「盗もうか、世界を」/「恐ろしい打ち明け話」


お願い、待って。
私を置いて行かないで…!
何でもします、何でも!!!
だからお願い。
私をいらないなんて言わないで…!











「待って、バクラ…!!」
自分の声で目が覚めた。
嗚呼、これで何度目の覚醒だろう。
浅い夢でさえを平穏から遠ざけようとする。
荒い呼吸を繰り返しながら窓を見ればまだ外は暗い。
バクラとベッドを共にしている時ならば、こんなこと絶対無かったのに。
「…っ、ダメ…」
悲しみと絶望感に、自分の中に棲むケダモノが目を覚ましそうだ。
必死で押さえ込みながらはベッドに体を横たえた。
「バクラ…」
そっけない態度の中の優しさや、軽口を叩きながらの談笑。
世界にとってのパンドラの箱は、しかしにとっては最後に残った希望も同然であったのに。
「…」
寝ても覚めても考えるのはバクラのことばかり。
こんなにも求めているのに、もう時は戻らないのだろうか。
それならばいっそあの時に全てを話してしまったほうが良かったのだろうか。
身の内に潜むケダモノを肥え太らせた憎しみの全てを。
嗚呼だけど。
それで嫌われるのは堪らない。
捨てられるだけならばそれでもいい。
だけど、嫌われ憎まれたなら。
それを想像するだけで身が引き裂かれる思いだ。
「…好きだったの、バクラのことが」
口にしたことは無かったけれど。
一方通行の愛でも構わなかったのに。
傍に置いてくれるなら。


「俺と、この世界を盗む気はねぇか?何処の誰よりも幸せにしてやるぜェ?」


この言葉が耳から離れない。
バクラについて行こうと思ったきっかけ。
短い間だったけれど一緒にいたときは本当に幸せだった。
彼の武勇伝を聞く度に、きっとバクラならば一人でだって世界を盗めるのだろうと思ったものだ。
会いたい。
会いたい、こんなにも。
どうすれば会えるのだろう?
そこでは一つの手を思いつく。
そうだ、墓だ―――――――。












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別に、追い詰める気があった訳ではない。
こんなことならあんな墓など盗みに入るのでは無かった。
「ちっ…」
何故あの時腕を離したのだろうか。
それこそ無理矢理にでも聞きだして、強引に傍に留めて置けば良かった。
王家の連中が怖い訳ではない。
ただ、が王家と関わりがあったら、と思うと何故だか冷静ではいられなかっただけ。
王家のスパイであろうが、本当はバクラの命を狙っていようが、何でも良かったのに。
ただ離れていかなければ。
ベッドに寝転がり考えるのはのこと。
もう王家に戻っただろうか。
それともまだ一人でいるのだろうか。
「クソ…っ」
あんな小娘に盗賊王がなんてザマだ、と悔しく思う。
それでも一人寝のベッドは冷たく彼女の存在の大きさをまざまざと盗賊王に知らしめていた。
柔らかくて温かな彼女の存在を思い出せば思い出すほど、心の奥に奈落が広がる。
もっと、信用してやればよかった。
「……」
誰よりも幸せにしてやるつもりだったのに。
一体何処で間違えたのか。
手放したいわけじゃなかったのに。
バクラはゆっくりと体を起こした。
別に仕事に行きたいわけじゃない。
だけどここでの事を考え続ける方が苦しいと思った。
気分を紛らわせるためにも、何処かへ行こう。
適当に黄金を手に入れたらすぐに換金して、女でも買って今夜は寝てしまえばいい。
そうだ。
とりあえず、誰かの墓へ。
誰の見送りもなく、バクラは部屋を後にした。


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「でも、バクラはどうやって盗む場所を決めてるのかな…」
とりあえず仕事場に行けばバクラと会える可能性は上がる。
昼間あちこちを探すよりも恐らく効率的だ。
だけど、今晩何処へ盗みに入るのかまでは判らない。
そもそもはバクラの盗賊業を手伝っていたわけでは全く無い。
夜遅く出て行くのを見送り、朝帰ってくるのを迎えていただけ。
バクラもにはそういうことをさせる気は無かったのだろう(足手まといであるし)、には一切盗賊のことは教えてくれなかった。
「…この前は番兵さんがいた…。そっか厳重なほど宝があるってことか」
それならばこの前のようなところが望ましいのかもしれない。
バクラが墓だけを狙うとは思わないけれど、民家では数が多すぎる。
「もしくは騒ぎが起こるのを待てば…」
勿論盗賊などバクラだけではない。
きっと会える可能性なんて高くないに決まっている。
だけど。
最後にもう一度だけ会いたい。
それで諦めるから。
自分に言い聞かせながら夢遊病者のように、は歩く。
夜の街など一人で出歩いたことは無い。
バクラに出るなと固く止められていたし、自ら進んで出たいとも思わなかったし。
だけどこんなに不気味で気持ちが悪いとは。
よくバクラはこんな中一人で出て行こうと思ったものだ。
しかも墓になど。
だからだろうか、ただ一度だけバクラに言われたことがある。
バクラに何か手伝えることは無いかと聞いたときのことだ。
「俺が帰ってくるときは必ず起きてろ。それだけでいい」
そっけないその一言。
だけどもしかしたら誰かの待つ場所を、バクラは自分に見出してくれていたのかもしれない。
もっと、信用されていると信じれば良かった。
試されたけど、それは自分をもっと信じてくれるための確認だと思えば良かった。
今更、遅すぎるかもしれないけれど。
バクラの事を考えるだけで涙が滲む。
だけど泣いている場合じゃない。
一目、バクラに。
そうこうしていると何やら人の叫び声のようなものが聞こえた。
何かの騒ぎが起こったらしい。
もしかしたらと一縷の望みをかけ、は声のする方へと駆け出した。
路地裏を潜り抜けて肩で息をしながらも必死に走る。
だけど。
「…あ…っ」
既に王国の兵士に捕らえられたらしい人物はバクラではなかった。
なんだ、違ったのか…。
溜め息混じりには踵を返す。
期待した分どっと疲れたような気がする。
落胆した気分で振り返ると、のすぐ後ろに何人かの王国兵が立っていた。
「何だお前は」
「…え?」
まさか声を掛けられるとは。
「おい、見ろ。あの女白いぞ」
「え…」
「珍しいな」
「髪も黄金色だ…」
品定めをするが如くを眺め回す男達。
なんてタイミングの悪い…。
こういうときの男の目は自身が嫌と言うほど知っている。
逃げれば興奮させるし、抵抗すればきっと喜ぶに違いない。
だけどそのどちらも選ばなければ…想像に難くない。
「…」
ジリジリとにじり寄ってくる男達。
力の差も判らずに愚かな事だ。
の体の奥からエクゾディアの咆哮が聞こえてくるかのよう。
確かにバクラと離れてから人間は食べていなかった。
だけど。
「王国兵なんか…食べたくもないんだけどな」
「何だ?」
「怖がらなくてもいいぞ、すぐに済む」
「うん、私もそう思う」
「ほぅ…聞きわけがいいな」
返事の代わりににこりと笑った
それを了承と取ったのだろう、王国兵がに近づいた。
その瞬間。
の影から浮き上がった太い腕が王国兵を薙ぎ倒す。
人並みはずれたその力で殴られればひとたまりもなく。
おそらく兵士達は死んだ事にすら気付かなかったかもしれない。
「…正義を振りかざしているくせに、女の子に悪さしようなんて考えるからだよ」
血溜まりに向かっては呟いた。
「黙っていれば、こんな結果にはならなかったのにね」
言いながら、は小さく笑う。
だけどいつものように喉笛に食らいつくことなどはせずに、その血溜まりを眺めているだけ。


「食わねぇのか」


「!」
突然声を掛けられて、弾かれたように振り返る。
「…バ、クラ…」
聞きたかった声だ。
そして焦がれ続けた男の姿だ。
「何で、こんなところに」
「そりゃこっちの台詞だっつーの。夜出歩くなっつったの覚えてねぇのか」
「お、覚えてるよ」
だって何度も出て行く前に確認するのだ。
外には出るな、帰るまでには起きていろよ。
毎晩出て行く前には言い聞かされていたのだから。
「…食わねぇのか」
「…食べたくないの」
「人間をか?それともそいつらをか」
「…」
返事はしないがバクラはきっと見抜いている筈だ。
だけど何て返事をして良いのか判らず、はただ視線を逸らすのみである。
「…」
「…」
お互い何も言わずしばらく沈黙が流れた。
すると。
――カラン。
「…?」
小さな音と共にの足下に何かが投げられた。
それは黄金の首飾り。
宝石までついているので相当な値段がするのだろう。
「何、これ」
「お前を買う。足りるか?」
「…」
どういうつもりだろう。
しかしにそこまでを考える余裕など無かった。
ただ小さく頷くだけ。
後は無言でバクラに手を引かれた。
初めて会ったときのようだと思った。
「…俺はよォ」
「…」
歩いている道でバクラは独り言のように呟く。
「別に、お前が誰でも良かったんだよ」
「…!」
「ただ、どっか行っちまう気かと思っただけだ」
「…行かないよ」
だってバクラはの唯一の人間。
バクラ以上の者などいない。
「……私には…バクラしかいないもん」
「…そっか」
「ン…」
繋いだ手に力が篭ったかと思うと、バクラの手がきつくを引き寄せて。
「きゃっ…!」
いきなり引っ張られたが少しバランスを崩してこけそうになるのを抱きとめ、そのまま抱き上げられた。
「バクラ…!?」
「逃がさねぇ。お前は一体何を隠してやがるんだ?」
「…なっ…」
顔を近付けられ、そんな質問。
一瞬キスをされるのかと思い、はどきどきと心臓を高鳴らせる。
「お前を離したくねぇ。だがお前の隠してる事が気になって仕方ねぇ。その所為でいつかお前が俺から逃げるんじゃねぇかと心配で堪らねぇ」
「…バクラ…」
「此処まで俺様に言わせて黙ってるなんて許さねーぞ。言え、さもなきゃ…」
「殺すの?」
何処かで聞いたような台詞を繰り返していることには笑みを零しながら問う。
しかし前と違うのは、はっきりとバクラの意志を聞けた事だろうか。
「違ぇよ。死ぬまでお前を監禁する」
「…あは、良いよ。じゃあそうしてよ」
「テメェ…そんなに言いたくないのか」
焦れったいの返事にギリ、と奥歯を噛みバクラは苦い表情をする。
「だって嫌われそうだから」
「阿呆、王家に関わりがありそうな女に此処まで言ってやってるんだぜ?もっと俺様を信用しやがれ」
「…ン。そう、だね…」
そうでなければ、また後悔するかもしれない。
二度と離れたくないと言うことはお互いに共通事項なのだから。
「じゃあ、言うけど…私は確かに王家と関わりがあるよ」
「…そーかよ。んじゃやっぱアレか?俺を殺す気だったわけか?」
取り入って殺せ、と言われていてもなんら不思議ではない。
実際に何度かそうやって命を狙われたこともある。
「うぅん。そういうんじゃなくて。でも私、王家の血を引いてる。王家のどっかの親戚か何かがね…ほら、私白いでしょ?」
「ああ」
「それが珍しいって言ってお母さんを買ったんだって。でも王家だから奴隷売買とかまずいわけよ。その事が露見しかけてお母さんはポイ。お腹にいた私もポイ」
身振り手振りでその様子を簡単すぎるほど簡単に説明する。
本当はもっと色々と込み入った事情があるのだけれど大まかにはそういうことで。
そしてその事実は何時まで経ってもの中から消えないのである。
「だから私、王家を許せない。いくら正義を振りかざしたって、小さな犠牲も救えないんじゃぁ、国民を守る事だって出来ないと思うわけ」
「…」
そういうことか。
バクラは少し納得した。
成る程どこか同じような空気を纏っている女だとは思っていたのだ。
しかしそのような境遇があったとは。
思わず緩みかけた口許にバクラは手をやる。
「でも、そんな王家の血を私は引いてるの。だから…バクラに知られたらいけないと思って…」
は別にバクラの過去を知っているわけではないのだけれど。
偶然にも似たような境遇ののことを知ったバクラはクックと喉で笑った。
「安心しろ。ンな事くらいでお前を捨てたりしねぇよ。…それに…」
「それに?」
聞き返してくるを見下ろしながら。
嗚呼、これからもっと楽しくなりそうだ、なんて考える。
「ヒャハハハハ!!これからもっと面白くなるぜェ?手始めにベッドで楽しーィことでもいしようじゃねェか!!」
言ってバクラは走り出す。
そうだ、許してはならない。
自分の村を奪った王国を。
そして愛しい女をこんな目に合わせた王家と言う存在を。