罠にかけられて


少し、前の話をしよう。
彼女のことを話すなら、きっとここからが相応しい。
あの夜は本当に暑くて…首筋から流れる汗の粒がすうっと胸元に消えていった。
それを視線で辿っていることに気付かれそうで、俺は不自然に目を逸らしたんだ。

『遊矢…?どうしたの?首痛い?』

彼女は花火を見上げていたからそんなところを見ていたなんて気付かなかったらしい。
でも俺が目を逸らしたことにはすぐに気付いた。

『別に…!何でもない』
『そう?』

不思議そうに俺を見つめる彼女は、大きな音に誘われるように夜空へ視線を戻す。
ああ、視線を取られてしまった。
…とか思ってることがバレたのか、彼女は不意に笑い出す。

『…何だよ、急に笑い出して…』
『あはっ…だって遊矢ってばずーっとあたし見てる。花火見に来たのに』
『!』

真夏の熱気に負けないくらいの熱を篭めて、彼女は改めて俺を見た。

『ね…それって花火よりあたしが綺麗って事?』
『……比べる対象が、おかしいだろ…それ』
『でも、あたしは今あの大輪の花よりも遊矢の視線を奪っているんでしょ。…嬉しい、な』

困ったように微笑んだ彼女は、どぎまぎしている俺の頬に手を添えて――。








「ぼーっとしてたらバター溶けちゃうわよ」
声を掛けられはっと我に返った遊矢。
手の中でどろりとバターが形を失いそうになっている。
「うわ、やべっ」
「全く。クッキー作るって言い出したと思ったら上の空だし。ちゃんとやる気あるの」
「あるあるある!だから見捨てないで、母さん!!」
目の前ではーっと溜め息を吐かれてしまい、遊矢は眉を下げた。
の為に作っているコレを、のことを考えすぎて失敗したなんて笑えない。
それに素良が来る前に終えてしまわなければ。
全部食い尽くされたら堪らないし。
「生地とバターをよぉぉぉおく捏ねるのよ」
「ああ、分かっ、た…!」
先程遊矢が持っていたものは柔らかくなっていたが、生地に混ぜられたバターは固かった。
お菓子を作るという事はなかなか体力を使うのだなと知る。
(でも、に出会ってなけりゃこんなこともしてないだろうしな…)
これを新たな経験とするか、この後の計画への手間と考えるかでやる気も向上心も大きく変わるだろう。
普段の遊矢であれば後者だったかもしれない。
しかしの為と思えば遊矢はこれが手間でもなんでもなかった。
明日は31日である。
「遊矢の為にお菓子いっぱい用意して待ってるからね」
微笑んだが頭から離れない。
「遊矢、また手ェ止まってる」
「…あっ」
母親のきつい視線を後頭部に受けながら遊矢は作業を再開した。



クッキーというものはああ見えて意外に手間の掛かるものだった。
型抜きに至るまでに『寝かせる』なんて作業があるなんて…。
ただただ冷蔵庫に放り込んでおくだけだが、その間が退屈で仕方なかった。
とりあえずに『遅くなるかもしれないけど、今晩遊びに行ってもいい?』という趣旨の連絡だけを入れたけれど、返事がすぐに帰ってくるはずも無い。
しかし型抜きは楽しいので、母親に伸ばしてもらった生地を夢中で抜いた。
「…猫好きだから喜ぶかもなぁ…」
「ん?猫が好きって…柚子ちゃん?」
猫型で抜いている間にぽつっと何気なく呟いてしまった言葉を目聡く拾われて遊矢は一瞬固まる。
「そ、そう!柚子の奴、猫好きなんだよなー…!」
咄嗟に 以外の名前を出す。
との関係を特別秘密にしている訳ではなかったが、何故かとても言いにくくて。
それは恐らく今日の計画の所為もあることは自分で分かっている。
だからだろうか。
後ろめたいことがあるわけでもないのに母親と目を合わせられないのは。
「ふぅん?まあいいけど。ほら、一回生地伸ばしてあげる」
ドライな母親はこれ以上追求することもなく穴だらけになった生地を改めてまとめ始めた。
大分小さくなってしまったそれはもうそろそろ型抜きが終わりであることを示している。
楽しい作業はあっという間だよな…と思っていたら、オーブンも予熱が完了したことを告げた。
音に誘われちらりとそちらを見た時に目に入った携帯端末。
何かしらを受信したライトが点灯している。
だろうか。
先程の返事だろうか。
「母さん、早く早く!」
生地をやんわりと広げていく母親を急かしたら「オーブンの予熱は下がったら自動で戻してくれるから大丈夫よ」なんて笑っている。
本当は端末を早く確認したいだけだが、からの連絡かも、なんて言えやしない。
後ろで点滅を繰り返して遊矢を呼ぶそれに髪を引かれる思いで遊矢は型抜きを終わらせた。
「なんかずいぶんと形が偏ったねぇ…」
急いで抜いた後半は型を替える余裕も無くて、持っていた猫の型で殆ど全部抜いたから当然だった。
最後きりぎりに余った生地は、遊矢が小さく丸めたものをちょこちょことのばして型にはまらない丸いクッキーにした。
「いいんだよ!ほら、早く焼いてくれよ!」
「はいはい」
また生地をまとめて伸ばしなおせば成型は何度だって出来るため、やり直すなどと言われたくない遊矢はやはり母親を急かした。
天板に乗せられた生地がやっと中に収められたのを見届け、ようやく遊矢は端末を手に取る。
どきどきと逸る気持ちで確認すれば、そこにはの名前が。
『いいよ。でも31日は明日だよ?遊矢に会えるのはいつでも嬉しいけどね。気をつけてきてね』
嗚呼、このの言葉に眩暈すら感じる。
会えるのが嬉しいなんて…こっちこそだ。
何度も何度も文字を目で追いかけた。
生身のにしていたことと全く同じだ、と思いながらも止められない。
ひとしきりのメッセージを堪能したところでもう一度短い返事を返した。
「母さん、それどれくらいで焼ける?」
「焼けるのは15分後だけど、冷まさなきゃ食べられないよ」
「…」
本当に、お菓子ってヤツは想像以上に手間が掛かるのだ。







遊矢から可愛い連絡が来た。
31日に遊びに来ると言っていたのに(きっとお菓子が目当てだろう)、今日も来たいなんて。
お菓子を手作りしようと思っていたけど、それなら遊矢と遊びながら作ってもいいかもしれない。
フルーツとクリームをこれでもかと乗せたパンケーキなんてどうだろう。
お母さんがパンケーキを毎朝作ってくれると言っていた。
が焼いたパンケーキに遊矢がデコレーションをするスタイルならきっと危なげなく出来上がるはずだ。
そうだ、せっかくだし豪勢にアイスクリームもたっぷり添えよう。
自分で作るお菓子の良いところは、デコレーションを好き勝手に出来るところだ。
は明日の予定を組み立てながら買い物の真っ最中だった。
ジュース…よりはコーヒーかな。
パンケーキをお昼ご飯代わりにして夕食も食べて行ってくれたら嬉しいな…。
――R R R
精肉のコーナーで色々なレシピを想像していたら携帯に呼ばれた。
きっと遊矢だ。
と、いうか仕事やダイレクトメール以外では遊矢くらいしか心当たりが無い。
『遅くなっても待っててくれよ!』
夕飯を済ませてから来るという事かな…?と何となく自問自答して了承の返事を返しておいた。
年下の男の子にのぼせあがるなんて恥ずかしいことかも…と思いながらも遊矢が可愛くて堪らない。
それでもあの花火の夜は大胆なことをしてしまった。
遊矢があんまり可愛い反応をするから…というのは恐らく狡い言い訳で。

、…っ』
『可愛いから、つい。嫌だった?』
『…』

の問いかけに遊矢は赤い顔で首を横に振る。
それは一生懸命否定しようとしているそれではなく、寧ろ信じられないという仕草にも見えた。

『そんなこと…だ、だって俺、…ずっと、のことが……』
『うん。あたしもね、遊矢が大好きだったんだ』

あっけらかんと言われて弾かれたようにを見つめる遊矢。
何も言わずに微笑むだけの
遊矢は何かを言わなければと思ったのかもしれない。
言葉を発しようとしては唇を閉じて、また唇を開く。
それを数回繰り返しても遊矢は暫く言葉を発しなかった。
そして、結局出てきた言葉は。

『なぁ…。も、もう一回…』
『!』
『ダメ…?』

きょときょとと視線を彷徨わせながら恥ずかしそうに乞われて、NOと言える訳が無い。
まさかの二度目志願には驚いたけれどは微笑みを崩さないままで遊矢にそっと近付いた。

――嗚呼、何度思い出してもあの時程可愛い遊矢には滅多に出会えない。
年上の余裕で揶揄ったつもりは全く無い。
と、いうかあの時だって本当は余裕な振りをしていただけだ。
どぎまぎしていることを悟られまいと必死だっただけだ。
遊矢は全く気付かなかったらしくてほっとしたのを今でも鮮明に思い出せる。
「…夜に遊びに来たいなんて」
自分の唇に触れながら、緩みそうになる頬を必死で抑え込んだ。
いけない想像をしてしまうじゃないか。
告白の前にキスをするような女の家に夜中に遊びに来て、五体満足で帰れると思っているのか。
それならば世間知らずもいいところで。
「もっと可愛がってもいいってことかしら」
押さえきれずはにんまりとした。



「……遅いわね」
夕飯も風呂もとっくに済ませた。
そろそろ遊矢が来てもいいのではないだろうか。
時計ももう日付を変えてしまいそうだが。
「…忘れてるのかしら」
すっかり忘れて就寝していたらと思うと憎らしくも、連絡することに躊躇いが生まれる。
流石に年下の男(しかも学生)を真夜中にコールで叩き起こし、怒れる声色で今すぐ来い、などと言っていいはずはないだろう。
倫理的に考えるなら大人として寛大な心で許すべきなのだ。が。
「もおぉ…来ないなら寝ちゃうぞー…」
約束を反故にした罰を考えながらはひとりごちる。
すると、そんなの声が届いたのか漸くインターフォンが部屋に響いた。
「…やっと来たのね…」
ちらりと時計を見ればもう31日になってしまっている。
これはソッコーでお仕置きという名の悪戯をしてやろうと心に決め、は玄関のドアを開けた。
「ごめん!遅くなって…!」
謝りながら申し訳無さそうに入ってくる遊矢を見るとお仕置きしてやろうという気持ちがややぐらつくが…。
「遅いじゃない」
「や、ちょっと…手間取っちゃって」
流石に訪問する時間も伝えずにこんな時間になったことにが怒っているようだと遊矢に知れる。
が、実はそれは遊矢の計画の内だった。
きっとは遊矢の想像していることをするに違いない。
「ふぅん。まあ言い訳は悪戯の後で聞いてあげるわ。はい、トリックオアトリート」
さっと手を出してみせるの行動に遊矢は歓喜で飛び上がりたくなった。
予想通りも予想通り、もう明日からの行動予測を全世界に向けて発信してやりたいくらい、遊矢の計画通りの展開である。
しかしここでそんなことを顔に出しては、上手くいきかけている計画も崩壊してしまうので、申し訳無さそうな表情は崩さぬままに遊矢はポケットを漁った。
的には予想外である。
もしかして…と思うの手の上に遊矢が綺麗にラッピングされた袋を乗せた。
「実は…これ作ってて遅くなっちまったんだ…」
「…これ、作ったって…」
「母さんに教えて貰いながらさ、クッキー、初めて作ってみたんだ。に渡したくて包んでたらすごい時間掛かっちゃって…」
これは本当だ。
実際はクッキーを作っていて遅くなったわけではないが、ラッピングにはかなりの時間を要した。
「遊矢が、あたしの為に…?」
「ああ!」
にっこり笑って見せる遊矢の表情に今の今まで怒っていたことが嘘のように払拭されていく。
我ながらゲンキンで単純だと自己診断せざるを得ないが嬉しくて。
「…ありがとう…。ごめんね、事情も知らずにあたし怒ってた…」
「いいって!俺も出来上がる時間予測できなくて、いつ行くか言わなかったしさ!」
半分以上方便で、ちょっとしゅんとしてしまったには申し訳ないような気分になるがまだ計画のスタートラインである。
ここからが本番だ。
遊矢はやや緊張に乾く唇をこっそりと舐めると。
「それよりさ、も…トリックオアトリート!」
ばっと手を差し出す遊矢にはきょとんとした。
「えっえっ…」
「お菓子用意しててくれたんだろ?すごい楽しみにしてたんだ、俺!」
「えっえっ…」
そわそわとは視線を泳がせる。
しまった、まさかこんなことになるとは思っておらず、お菓子になる予定のパンケーキは粉のままだ。
フルーツ…はお菓子とは言わない気がするし…。
何か無かったっけ、何か…!
急に焦り出したに遊矢はニヤっと笑みを浮かべる。
「まだ、用意してないんだ…?」
「えっ、えっと…それは……」
そう、これが遊矢の計画の全貌である。
とにかく早めにと出会い、いの一番に『トリックオアトリート』を成功させること。
去年までのはいつもお菓子を手作りしてくれていた。
なら、31日になった瞬間はまだお菓子は材料のままのはずである。
今日一日でお菓子は手間の掛かるものと思い知っている遊矢は、これなら間違いないだろうと踏んでいたのだった。
「なら、は俺に悪戯されるしかないよな」
「ええええっ!!」
「だってお菓子ないんだろ?仕方ないよなー」
何でもないような素振りで部屋に上がりこみ、壁に手をついて腕の間にを閉じ込めた遊矢は、漸く確信犯的に笑った。
それを見た瞬間、は遊矢の計画に薄らと気付いた。
いや、恐らく遊矢が意図的に分かるように仕向けたのだと思い至る。
「…子供のクセに…生意気よ」
「それ、強がり?」
「……、悪戯したいんでしょ。お手並み拝見といこうかしら」
悔しそうに視線を逸らすの髪に遊矢は優しく唇を押し付けた。

玄関先では何かと都合が悪いのでリビングに通そうとしたら、後ろからついて来ていた遊矢がの部屋着の裾を抓んで首を振った。
「ベッドだろ」
「…っ」
有無を言わせない強い口調。
普段の遊矢から想像もつかなくては一瞬息を飲んだ。
振り返りざま僅かに見詰め合ったけれど、遊矢の視線が孕む意思は強くが先に目を逸らす。
「…じゃあ、こっちよ」
何かに敗北した気分を味わいながらは足を寝室へ向き直る。
リビングの斜め向かいの部屋だから、移動はいらない。
ただ、開ける扉が変わっただけだ。
遊矢を寝室に入れるのは初めてである。
「おー…ここがの寝室かー…」
先程の一瞬の気迫はどこへやら。
興味深そうに覗き込む様はいつも通りの遊矢である。
「んー…じゃあ…、そーだこうしよう」
寝室をわざとらしく見渡した後でベッドの上に座った遊矢が自身の膝を叩いて見せた。
、此処に来てくれよ」
「…ここ、って」
「俺の膝の上に決まってるだろ。ほら、早く早く!あ、向かい合わせだぜ」
言い直されなくても見たら分かる。
と、言いたいが、男を子供と見誤った罰かもしれないとはゆっくり遊矢の膝の上に跨った。
言われた通りに向かい合わせに座るが、何と言うか…気恥ずかしい。
「…」
かっるいな。こんなに胸おっきいのに」
「!」
ぷよっと遊矢の指先がの乳房をつついた。
何をするんだと思うけれど、ちょっと強引なこの遊矢に感じ始めている自分もいる。
それに、買い物の途中では立場は違えど同じようなことをしてやろうと思っていたのだ。
まさか遊矢に主導権を握られるなんて思っても見なかったけど。
「ちょ、っと…遊矢」
ふにふにと遊矢の指先が何度も胸に埋まる。
くすぐったいような恥ずかしいような…。
照れ隠しに咎めるような視線を送ったら遊矢がちょっと唇を突き出した。
「お菓子用意しなかったのはだろ?」
文句を言われる筋合いはないとでも言いたげに、の細い腰をぎゅうっと抱き寄せる。
「きゃっ!」
必然的に密着する体。
ぎゅっとする遊矢の腕は想像以上に力強くてドキドキした。
「あぅ…っ、ちょ、っ…!や、ァんっ…」
遠慮も無く、遊矢がの胸に顔を埋めた。
鼻先が胸元に押し付けられてその感触には僅かに背中を反らす。
「うわ、すっげ…いー匂い…」
「ば、ばかっ…!ちょっと、離し、あンっ、離し、なさい…!」
「やだ」
胸元に頬を押し付けてすんすんと鼻を鳴らす遊矢。
ほんのりと香る甘いの香りはバニラの香りにも似て、彼女自体がお菓子か何かのような錯覚を遊矢に引き起こさせる。
このままかぶりついて食べつくしてしまいたい…という欲望を今から実行に移すのだ。
しなるの体はあたかもそれを求めているようにも見えて遊矢はぞくりとしたものを背中に感じる。
「あっ、あっ…くすぐった、…」
もぞっと鼻先が角度を変えるくすぐったさに身じろぐが、意外に遊矢がを抱き締める腕の力は強く振り解くことが出来なかった。
「柔らかい…の胸めちゃくちゃ気持ちイイ…」
うっとりとした声の感想が飛んでくる。
そこには多少の『初めて感』が見え隠れしており、ちょっと可愛いと思わされてしまうのが悔しい。
「んっ、もう…!悪戯堪能したなら離しなさい…!」
「あ、そんなこと言っていいのかなー?それって堪能するまでしていいってことだよな!」
胸元からばっと顔を上げた遊矢が試すように覗き込んでくる。
としては上げた足を掬われた格好だ。
「そっ…そんなこと言ってないわよ…っ」
「えぇー?でもさァ…」
遊矢は上目遣いにを見上げたままで、服の上から乳房を食んだ。
唇の感触を直に感じる訳ではないが遊矢がその行為をして見せているというところに破壊力が含まれている。
、すげー悪戯して欲しそうな顔してるぞ」
「違っ…ちょっと、びっくりさせられただけで…っ!」
「そーか?なんか硬い感触もするけど」
ぐりぐりと服の上から尖った乳首を探る手付きで遊矢はの胸を揉みしだいた。
「はぅ…っ、そ、それは…っ、遊矢が顔で擦ったからで…っ」
「それで感じちゃったわけか」
「…っ、ばか…」
否定も肯定もせぬままには顔を背けて遊矢の視線から必死で逃れる。
そんなの無防備になった首筋に遊矢は顔を埋めた。
「んンっ!!」
瞬間首筋をくすぐる遊矢の吐息がの体を戦かせる。
腕の中で震える彼女がらしくなく、また相当可愛らしくて堪らない。
、すっげ可愛い」
耳元で吹き込むように囁いたら、びくっとの肩が揺れた。
流れ落ちたの髪から立ち上る仄かな香りに誘われて、遊矢はやんわりとの耳を食む。
「な、俺のお願い聞いてくれる?」
そんなところでしおらしい声を出すなんて反則だ。
やはり吹き込まれる淡い吐息にどきどきしながら声を出すことも出来ず、遊矢の言葉を待った。
「あの夜みたいに…キスしてくれよ」
「…え、っ」
ちゅ、ちゅ、と何度も首筋や耳の下あたりに唇を押し付けている遊矢からの求めは意外なものだった。
悪戯を仕掛けている本人からそんなことを乞われるとは思ってもおらず、はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
あの夜のキス。
きっと花火の夜のことを指しているのだと直感的に理解する。
記憶にも新しい夜のことを遊矢も何かしらの思いを持って覚えていてくれたのだろうか。
吐息を零してはそっと遊矢に視線を戻した。
素直に唇を待つ遊矢は先程とは打って変わって切なげに眉を下げている。
記憶の中と同じくらい可愛くて、記憶の中よりも性の色を帯びていて。
そっと遊矢の頬に手を添えたはゆっくりと顔を近づけた。
「……遊矢、好きよ」
「!」
から言葉をかけられるなんて思ってもいなかったのだろう。
一瞬驚いたように目を見開いた遊矢だったが。
「…俺も、を愛してる」
あの夜には聞けなかった台詞にの体が強張った瞬間を見計らい、遊矢の方から重ねてきた。
「んっ!!」
重なった瞬間の感触が愛おしすぎて、それだけで爪先がじぃんと痺れるようだ。
なのに遊矢は舌先で唇をこじ開けて中に侵入しようとしている。
「んく…っ、…」
おずおずと受け入れれば遠慮がちな舌先が恐々と触れ合った。
逃げたがるを追いかけるように遊矢がぬるりと滑り込む。
角度を変えては夢中で撫で回された。
「んン…ふ、っ」
くぐもった声がどちらともなく漏れるけれど止まらない。
もっととせがむようには遊矢の首に腕を回す。
息継ぎももどかしくキスを重ねながら抱き締めあうだけで幸せだった。
「は…っ、ゆう、や…っ」
ようやく離れた時には唇の間を銀の糸が繋いでいて、その激しさを物語る。
…今更だけど、イイ、よな?」
「何…ホント、今更…。止めるなんて、出来ないに決まってるじゃない…」
何となく遊矢の目を見れなくて、俯きがちに返答だけする。
そうしたら遊矢がをやんわりとベッドの上に押し付けた。
圧し掛かられる重みが生々しい想像をにさせる。
いつまでも可愛いと思っていた遊矢がこの体に男の欲を見出すのだ。
触れて繋げて、掻き混ざるあの瞬間を考えるだけで脳内が熱を持つ。
「あたし、これだけでどうにかなりそう…」
「…俺もだし…」
そうは言いながらも覆いかぶさった遊矢は遠慮なくの部屋着を捲くり上げた。
下着はどうするのかなと思っていたら、それもちょっと強引にずり上げる。
「う…、めちゃくちゃエロい…」
ぷるんと柔らかそうに揺れる胸をじっと見つめられ、何となくも気恥ずかしくなった。
「あんまり、見ないで…」
「そ、そんなの無理に決まってるだろ」
恐る恐るといった所作で遊矢はの乳房を掬い上げた。
「うわ、生だと服の上からより柔らかい…」
興奮して上擦った声が発する感想に頬がとても熱くなる。
良くも悪くも素直すぎて困ってしまうじゃないか。
「ん…」
「あ、ンっ…!」
しばらく弾力を楽しむようにもぞもぞと胸を触っていた遊矢だったが、やがてぷちゅ…と唇を膨らんだの乳首に被せてきた。
瞬間の体が跳ねて反応を示す。
背中がしなって強請られているようだった。
性感帯に触れられてダイレクトにいやらしい反応を返すに気を良くした遊矢は更にちゅっちゅっと唇で啄ばんでみる。
「あっあっ…遊矢っ…!」
反射的にはぎゅっと遊矢の腕を掴んで刺激をやり過ごそうとする。
だけど空いている方の乳首まで抓み上げられて。
「んっ、う…!あ、っ!!あぁぁぁ…そこだめ…っ!」
ダメと言う割には甘い声が遊矢の耳をくすぐる。
聞いたこともないような声色で喘ぐが可愛らしい。
もっと聞いてみたくなり、遊矢はかぷっと乳房にかぶりついた。
「あっ!うそ…、そんな、舐めちゃ…っ!」
ぷっくりと弾力を持つ先端を舌先で円を描くように捏ねる。
「…やっぱ可愛いな…」
「やっ…かわいく、なんかっ…」
困り果てた顔を逸らす仕草は可愛い以外の何ものでもなく、興奮を煽られちゅうううっと乱暴に吸い上げた。
「んああっ!それ、強い…っ!!」
敏感に感じ入るは、お腹の奥にもどかしい疼きを感じる。
その際、体を震わせてやり過ごそうと身じろいだの太股が遊矢の股間に触れた。
「っ…」
驚いたのは遊矢である。
ある程度密着しているとはいえの体がそこを掠めるとは。
「…あ、遊矢の…すごい」
熱を帯びる欲情の証にどきどきしながらは太股を更に押し付ける。
「っ、、っ…何するんだよ…っ」
「だってこんなにして…」
僅かにの息が浅くなる。
すりすりと足を動かされて遊矢は息を飲んだ。
多少の知識はあれど彼女がまさかこんなことをするとは。
男と言う生き物は女に対して多少の潔癖性と処女性を見出すものであるが、遊矢も例外ではない。
、い、嫌じゃない…のか…?」
「え?だって遊矢だもん…。ね、遊矢の…してもいい…?」
「な、何を…?」
意味が分からずきょときょとする遊矢の体を押し返したは返答をしなかった。
代わりにそのまま体を起こして遊矢のカーゴパンツのトップボタンの辺りを掴んだ。
「ちょっ…!」
「良いから…じっとしてて」
素早くトップボタンを外しファスナーを下ろされてしまい遊矢はどぎまぎする。
ぐい、と下着ごとズボンを押し下げられた時はもう心臓の音が脳内を響き渡る程で。
「…こんなに、おっきく…」
何処かうっとりしたの声色。
自分の胸に興奮したのだと思えば嬉しくない筈も無い。
しかし遊矢は見せてしまったと言うか見られてしまったと言うか、とにかく羞恥と罪悪感で顔を隠すかのように片手で覆う。
やんわりと勃起を掴むの手は柔らかくて暖かくて。
初めての他人による接触に遊矢の性器はぴくんぴくんと小さく跳ねた。
「びくびくして…可愛い…」
「っ、うわ、…っ」
躊躇いもせずはぱくんと遊矢の先端を口に含む。
硬く勃起しているのに先端はぷにぷにしていて弾力を持つ。
それをやんわりと唇で食んだ。
「あ、うっ…き、汚いだろ…」
「そんなことないよ」
そんなところを本当に口の中に入れるなんて。
混乱を極める遊矢だが、の舌先が輪郭を沿って優しく触れる感覚は堪らなく気持ちがイイ。
「は、…」
チュッと小さな音を立て先端を吸ったかと思うと、は全体をゆっくりと飲み込んだ。
「くぅっ…、あ、それ…ヤバいって…っ」
腰を戦慄かせながら遊矢は下唇を噛む。
ともすれば喘ぎ声を上げてしまいそうだ。
「ン、遊矢…たくさん気持ち良くなって…」
じゅぶっと濡れた音を立ててが頭を上下に動かす。
「うあ!あ、あ、、っ…あぁぁ、それ、すっげ…」
ぬるつく舌が唾液を含んでねっとりと絡まる。
未知の感覚にぞくぞくと遊矢は背中をしならせた。
「んっ…く、…ふっ、…ン、ん…っ」
攻め立てると口内で膨らむ遊矢の欲望。
感じていると思うと嬉しくなっては更に遊矢を頬張る。
くぐもった声を漏らしながら口内で跳ねる遊矢を夢中でしゃぶり立てた。
「はあ、あー…っ、あ、あ」
仰け反りながら遊矢はの髪に指を絡めて明白に快感を強請る。
そんな反応を見せられると女の本能が刺激されてしまうではないか。
「はぁっ、遊矢…」
ずるりと引き出したものを舌先でぺろぺろと嬲り、そっと上目で遊矢を見上げてみる。
眉を下げ引き結んだ唇からは抑えきれない喘ぎ声が漏れる遊矢の姿…。
あのキスの夜以上に可愛らしくて込み上げる興奮がぞくぞくと背筋を駆け抜けた。
だけど、ぱちっと目が合った瞬間。
っ…!」
急に肩を掴まれて遊矢にばっと引き剥がされた。
その勢いのままをベッドに組み敷いてしまう遊矢。
「俺っ…最初は、がいいっ…!」
「えっ、きゃ、っ…!」
ずるっと乱暴に遊矢がの部屋着の下を下ろした。
全て下ろすことさえもどかしそうで、半端に片足に引っ掛けたまま体を捩じ込んでくる。
っ…」
にゅるんとぬかるみの中に遊矢の勃起が押し付けられた感覚を覚えては体を戦慄かせた。
「あっ!あっ!遊、矢…っ、待って、あン…っ!!」
「う、っあ…、入、っ…」
未知の領域に踏み入る快感が遊矢の下半身に走る。
先程のの口内を彷彿とさせる瞬間もあるが、それよりももっと濃密に絡みつくようだった。
想像以上に深く飲み込まれていく。
「くうっ…!これ、すっげ…、キツ…っ」
腰を進めるほどにきゅうきゅうとの体内が遊矢を締め付ける。
堪らないの体内にもっと深く味わおうと遊矢はの腰を抱き上げて、自身の腰と密着させた。
「あぁっ…!遊矢の、おっきぃ…、んは、ぁあ…っ!」
深々と侵入されたは遊矢の先端が中で擦れる度にもどかしくて腰を揺らしてしまう。
いやらしい腰つきに触発されて、獣のようにごくりと喉を鳴らした遊矢がゆっくりと腰を引いた。
ずるずる引き出されるそれに膣壁を擦られては爪先を震わせる。
「あぁぁあ…擦れちゃうよォ…っ」
僅かな刺激にさえ跳ねるの腰を掴んで、遊矢は最初の侵入よりもやや乱暴にに突き立てた。
「うあっ!」
「ぅう…っ、、すごい、めちゃくちゃ気持ちイイ…っ!!」
この瞬間、堰を切ったかのように遊矢はの体を押さえつけて夢中で腰を遣った。
激しい注挿に掻き出された愛液が伝い落ちてシーツに染みを作る。
それでなくても結合部はどちらのものか分からない体液でぐちゃぐちゃだった。
「はぁっはぁっ…止まんね…っ、あ、ぁぁっ…あー…っ」
時折気持ち良さそうに背中をしならせる遊矢の姿がいやらしくても体内が切なくなる。
「遊矢っ…遊、矢ァ…っ感じるっ、はぁっ、あ、あ、…っ!」
ぞくぞくしながら縋るように、覆い被さっている遊矢の首に腕を回した。
他意は無かったけれど遊矢がそのまま噛みつくように唇を重ねてきた。
「んぅっ…!」
舌先を絡め合いながら遊矢はスピードを上げていく。
貪り合うように角度を変えて何度も交わした。
「んは、っ!、俺、イきそ…っ」
「いいよ…っ、あたしももうっ、ナカがジンジンして…っ」
「はぁっはぁっ…、あ、っ…イく、イくイく…っ!出、るっ…!!」
ぎしりとベッドが悲鳴を上げた瞬間、遊矢がを深々と突き上げた。
本能のままに最奥でびゅくびゅくと遊矢の精が放たれる。
「っあ、あぁぁぁ…っ!!」
体内の脈動を感じた瞬間、もまた絶頂に達していた。
熱く迸る欲望を受け止めながらがくがくと体を震わせる。
荒い呼吸だけが部屋に響き、ややの後体を離した遊矢は崩れるようにの隣に沈んだ。
「…大丈夫…?」
「それ、俺の台詞なんだけど…」
「…あたし、遊矢に罠にかけられちゃったもんね」
今夜は何もかも遊矢の理想通りになった。
怖いくらい計画通りだった。
「……ホント今更だけどさ」
「なぁに?」
「俺、が好きだ。…愛してる」
改めて真剣に言われては赤面した。
普段の遊矢なら、照れて絶対に目を合わせないだろう場面なのに。
「…あたしも、遊矢を愛してるよ…」
はにかみながらも愛の言葉を返して。
二人はそっと指先を絡め合いながら静かに口吻けた。





情事後の空気が支配する気怠いベッドの上で、はたりとは思い出した。
「そーだ…あたし明日のデコレーション用にアイス買ってたんだった…。何でさっき思い出さなかったんだろ…」
存分に存分に悪戯をされきった後で思い出すなんてうっかりにも程がある。
涼しくなってきた最近はアイスなど殆ど食べないからすっかり失念していた。
「結構たくさん買ったのにー…一個くらいなら別に食べちゃっても問題なかったのにー…」
「そんなに買ったのか?」
「まぁ…遊矢が何味食べたいって言っても大丈夫なくらいには…」
「バニラもあるのか?」
「勿論」
「今食べたいって言ったらどうする?」
「今?別に問題ないけど」
の答えを聞くや遊矢はがばっと体を起こした。
とりあえずズボンにだけ足を通し、部屋を出ようとする。
「えっ、ホントに今食べるの?じゃあスプーンは食器棚の引き出しから出すのよ」
「分かった!」
とたとたとた…と廊下を歩く足が遠ざかる。
こんな真夜中にアイスクリームとは…いや、遊矢の若い体にそれくらいの糖分や脂肪分など問題ではないのだろう。
それはそれで羨ましい…と思っていたら足音が戻ってきた。
アイスを食べたにしては随分早い。
寝室まで持ってきてしまったのか。
まあ多少行儀が悪いけれど今日くらいは許してやるか。
我ながら甘いと思いつつ、遊矢がせがめば多分何だって許してしまうのだろうなと思う自分もいる。
「お待たせ!」
上機嫌で戻ってきた遊矢は確かにアイスのカップとスプーンを握っている。
しかし。
サイドテーブルにそれを置いてベッドを椅子代わりにするのだろうと考えていたの思惑を外れ、遊矢は何故かの腰の上に馬乗りになった。
「……え?」
嫌な予感。
「じゃあ、いただきまーす!」
くるんとスプーンでアイスクリームを掬い上げた遊矢は、それをの体の上で振る。
勿論そんなことをすればアイスクリームはスプーンから零れ落ち…。
「きゃっ!冷た…っ!!」
「あ、零れる零れる」
体温で柔らかくなるアイスをぺろぺろと舐め取った。
「ななななっ、何するのっ!!!」
「ははっ、何コレ、食べたことないくらい美味しいな。もう一口くれよ」
今度は露骨にスプーンに掬ったアイスをの白い胸に擦り付けた。
「冷たいってば…!」
「うわーやばい。すげー美味そう。が溶ける前に食べないと…」
「あ、あたしは溶けたりしないし!…うァ、ん…っ」
かぷんと胸をやんわり食んで、やはり甘みがなくなるまで嘗め回す。
しかし、アイスがなくなった後もの甘やかな皮膚は滑らかで舌触りが堪らない。
「クセになりそー…。俺、明日のお菓子もの上に盛って欲しいなァ」
「ばっかじゃないの!あ、コラ…そんなとこ…っ」
続けざまにぺろぺろと舌先を這わされて、引きかけた熱が戻ってきてしまうじゃないか。
爪先に淡い痺れを感じ、は遊矢の肩を縋るように掴んだのだった。








======================

ここまでお読み頂きありがとうございます!
ARC-Vデビューがこんな形になるとは思いもよらず…。
遊矢君、まだキャラ掴めてない感もかなりあったと思いますがご容赦ください。

今回のハロウィンはツイッターでお話をしているうちにあがってきたものです。
言い出したのがあたしだったのですが、快くお引き受けくださった糸緒様に感謝です!!

さて、あたしの担当テーマは「遊矢君に悪戯される」…されるならとことん最後までということで…(笑)
前回も「悪戯される」ヒロインだったので、前回よりも抵抗強めにしてみたり。(去年は悪戯志願でしたからね)
お読み頂いた皆様にはお楽しみいただけましたでしょうか…。お楽しみいただけていたら嬉しいです!(そしてARC-V創作への次の一歩にも繋がろうというものです←)

こちらの作品は無断転載は勿論のこと、ダウンロードなどもお控えくださいますようお願い申し上げます。


最後に…
今回一緒に企画をして下さった諧謔の管理人さん、糸緒様には感謝しかありません!
急すぎる企画を引き受けてくれて本当にありがとう!!
これからも宜しくお願いいたします!
また機会があれば是非何かやろうね^^!ありがとうございました!

14.10.31. マリアマリー