄い形相で隼兄が赤馬零児を見た。
「何、悪いようにはしない。しかしキミたちは分かりやすく賭け事に弱いな」
「何よ!騙したのはそっちでしょ!!」
「言っておくが私はスタッフには何の命令もしていない。キミが黒咲を選んでいればすぐにでも帰すつもりだった。そうならないようお膳立てはしたが」
赤馬零児の言葉にあたしは俯いた。
はめられた…。
優しいと思ってたのに…!!
やっぱり赤馬零児なんて…っ!!!




「嫌いよ!!アンタなんか…!」
あの後あたしは30分程監禁されて、何をされたかと言いますと…。
赤馬零児が隼兄を監禁していると言ったドアの奥は衣装部屋だった。
隼兄もここで着替えさせられたのね…。
何で分かったかって、見覚えのあるコートがちょっと離れたところにぽつんと掛けられていたから。
あたしに服もその隣に掛けられましたとさ…えーん。
ずらりと並んだ服の中から赤馬零児が選んだドレスを着せられて、お化粧までばっちり施されて戻された。
その時に分かったんだけど、あの観音開きに見えたドア、後ろからだと引き戸の形してるの。
確かにこれを観音開きで開こうとは思わないわよね…。
で、今は隼兄みたいに着替えた赤馬零児のカード遊びに付き合っているってわけ。
だけど…。
「これで3日分か。まだやるか?」
「うううう、やる!!!3日もアンタの面倒なんてみたくないもの!」
今度は赤馬零児メイド権を賭けて、勝負の真っ最中だったりして。
さっきの賭けで部屋に帰れなかったから、勝てたら即部屋に帰る、負けたら赤馬零児のメイドをやるっていう内容で勝負してるんだけど…。
「黒咲、キミはどうする?彼女にこのまま任せるか?」
「…」
「隼兄、いいよ。あたしの負けはあたしが取り返すから!!」
「…無条件で黒咲が勝てば2倍のベットを支払ってやってもいいが」
「!」
つまり一回勝てば1日返上される分のメイド権が2日返上されるってこと…?
無条件でっていうところに余裕滲ませちゃってムカつく!!!
っていうかそれ、絶対裏があるんでしょうよ。
絶対乗ってやんない!!!
と、あたしは赤馬零児を睨んだんだけど、傍観してた隼兄が無言であたしの隣に座った。
「ちょ、ちょっと…隼兄…!?」
「今の言葉、後悔させてやるぞ。赤馬零児」
「そうこなくては」
「ま、待ってよ…!隼兄、ダメだって…!」
赤馬零児のことだから絶対裏が…!!!
「では、黒咲隼、キミが勝ったら私はキミに2倍のベットの支払いをするということで問題ないな?」
「ああ」
頷く隼兄。
ああああ頷いちゃったよぉぉぉ…。
も、もう何があっても知らないから!!!
親の赤馬零児からカードが配られていくのを眺めながらふと思った。
そういえば赤馬零児は自分自身のベットのリスクだけを提示していたけど、隼兄は何をベットするの…?
……あれっ?
「ちょっと…赤馬零児、質問があるんだけど…」
「勝負を降りられるかどうかという質問なら答えはNOだ」
「違うわよ!そうじゃなくて……隼兄は何をベットするの…?」
恐る恐るしたあたしの質問に赤馬零児はニヤっと笑った。
彼が感情を見せたのは今日初めてだった。
「キミは黒咲隼よりも頭が回るようだな。だが、少し遅かった」
最後のカードを配りきって、赤馬零児は隼兄に勝ち誇った笑みを見せた。
「黒咲が賭けるのは勿論、のメイド権だ」
「えええええええ!!!!」
そ、それじゃああたしと隼兄が負けたらこっちも事実上2倍のベット支払うんじゃないのおおおお!!!!!
ちろっと隼兄を見たら物凄くばつが悪そうな顔してるんですけどっ!!!!
「隼兄ぃぃぃ…ホント、もう頼むよー…」
「か、勝てばいいだけだろう!!」
「勝てるの!?」
たった今赤馬零児との駆け引きに貴方は負けているのよ!?
そんなあたしたちに最終審判とでも言うべき声がかけられる。
「さあ、始めよう」