エンターテイナーは悪戯がお好み


舞網市民はエンターテインメントを好む、謂わばお祭り好きだった。
10月31日は街中が仮装パーティーといった装いだった。あらゆるデュエルスクールが仮装とデュエルを競い合う、『ハロウィン・デュエル』なるものが大流行していた。
遊勝塾でも例外ではなく、全員が仮装していた。
塾長の修造は狼男の仮装をしている。そして娘の柚子の可愛らしい仮装姿を見ては、あらゆる角度から写メを撮りまくっていた。

「柚子、こっち向いてくれ〜!」
「ちょっとお父さん、何枚撮ってるのよ!」
「可愛いなぁ…よ〜し、決め台詞の『 Trick or Treat 』だ!言ってくれ!」
「しつこい!」

パァーン!とハリセンの音が爽快に響く。
その親子漫才ともいえる光景を横目に、遊矢は溜め息を吐いた。
今日はハロウィンということで、が家に遊びに来るのだ。
当然ながら仮装をしてくるわけで、仮装の内容は当日のお楽しみだという。
まさに『お楽しみはこれから』というわけだ。

、どんなカッコで来るんだろうな…あ〜気になる!」

敬愛する父、遊勝の舞台衣装という仮装をしている遊矢はソワソワと落ち着かない様子で、デッキを弄っていた。気を紛らわせるために始めたことだが、全然集中できない。胸中を占めるのは、想い人であるのことだった。

「定番の魔女か、ブラマジガールみたいな露出度高めのセクシーな感じでくるのか…う〜ん、どれもいいな。」

の色々な仮装姿を妄想してしまう。ウィッチハットを被り、黒のドレスに身を包んだ可憐な魔女や、ブラマジガールのように胸の谷間がくっきりと見えるセクシーな衣装…そのどれもが想像するだけでドキドキと心臓が高鳴ってしてしまう。

…もうなら、どんな格好をしても可愛い。

そんな結論に達して遊矢は一人頷いた。ついに居てもたってもいられず、デッキの調整もそこそこにして、玄関へと足を運んだ。落ち着かない様子でが来るのを待機していると、背後から声をかけられた。

「遊矢。アンタ、そんなにちゃんが待ち遠しいの?」
「!? か、母さん!」
ちゃんから、もうすぐで着くって連絡あったよ。そこに座ってないで、リビングで待てば?」
「いや、いいよ。俺はここで待ってる。」

頑なに玄関から動かない健気な息子の様子に、母の洋子は思わず笑みを零した。

「全く、一度言い出したらホント聞かないんだから。それに一途だね。そういうトコもあの人にそっくりだよ。」
「え?」

遊矢がその言葉に反応した時、丁度インターホンの音が響いた。
だ、と遊矢は歓喜した。もしも今の遊矢に犬科の耳と尻尾が付いてたら、盛大に振ってるに違いない。

「お、噂をすれば…待ってました!!はーい、」

期待を隠せないまま玄関の扉を開くと、そこにの姿はなく…無人だった。

「へ?」

遊矢が間抜けな声を上げて周囲を見回す。すると下から、それは響いてきた。

「螺旋の!ストライクバースト!!」
「うわああああああ!!」

突然の大音声とクラッカーを鳴らす音に、遊矢は玄関に盛大に尻もちをついてしまう。遊矢が驚きのあまり目を瞬かせると、地面から起き上がった人物は予定調和と言わんばかりに唇を吊り上げた。

「遊矢、Trick or Treat ! ビックリした?」

玄関先には猫のように目を細め、悪戯めいた笑みを浮かべたが立っていた。遊矢が今か今かと待ち望んでいた相手である。

「あぁ、ビックリしたよ…心臓止まるかと思った…」
「ごめんごめん、ちょっと驚かしてみたくなって。大丈夫?」
「や、大丈夫だけど。それに玄関先で話すのも何だし、上がってくれよ。」
「そう?じゃあ、お邪魔します。」

の稚気に溢れた笑みも可愛く感じられ、遊矢はまたドキドキとしてしまう。そして、じっくりとの姿を見た。
は仮装している。それは遊矢が妄想していたウィッチハットを被り、黒のドレスに身を包んだ可憐な魔女や、露出度が高いセクシーなブラマジガール…では無かった。

全身には丸々とした着ぐるみを着ていて、ワインレッドとモスグリーンの瞳をしたドラゴンを模している。そのフォルムは、遊矢には見覚えがありすぎるくらいだった。

「その姿はもしかして…オッドアイズ?」
「そう、オッドアイズ!細部までこだわってみたの。」
「なんか意外だな。魔女とか、そういう仮装をするかと思ってた。」
「うん、魔女も考えたけどエースモンスターの方が遊矢が喜ぶかな、と思って。ダメだった?」
「〜っ、ダメなわけないだろ。嬉しいよ。」

オッドアイズの着ぐるみを纏って首を傾げるは、とても愛らしい。
は自分の為に、デッキのエースであるオッドアイズの仮装をしてきたという。
ああ、可愛くてたまらない。遊矢は今すぐにでも抱きしめたい衝動を、健気なまでに懸命に堪えた。
遊矢がそんな煩悶をしていることなど露ほども知らないは、今日における舞網市で最も口にされているであろう言葉を再度、紡いだ。

「遊矢、Trick or Treat ! お菓子くれなきゃ、悪戯するよ?」
「わかってるって。お菓子なら用意してるよ。」
「洋子さんの手作り?」
「ああ。パンプキンパイとマフィンを作った。今年は俺も手伝ったんだ。」
「へぇ。いいね、美味しそう。」
「今年のは結構力作なんだ。だって、」

が来るから、頑張って作ったんだ。
その台詞が喉元まで出かけて、遊矢は留まった。そんな台詞を言えば好意をストレートに伝えているのと同じじゃないか。
流石にこれは恥ずかしすぎる、と再び遊矢は煩悶する。そして冷蔵庫の扉につい、頭を打ちつけてしまった。

「痛っ!…え、え〜っと、パンプキンパイとマフィンは…っと、」

遊矢は動揺を悟られまいと、誤魔化すように冷蔵庫を探った。冷蔵庫の上から二段目の棚には大皿にふんだんに盛ったパンプキンパイとマフィンがある筈だった。

「……………ない。」

つい3時間前まではあった筈のパンプキンパイとマフィンが、消えている。冷凍室やパーシャル、チルドルームも覗いたがまるで見当たらない。

「あ、遊矢。これ、机に置き手紙があるよ?」

の手には白い紙が握られていた。二人はその紙を見る。

『ミッチーのサプライズ仮装パーティーに呼ばれたから行ってくるよ。帰りは遅くなるかも。パンプキンパイとマフィンは半分持ってく。あとの半分は素良くんとちゃんで仲良く食べてね。ヨロシク。』

ピンクのペンで書かれたそれは、間違いなく洋子の筆跡である。シンクの方に行くとパンプキンパイとマフィンを乗せてあった大皿があった。当然ながら、肝心のパンプキンパイとマフィンは既に跡形もない。

「素良くん、一人で食べちゃったのね。」
「みたいだな。今だと遊勝塾のメンバーは俺以外、全員ハロウィン・デュエルで外に出てるし…」

盛大に溜め息を吐いた。今年のハロウィンはのために気合いを入れて母と共にお菓子を作ったのに、計画は台無しだった。遊矢は肩をガックリと落としゴーグルを被った。落胆し、いわゆる心が守備表示になった時の癖だ。
せっかくと過ごすハロウィンなのに、不運だった。

、悪い。せっかく来てくれたのにお菓子が無くて…」
「悪戯だね。」
「へ?」

本日二度目の間抜けな声が遊矢の声帯から発せられた。

「『お菓子がないなら悪戯すればいいじゃないホトトギス』って言うでしょ?だから悪戯させていただきます。」
「何か色々混ざってる!え、ちょ、待っ…!?」
「くらえ、リアクション・フォース!」

オッドアイズのモンスター効果になぞらえて、が遊矢の脇腹へとくすぐり攻撃を仕掛けた。被っていたゴーグルはによって外され、遊矢はソファへと押し倒されてしまう。

「遊矢も知ってのとおり、オッドアイズのモンスター効果、リアクション・フォースは相手のレベル5以上のモンスターと戦闘を行う場合、与える戦闘ダメージを倍にする。よって、くすぐりも倍にする!」
「うぇ、やめ…ふふっ、あはははは、くすぐった…っ!」

に先ほどよりも脇腹を存分にくすぐられ、遊矢は身を捩った。抵抗するが、急所を的確にくすぐるに翻弄されてしまう。

、本当にごめ、もう許し…っ、ふふ、あはははは!!」

くすぐりは強烈だった。腹筋にダイレクトアタックされ、遊矢のまなじりに涙が浮かび始めた。笑いすぎて、遊矢の腹部は苦痛の悲鳴を上げていた。そうして暫くはくすぐった後、がようやく手を離す。

「はぁっ、はぁ……腹筋、すげぇ鍛えられた気がするよ…」
「それは何より。あ、くすぐってる時の遊矢が可愛かったから写メ撮ったよ。最高にエンタメった素敵な表情だったから、待ち受けにしたわ。」
「待ち受けって!…、まだ怒ってる?」

が怒っているのかと遊矢は思ったが、それは違うことに直ぐに気付かされた。

「怒ってないよ。ただ本当に残念だと思ったの。…遊矢が作ってくれたパンプキンパイとマフィン、食べたかったな。」

心から残念そうに惜しむの表情。いたたまれなくなり、遊矢は謝った。

「本当にごめん。その、俺の不手際で…」
「いいの。今回は不運だったし。あとずっと言おうと思ってたけど…その遊勝さんの格好、よく似合ってるよ。カッコイイ。」
「え!?」

が告げた言葉は、遊矢にとって螺旋のストライクバースト並みの絶大な破壊力があった。
カッコイイ。
その言葉は男なら一度は好きな女に言われてみたいセリフでもある。それが突如として現実になったことに、遊矢は驚きと喜びを隠せなかった。

「…嬉しいよ。ありがとな、」
「ふふ、本当によく似合ってるよ。」

穏やかな雰囲気が心地良かった。の言葉が嬉しくて、何度も胸の内で反芻してしまう。
今なら言える、と遊矢は唇を引き結んだ。この胸の内から溢れるような好意を伝えるなら、今しかないと。

「あのさ…俺、が好きなんだ。」
「うん、私も。」
「そうだよな、突然こんなこと言われたら……って!?」
「好きだよ。遊矢のこと。その、…男の人としてね。」

の口から発せられたのは、紛れもない好意の吐露だった。

「本当に…?」
「さすがに、冗談でこんなこと言わないよ。」

恥じらい、視線を逸らす。その様子を可愛らしく思った遊矢はを抱きしめる。

「どうしよう…すっげえ嬉しい…!」
「ひゃっ!?」

好意が通じ合ったことへの喜び、への愛しさが遊矢を大胆な行動へ駆り立てていた。
腰に手を回し、オッドアイズの着ぐるみを着たの感触を堪能していると、がぽつりと呟いた。

「…実はね、オッドアイズ以外にも仮装服を用意してあるの。」

が一端、遊矢から離れる。そして鞄から取り出したのは、魔女の仮装服だった。布地が薄く、胸元が大きく開いたオフブラックの扇情的なドレス。それを見た遊矢は思わず生唾を飲み込んだ。
遊矢が妄想していたの魔女の仮装、それが見れるかもしれない。期待を隠せないまま、を見つめてしまう。

「それ着んの?」
「もちろん。このオッドアイズの着ぐるみ、思ったより暑くてね。着替えていい?」
「あぁ、いいよ。俺もその、見てみたいと思ったし…」
「わかった。じゃあ、着替えてくる。ちょっとトイレ借りるね。」

が密かに妖しく微笑んだが、熱に浮かされてる遊矢は全く気付かなかった。



「どうかな?」

の魔女の仮装は、遊矢の予想以上に色気に満ちていた。
ほっそりとした体のラインを際立たせるかのようにフィットしたオフブラックのロングドレス。胸元は大胆に開いていて白い乳房の半ばまでが見えている。
パンプキンと黒猫のアクセサリーが飾られたウィッチハットの下から、が悪戯そうに目を細めていて。遊矢にとってはの全てが魅惑的で、思わず生唾を飲み込んでしまう。
出来ることなら触って、揉んでみたい。そんな不埒な欲望が湧き上がり遊矢は必死で頭を振った。

「遊矢、さっきから胸の方ばっかり見てる。」
「し、仕方ないだろ!…はそのカッコ、よく似合ってるよ。可愛い。」
「ふふ、嬉しい。じゃあ、Trick or Treat 。」

が掌を差し出すが、当然ながら遊矢はお菓子など持ち合わせていない。

「えぇ〜…持ってないの、知ってるだろ?」
「うん。じゃあ、悪戯だね。」

確信犯の笑みのまま、は遊矢の腕を引いてソファに押し倒す。柔らかな乳房の感触が服越しに伝わり、遊矢は動揺すると共に不埒な欲望を抱いた。
触れてみたい、という欲求と理性がせめぎ合う。遊矢の葛藤を知ってか、は遊矢の唇へと指を滑らせた。

「お菓子の代わりに遊矢の唇をいただきます。」
「待った!俺、こういうの初めてで…」
「キスするのは嫌?」
「違う!むしろ初めてするなら、とじゃないと嫌だ。」
「じゃあ、どうして?」
「その…あれだ、心の準備が必要だから…!」
「ダメよ。これは悪戯なんだから。」

慌てる遊矢を愛しげに眺めつつ、愉しげに笑む。そしてルージュを塗った唇が近付き、ついに遊矢のそれと重なった。

「ん、んんっ…!は、っ…」

柔らかな唇が触れ合い、仔猫がじゃれ合うようなキスを贈りあった。至近で感じる吐息や体温が愛しくてたまらない。遊矢はの腰を引き寄せ、夢中で口付けした。
一端視線を逸らせば、のオフブラックのドレスに包まれた柔らかな白い乳房が見えた。遊矢は誘惑に駆られるまま、右手での胸を掴み、その柔らかさを堪能するかのように優しく揉んだ。

「んあ…っ、遊矢…ぁ、」
「はっ、柔らかいな…」

自身の手の中で容易く形を変え、吸いついてくるかのような錯覚すら遊矢は覚えた。揉む度にが小さく反応するのが可愛くて、ズボン越しに自身が張り詰める感触すら覚えた。

、好きだ…っ、」

夢中で名前を呼び、今度は遊矢から唇を重ねた。躊躇いがちに舌での唇を舐めると、が応えるように遊矢の舌を受け入れ、絡ませた。
唾液が絡む水音は淫猥にすら聞こえ、更に欲を煽っていく。
漸く唇を離せば、二人の唇を繋いでいた粘着質な唾液の糸が引かれて、落ちた。

「はぁ…っ、どうだった?」
「や、幸せすぎて…何か夢みたいだ、とキスするなんて。」
「私もだよ。そういえば、好きな人の唾液って媚薬と同じような効果があるみたいね。」
「じゃあ、は媚薬みたいだな。」
「遊矢もね。」

すると遊矢は指先で、のドレスに包まれた柔らかな乳房を戯れるようにつついた。「…遊矢のえっち、」と身を捩るの様子は、可愛くてたまらなかった。

、今日泊まっていけよ。」
「どうして?」
「……続きが、したい。その、もっとに悪戯して欲しいんだ。」

遊矢は、可愛らしく不実なお願いをにしてくる。お菓子よりも悪戯を望む遊矢には返事として、キスを贈った。
悪戯に次ぐ悪戯。Trick and Trick.
ハロウィンの夜は始まったばかりだ。


fin



ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
私の担当は「遊矢に悪戯する」でした。書いてて、とても楽しかったです!
今回の素敵なハロウィン企画を考えてくださった
sector:BRAINのマリアマリー様に感謝のお言葉を、この場をお借りして申し上げます。
また機会があれば是非、一緒にやろうね!
本当にありがとうございました。