優しさは温かな支配者


子供達に会うため、ブラックバードを飛ばしてマーサの家に来たクロウは思わぬ人物と遭遇していた。
「うわ!姉ちゃん…帰ってたのかよ」
「あら、クロウじゃない。変わらないわね、その身長」
「ほっとけ!!!!!」
相変わらずの軽口は健在だ、とクロウは苦い顔をした。
目の前のこの女性は遊星の姉である。
「マーサから聞いたわよ?あんた頑張ってるんだってねえ!」
昔から怒られてばかりで、今日も例の「10秒待ってあげるわ」が炸裂するかと思いきや。
いきなり褒められたのは初めてで思わず口篭もってしまう。
「…いや、俺は別に…」
「謙遜しなくても良いわよ。嬉しいわ、成長したのね」
穏やかに言われて思わず顔が熱くなった。
「や、止めろよ。姉ちゃんに褒められるとか調子狂うぜ」
照れるクロウに笑顔を向けて、はぎゅうっとクロウを抱きしめた。
これはいつもの儀式のようなもの。
帰って来るとはいつも皆にこうする。
「これは、オマケ。頑張ってるクロウに」
え?とクロウが疑問符を浮かべている間には素早く頬にキスをした。
「!」
一瞬遅れて気付いたクロウがから逃げるように離れた時には既に完了していて。
悪戯っぽく笑うがクロウを見ていたのだった。



家まで付いて来ると言い出したを後ろに載せて、クロウは家路についていた。
「ホントに来んのかよ…」
後ろに乗せたに声を掛けると、は頷いた。
「だって気になるもの。愚弟とジャックは元気にしてるの?」
「愚弟…。姉ちゃんくらいだぜ、遊星のことそんな風に呼ぶのは…」
そもそもと遊星に血縁関係はない。
同じくらいの時期に拾われて、殆ど一緒に育った上に誰も彼もと遊星を姉弟のように扱った所為だった。
それに周りがそうやって扱う所為か、は良く遊星の面倒を見て遊星も非常にに懐いた。
本当の姉と弟のよりも絆は強かったかもしれない。
「ちょっとは愛想良くなったのかしら。昔はきゃっきゃ笑って可愛かったのに…思春期差し掛かったくらいから急に愛想薄くなっちゃったのよねぇ」
「…まあ、その辺は…加速してるな」
「加速してるの!?力ずくでも止めなさいよ!!」
「俺が言って遊星が聞くかよ!」
それに…が遊星にそう言う感想を持つのは勝手だが、クロウから見て遊星は相当のシスコンである。
もうが好きで好きで堪らないのがありありと見えて仕方がない。
そんな遊星すら照れさせるのがのスキンシップなのだが。
ただ、スキンシップに関してはクロウですらちょっと遠慮したい時がある。
昔は頭を撫でられるのも抱き締められるのも嬉しかったが、流石に今は…。
いや、抵抗しても結局逃れられはしないのだが。
先ほどぎゅうっと抱き締められた時は、ふわっと香るの髪の匂いにくらりとした。
柔らかな体で抱き締められると変な気分になってしまう。
しかも頬にキスまでして。
「はぁ…ジャックは如何なのよ」
「あいつは…結構相変わらずだな」
「…はぁぁ…あんたたち絶対一生童貞ね」
「はぁ!?何でそういう思考回路になるんだよ」
「だって女っ気なさすぎて、弟離れ出来てないあたしも逆に心配になるレベルだもの。ああ、でも遊星もだけどクロウとかジャックが女の子連れてきたらやっぱ寂しいんだろうなー」
本人を目の前にしてそういう話は居心地が悪い。
しかしそういう話をしてしまうのがと言う女だった。
良くも悪くもはっきりと自分の気持ちを言う女。
猪突猛進、小気味は良いが時々は無神経で、でも本質が無邪気なのは昔から変わらない。
「っていうか姉ちゃんこそ他所で男作って出てったんだろ?」
「ちょっと!誤解招く言い方しないでよね!」
その言い方では浮気をして出て行った母親かのようだ。
「遊星がそう言ってたぜ」
「遊星が?あいつ…!あのねぇ、男作ったって、仕事仲間よ?恋人でもなんでもないし。っていうか捨てて来たんだけど」
「…は?」
「あはは、結構頑張って会社おっきくしたんだけどねー。経営方針合わなくなってきてさ。ぜーんぶ捨てて帰ってきちゃった」
「…マジかよ…」
こういうところが猪突猛進なのだ。
まあ遊星の姉と思えば推して図るべし。
自分の正義に合わなければ剣…ではなくカードを手に取るような姉弟である。
「稼いだ分は持って帰って来てるから暫くは困らないけどね」
「おおっ!じゃあ夕飯奢ってくれよ!!」
「うーん…そうね。折角遊星とジャックにも会えるんだしね。奮発してあげるわ」
「やりぃ!今日姉ちゃんに会えて良かったなぁ!」
「調子良いわねぇ…」
しかしクロウはこういうタイプ。
素直だから甘え上手で悪気がない。
乗せられるように甘やかしてしまう。
「ところで、さっきの他所で男作ったって話、本当に遊星が言ったのね?」
「ああ」
「あの愚弟…!後でお説教の必要がありそうね…」
の『お説教』はデュエルで叩きのめすことであるが、果たして今の遊星にそれが通用するのだろうかとクロウは思う。
何だかんだでチーム5Dsのリーダーだし。
「姉ちゃん、今の遊星結構強いぜ?フォーチュンカップも優勝したしな」
「知ってるわ。でもそれは相手がジャックだったからでしょ。今日の相手はこのあたしよ。遊星は絶対に勝てないわ」
何処からその自信が沸いて来るのやら。




「着いたぜ」
いきなりガレージには入らずに家の前でを降ろしたクロウ。
「まともなところに住んでて吃驚だわ…。どうしたのこれ」
「ゾラがえらく遊星をお気に入りで貸してくれた」
「そう…挨拶してから行くわ。そっちから入れば良いのね」
「ああ、下で待ってるぜ」
一階の時計屋に消えていくを見送って、クロウはスロープをおりる。
中は普段どおりだ。
遊星がガレージの真ん中で作業をしていて…。
「帰ったぜー」
「…クロウか」
「ジャックは?」
「さぁ…いないのか?」
「……」
無関心すぎてクロウが逆にジャックを心配するレベル。
確かにが心配するのも無理は無いのかもしれない。
「まァいいや。姉ちゃん帰って来てるぜ」
クロウの言葉に遊星は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「笑えない冗談だな、クロウ。姉さんが帰って来るわけないだろう。男を作って出て行ったのに」
「へぇえ…本当にあんたクロウにそう言ってたのね」
「「!?」」
すぐそばに聞こえたの声にクロウすら驚いて振り返った。
そこには真っ黒なオーラを漂わせて腕組みをし、仁王立ちするの姿が。
既にデュエルディスクをつけて臨戦態勢である。
「っ、姉さん…!本当に…?」
「人聞きの悪いことをクロウに吹き込んでくれたみたいで姉さん嬉しいわぁ。10秒待ってあげる。とっとと用意しなさい!」
一瞬硬直した遊星だったが、の「10秒待ってあげる」という言葉にはっとして慌ててデュエルディスクを掴んだ。
「フォーチュンカップ観てたわよ。優勝おめでとう。さあ、先攻はあげるから楽しませて頂戴ね」
は余裕の笑みである。
「…姉さんには言いたいことが山ほどある。…俺の先攻、ドロー!!」



☆★☆



15分後。
の前で膝を付く遊星がいた。
「…また…負けた…」
「まあまあね。前回よりもライフ削ったわよ。やるじゃない」
LPを確認し、はつかつかと項垂れる遊星に歩み寄る。
そしてにっこりと笑うと。
「ただいま、遊星。一人にしてごめんね。もう何処にも行かないからね」
優しく言いながら、ぎゅうっと遊星の頭を抱えるように抱き締めた。
いつもの儀式が終わったな…とクロウは思う。
大概このパターンだった。
ふらっといなくなる
→落ち込む遊星
→帰ってきたと何だかんだで一戦
→負ける遊星
→優しく抱き締める ←イマココ
正直遊星がかなりの割りを食っていると思うが、今この時はの胸に顔を埋め放題なのでそれで釣り合いを取っているのではとクロウは見ている。
しかし「何処にも行かない」とが言い切ったのは初めてだ。
遊星よりも自由人のだが言ったことには責任を持つ人間である。
同じく遊星も気になったらしい。
思う存分の柔らかな胸を堪能していたがふと顔を上げた。
「何処にも行かない?」
「うん。なんだろ、そろそろ遊星達の傍で生活しようかなって」
それに…とは視線を上げた。
目線の先にはWRGPのポスター。
「このまま離れてると、何か嫌なことが起こるような気がして…ね」
「嫌なこと…?」
の真剣な声音に遊星は少し不思議そうな顔をした。
相変わらず抱きついたままで。
そろそろ離れろよ…とクロウは思うが口にはしない。
まあ弟離れ出来ない姉と、姉離れ出来ない弟…お似合いか。
そのうちくっついたとか言っても驚かないかもしれない。
血縁関係は無いのだし。
「そう言えばジャックは何処なの?」
「さぁ」
「俺も知らネ」
「…あんたたち…。まあいいわ、今日はここに泊まるし」
「え、姉ちゃん泊まんの?」
「宿泊代も全部今夜の夕飯に注ぎ込んであげるわ。皆でぱーっと美味しいもの食べましょう」
抱き締めていた遊星を離し、はソファに体を沈めた。
は鞄をごそごそと漁り財布を取り出し、中身をちらっとチェックする。
手を放された遊星は残念そうな表情である。
「遊星、久しぶりに一緒に寝てあげるわ。山ほど話があるんでしょ?」
途端に遊星の表情が明るくなる。
飴の使い方が凄まじい…こうして遊星はシスコンを加速させていくのだろう。




「…って訳でジャックの奴働かねーの!姉ちゃん何とか言ってくれよー」
遊星は作業を再開し、クロウはに近況報告という名の愚痴をこぼしていた。
「…マーサも言ってたけどちょっと深刻ねぇ…」
もう経済支援をしてやれる身ではない。
あのジャックを受け入れてくれる働き口…あったとしたらかなりキワモノ好きと言えるかもしれない。
「ま、今回クロウがあたしとデュエルしなくて済んだだけあんた達も成長はしてるのかなー…って感じだけどね」
ため息混じりのの言葉に遊星は驚いたような顔をした。
「クロウ、姉さんとデュエルしていないのか?」
「ああ。してねぇ」
「今回クロウはホント成長してたからねー。マーサが褒めてるのにあたしがちゃちゃ入れられないでしょーよ」
だからこそのあのオマケ。
それを遊星に言ったらどんな顔をするだろう。
小さな優越感をクロウは感じるが、結局口にはしないでおいた。
余計な火種をチームに持ち込むのは望むところではない。
「…」
しかし遊星はどうやらクロウがに褒められた空気を察する。
珍しく悔しそうな表情を浮かべると作業に戻った。
その時外からエンジン音が聞こえてきた。
「元キングのお戻りね」
は自分のデュエルディスクを掴んだ。
ああ、ジャックは『お説教』の対象なんだ…。
遊星もクロウも身を固くした。
そろりと遊星は工具を置いてクロウのいるソファの方へ避難する。
別に実際のダメージが通る訳でもないが、心臓に悪いので避難するに越したことはない。
真っ白なDホイールがの目の前で停車した。
「う、か」
降りてくるジャックが心なしか怯えた表情である。
「お帰り、キング。あんた働きもせずに遊んでばっかりなんだって?」
ギクリとジャックの額に冷や汗が滲んだ。
「人聞きの悪いことを…。俺には俺のやり方が…」
「ジャック。10秒待ってあげるわ」
の言葉にジャックは口を噤んでデュエルディスクを掴む。
「くっ…」
「先攻はキングに譲りましょう?さあ、ドローなさい」
遊星の時と同じくは余裕顔である。
「…その余裕顔、後悔させてやるぞ…。俺の先攻、ドロー!」


☆★☆


遊星が勝てない相手にどうしてジャックが勝てようか。
10分後、遊星よろしく膝を付くジャックの姿があった。
「あら、でも今日の遊星よりあたしのライフ削ったわね。やるじゃない」
言ってジャックの頭を軽く撫でた。
遊星が「あ!!」と言う顔をする。
隠れてご褒美を貰っているクロウは別に表情は変えない。
「子供扱いは止めろ…。それに負けは負けだ!!」
「はいはい。さ、ジャックで最後よ」
はジャックに腕を広げてみせる。
抱擁を求められていることを理解したジャックは渋々と言った風にを抱き締めた。
「また背ェ伸びた?その身長ちょっとクロウにあげなさいよ」
「うっせー!!余計な世話だっつーの!!」
「それよりジャック、姉さんから早く離れてくれないか」
軽口に突っ込むクロウと割り込む遊星。
ああ、何だか昔に戻ったようだなあなんて思うくらいに、いつもこの4人だった。
ここまでは本当に普段と同じだったのである。



懐かしがって、暫くして。
そういえば目の前にはがいたときにはなかった玩具があることに気付く。
Dホイール、さっきクロウに乗せてもらったけどなかなか楽しかった。
もう一回、乗ってみたいかも。
「どれに乗ろうかしら」
は小さく呟いて停めてあるDホイールを順にみた。

★遊星、忙しそうなとこ悪いんだけど、そのDホイールに乗せてくれない?

★クロウ、さっき乗せてもらったけど、もう一回それに乗りたいわ

★ ジャック、どうせ暇でしょ。そのDホイールに乗せてよ