「盗もうか、世界を」/「疑惑の墓に世界の終幕」


「ねぇ、バクラ…あんまり見ないで欲しいの」
口の周りを血塗れにしたが俯きながら呟いた。
足下には無残にも臓腑を抉られた人間が転がっている。
「あァ?別に気にすンなよ」
「…気になるよ…」
は只今食事の真っ最中である。
カーとの融合率が高いために彼女は普通の食事とは別に定期的に人間を捕食しなくてはならない。
バーの維持の為に必要なことなのだ。
かといって誰かにこんな姿を見られるのはあまり気持ちのいいものではなく。
指先を舐めながらバクラを振り返る。
「ね、お宝盗ってくるんでしょ?早く行きなよ」
言って足元の人物を見た。
姿形は変わってしまったけれど、彼は番兵だった。
別にが殺さなくてもバクラならこんなところひょいひょいと潜り込んでしまうのだろう。
だけど食事の為にここまでついて来たのだ。
「後で行く。それより早く食っちまえ」
「…見られてた方が気になって時間掛かるよ…」
ごりごりと男の指先を齧りながらは溜め息混じりだ。
綺麗に肉だけを歯で削ぎ、骨をしゃぶる。
ぼたぼたと血が落ちての服も豪快に汚していた。
腕をあらかた食いつくし、ハラワタをずるりと引き出してかぶりつく。
がぐちゃぐちゃと人肉を腹に押し込む様をゆるりと眺めながら、この後如何するかを考えていた。
実はこの墓、既に先日盗みに入ったばかり。
しかし見事なまでに空振りだったのだ。
だが、一つだけ気になることがあったのでを連れてきたのである。
「…!おい!何やってンだ!!」
ぼんやりとを見るとも無く見ていたバクラであったが、ふとの行動に思わず声を上げてしまった。
それもその筈、ハラワタを胃袋に収めたが次に口をつけたのは生殖器だったからである。
股間部分に顔を埋めたを掴み、慌てて引き剥がす。
「阿呆か!他の男のモン咥え込んでンじゃねェ!!」
「へ?」
にしてみれば食事の一環なのだけれど改めて言われれば確かにまずかったかもしれない。
食べ残した方が後々面倒なことになるかな、と毎回ぺろりと全て平らげていたのだけれど。
「あー…うん、えっと、ごめんなさい?」
「ちっ、もういいだろ!行くぞ!!」
「えっ、ちょ、行くって…」
ぐいぐいと手を引かれ、馬鹿でかい墓の中に連れ込まれた。
いつもなら彼が仕事をするところへなど踏み込ませてもらえない。
自身、自分がついて行ったところで足手まといだということは判っているのでそれで良いと納得していた。
「バクラ、私を連れて行くつもりなの?」
「…おぅ」
不本意だけどな、と目がに訴えているが。
それでもは嬉しかった。
バクラが盗みに入るときは誰も踏み込む事を許さないのを知っている。
そんなバクラが何かの為にを連れて行こうとしているのだ。
「嬉しい」
利用されるだけでも構わない。
例えその所為で今夜黄泉の国に旅立つようなことになろうとも。
生きる希望を与えてくれたバクラの為ならば、どうなったって。
少しだけ恥ずかしそうに、喜びを押さえ込んでいるような表情では微笑んだ。
「緩んだ顔してンじゃねェ。足手まといにはなるんじゃねぇぞ」
「ン、頑張る」
ふい、と視線を逸らしてバクラはそっけなく言い放つがの手を引く手に強く力が篭った。
真っ暗な墓に一歩踏み込む。
「…暗い…」
「馬鹿言え、この墓なんざ明るいくらいだ」
には見えない道が見えているかのようにバクラはすいすいと墓の中に入り込んでいく。
恐々としながらついて行くが、徐々に目が慣れ始めると中は思ったよりも狭いことに気付いた。
「なんか…外から見るよりも、狭いね」
「権力の象徴っつうのはそんなもんだ。外見ばっかりバカでかくて中身はちっぽけときてる」
「…うん、そうだね…」
心なしか力なく同意したにふと思うところがあるバクラだが、今はそんな場合ではない。
兎に角、宝だ。
入り口からずっと一本道にずっと進んだところで行き止まりになった。
成る程、潔いほど空振りだ。
「バクラ…行き止まりだよ」
「あぁ、変わった封印が施されてる」
「封印?」
「見ろ」
行き止まりの壁の端に、王家の紋章と紋章の下に五芒星のマークが描かれている。
それは丁度の掌より一回り大きいくらいで五芒星の各頂点には鎖に繋がれた見覚えのある腕や脚。
そう、のカーであるエクゾディアがそこに描かれているのだ。
「…エクゾディア…」
「俺様がお前を連れてきた理由は分かったか?」
どうやってもディアバウンドでは壁を破壊することが出来ず、また壁抜けも出来ない。
つまりこのカーに関する何かが必要なわけだ。
ただ、その何かまではバクラにも判らなかったが。
「呼んでみろ」
「うん…」
は緩く目を伏せ、口を噤む。
どくり、と自分の内部にもう一つの心音を感じる。
ケダモノの感情が溢れ出して来るような焦燥と恐怖と。
…飢餓感と憎しみが。
暗い墓の壁にぼんやりと映ったの影が色を増す。
そしてずるりと憑き物がはがれるように、エクゾディアが姿を現した。
傍目にそれを見ていたバクラは、エクゾディアが召喚されたのを見て取ると薄笑みを浮かべ。
「壊せ」
と、一言命令した。
その命令を受けてエクゾディアは太い腕を五芒星に向かって振り下ろす。
すると。
ガヅ…っ!!
派手な音が墓の中に響き、壁には無数のヒビが入った。
そのヒビはエクゾディアの力に耐えることはなく、ピシリと一角が崩れたのをきっかけにガラガラと音を立てて崩れ去ったのである。
「やるじゃねぇか、。これでお前も盗賊の仲間入りだな」
自分の勘が外れていなかったことに笑みを浮かべバクラはを見た。
「…バクラ」
褒められたのだろうか。
嬉しいようなくすぐったいような不思議な気分だ。
「だが…ちょっとお前に聞きたいことがある」
「なぁに?」
薄笑みを浮かべた表情を真剣なものに戻して、バクラはの腕を掴んだ。
それも、かなりきつく。
「な、何…?バクラ…。痛いよ」
「…返答しだいじゃもっと痛いことになるぜ」
「え…?」
腕を掴んだバクラの視線は強い。
「お前、俺に隠してることがあるんじゃねぇのか」
「…っ」
「お互い自分の話をするのは好きじゃねェ。だがな、流石に聞いとかねぇと足下掬われそうだからよォ」
「何で、いきなりそんな…」
今までは、お互い身の上話なんてしたことがなかった。
それは恐らくバクラにとって知られたくないことがあるからなのだろうと理解していたし、自分も又バクラに知られたくないことがあったから。
その状態はにとっても都合が良かったため今まではバクラに何も聞かないでいたわけだ。
「私みたいな小娘に、バクラが足下を掬われるなんてこと…本気で考えてるの?」
「…さっきまではそうでもなかったけどな」
「さっきまでって……私が…封印を解くまで…?」
「王家の封印を粉砕するなんざ、普通の小娘に出来るわけがねぇ」
バクラの、腕を掴む手にまた力が篭った。
このまま骨まで砕かれるのではないかと思うほど。
「…試したの?」
搾り出すようには問う。
「アァ」
「…」
そうか。
完全に信用されていた訳ではなかったのか。
漸く盗賊業を手伝わせてもらえるまでの信頼関係を築けてたと思ったのに。
それは、完全なる思い込みだったと言うわけだ。
「…そっか…」
しゅん、と俯いた
それきり口を噤んでしまった。
何度かバクラが呼びかけるが聞こえていないかのよう。
流石に痺れを切らしたバクラ
「おい、黙ってないで答えろ!!さもなきゃ…!!!」
「殺す?」
「…っ」
バクラの怒声にようやく声を返したの表情は暗い。
「こんな風に問い詰められるなんて、思ってなかった」
「…」
「聞かないでって言っても、ダメなの?」
「…ダメだ」
「…」
嗚呼、こんなことになるなんて。
バクラは容赦なくを睨むように見下ろしている。
王家の封印とやらがどんな働きをしたのかまではわからないが、バクラの中に相当の欺瞞を植えつけてくれたらしい。
「言えない…言いたくない」
「…それが返事か?」
「…」
黙っていると、の腕から徐々にバクラの手の力が抜けていくのが判った。
「そーかい。じゃあ、お前とはこれまでだ」
そっけなく、そしてあっけなく。





世界が、これで幕切れだなんて。