オカルトは信じない方だ。
しかしその日黒咲は幽霊を見た。
フロアを歩いていたら真っ白な髪の長い女が廊下を曲がって行ったのを見た。
最初は関係者以外立ち入れない区域なのに見慣れない女がいる、と思っただけだった。
とはいえ黒咲は赤馬零児との共同戦線をしいてから日も浅く、知らない人間がいても何らおかしくは無い。
全員と顔を合わせねばならない理由もない。
寧ろ顔を知られていない方が好都合な場合も想定される。
だから、最初はそのまま見過ごすつもりだったのだ。
が、はたりと気付く。
女が曲がって行った方向は、確か非常用の出入り口があるだけで何もなかったのではなかったか。
その出入り口はオートメーション化されていて、有事の際以外はきっちり施錠がなされているはず…。
「…」
正直この組織がどんな迷惑を被ろうと知った話ではないのだが、今便利な目を失うのも都合が悪いか。
と、言うことで黒咲は踵を返し、女が消えていった方向へと足を進めた。
足音を可能な限り抑えて慎重に歩く。
恐らくすぐに引き返してくるだろうから、戻ってきたところの退路を断つつもりでいた。
なのに。
「…?」
そろそろ戻ってきても良い筈なのに一向にその気配がない。
足音すら無い。
不審に思いながら黒咲は女の曲がって行った先へ躊躇いもなく踏み込んだ。
黒咲に気付いて曲がり角のところで身を潜めているのかもしれないと、ある程度覚悟を決めて踏み込んだのだが。
「…いない…」
女は忽然と姿を消していた。
黒咲は注意深く辺りを見渡した後、非常口にゆっくりと近付く。
何ら変わったことはなさそうだった。
細工された様子も、無理にこじ開けられた様子も見受けられない。
文字通り消えてしまったのである。
・
・
・
「…聞きたいことがある」
「何だ」
やや緩慢に振り返った零児は何となく落ち着きなく視線を彷徨わせる黒咲を目の当たりにする。
珍しい状態に陥っているようだとは思ったが口にはしない。
そんな気安い関係ではない。
「……女を見た」
「だからどうした」
かなり言葉を選んでいる様子である。
零児は訝しげに眉を顰める。
「……階下で女を見た。非常口の近くだ」
「!」
これだけの説明で黒咲の言葉をすべて聞かずとも心当たりが生まれた。
全貌も見えてきたが口には出さない。
そこまで親切にしてやる義理もない。
「それで?それがどうしたんだ」
「……消えた。女が」
「ほお」
「嘘ではない」
零児の微妙な反応に黒咲は間を置かず重ねてくる。
恐らくは突拍子もないことを言いだしたと自身でも分かっているのだろうと零児は思った。
小さく息を吐くと、ドアの方に向き直る。
「ついて来い」
命令されるのは気分が良くないが、目の前の男が無意味なことをしたがらない合理主義の持ち主であることも知っている。
零児が歩き出す方へと黒咲は後ろから無言でついていった。
しばらくはそんな二人がフロアを歩く音だけが響くいていた。
問題の場所は一階下であるだけなので、さほど時間も要したりはしない。
先にも述べたとおり、気安い関係ではないから無駄な話もなかったが、非常口の前まで辿り着いた時、零児が漸く重い口を開いた。
「会わせる必要もないと思っていたが、まあいい」
「…何の話だ」
「女を見たのだろう?此処で。それは私の姉だ」
「…姉?」
まだ兄弟がいたのか、くらいしか感想を持たないままに黒咲は零児が非常口を開けるのを見守った。
確かに有事の際のための扉であろうが、持ち主が触るのならば話は別なのだろう。
細工もいらなければこじ開ける必要もない。
ただその扉は静かに主を迎え入れる。
薄暗い非常階段は小さな踊り場と上か下に分かれる階段で構成されている。
零児は迷わず上に昇っていくので、黒咲もそれに従った。
階段は途中の踊り場で方向を変えており、中二階に当たる部分で折り返ることによって昇っていく仕組みである。
つまり、何の変哲もない普通の階段なのだった。
黒咲が零児の後を追い、非常口が閉まると中は更に暗くなった。
薄闇の中で中二階部分で零児が足を止めたのを見止めて黒咲は階段を昇りきらずに零児の行動を見ている。
すると、零児が壁に向かって話しかけた。
「…、開けてくれないか」
「はぁい。どうしたの、零児君」
控えめな女の声が暗い非常階段内に反響する。
黒咲が壁だと思っていた部分から薄らと光が差した。
「あら、お客様?」
顔を覗かせたのは確かに先程見た白い服に身を包んだ髪の長い女だった。
以上が黒咲との出会いである。
「私、零児君とはお母さんが違うの」
二度目に会った時にそんな話をされた。
顔合わせから三日が過ぎていた。
「ね、黒咲君。時間があったらお茶飲みに来てくれない?独りで寂しいの」
三度目にはそんなふうに誘われた。
断ろうとしたがコートの端を弱々しくつままてしまい、振り解くことに罪悪感を感じてしまったため気乗りはしなかったが受けた。
振る舞われたお茶は意外に美味しくて驚いた。
「お昼…作りすぎちゃって……」
はにかみながら誘われた時はもう振り解く気も無かった。
毒気を抜く微笑みに無言でついて行った。
彼女が誘うのはいつだって非常階段の壁の内側。
そこが彼女の居城だった。
最初に知ったことだが、どうやら階の間にもう1フロアが隠れて建設されているらしい。
エレベーターに乗った時に意識していれば僅かにそのフロア分不自然に間が空いていることが分かるのだが、普段生活している上でそれに気付くものはまずないだろう。
実際黒咲も案内されるまではそこまで気付くことはなかった。
彼女が言うには、この非常口のロックを外せる人間はたくさんいるが、壁の内側に入れるのは赤馬の血縁者のみということである。
出入りも殆どしないそうだが、その割には黒咲は良く彼女を見かけた。
「はい、黒咲君。お待たせしました」
「…」
机の上に並べられた料理に黒咲はふとを見遣る。
エプロンを外してその視線を受け止めたはばつが悪そうにちょっとだけ俯いた。
しかし何も言わず、黒咲の前に座る。
「ずっと此処で過ごしてるから…お料理とか家事は得意なのよ。さあ、召し上がれ」
「……イタダキマス」
世間から隠す形でこの居城に押し込められているのがの現状だった。
恐らくは最初に聞いた『母親が違う』所為だろう。
零児も姉と言う割には彼女を「姉」と呼ぶことなく名前で呼んでいた。
この赤馬家での彼女の立場が何となく滲み出ている。
箸をとった黒咲は無言で彼女が並べたものを口に運ぶ。
「味は、結構自信あるんだけど…。どうかな、口に合う?」
「…美味いと思う」
「良かった…。黒咲君に褒めてもらえると、嬉しいわ」
ふんわりとした微笑みでも箸を手に取った。
普段の黒咲ならば平和惚けした女だ、とでも感想を覚えそうなものである。
しかしこの壁の内側の居城で孤独を感じながら生きている彼女が、それでもこうやって微笑むことに若干の同情性も見出してなんだったら僅かなシンパシーなんかも感じてしまって。
実際は立場を同じくしていることなど何もない。
シンパシーを感じる理由など無い筈なのに。
「…嘘を、吐いたな」
「え…」
食事を全て平らげた後で、お茶を差し出したの腕を掴み黒咲は冷たい声で言った。
「作りすぎたと言ったが…わざわざ二人分作ったんだろう」
「……ええ…そう。黒咲君に此処に来て欲しかったの」
突きつけられて尚、彼女は媚びるような声で俯いて見せる。
「…怒った…?」
「…いや。だが、今度からは嘘など吐かずに俺を呼べ」
「呼ぶ、って…」
「お前が呼ぶのなら、俺は必ず応えてやる」
腕を掴んだまま立ち上がる黒咲は、そのままにゆっくりと顔を近付ける。
「くろ、さ……」
突然の行動に名前を呼ぼうとしたの言葉が途中で途切れた。
の目が一瞬見開かれ。
やがて静かに閉じられる。
「…こういう、ことなんだろう?」
重なった唇が離れる頃、黒咲は相も変わらず普段の無表情でを見下ろしていた。
しかし黄昏と同じ色の視線は深い熱を湛えている。
恥じらうように逃げようとしたの肩を黒咲は強引に抱き寄せた。
「零児君に…バレちゃうわ…。だめよ」
「別にあいつを気にする必要などないと思うが」
「だって、私…此処を失ったら」
「その気になれば何処でだって生きていける。あいつではなく俺を選んでくれさえすれば、一生俺がお前を守る」
「やぁ、ん……黒咲、くぅん…」
「隼と呼べ」
以上が黒咲との始まりである。
「隼君、いらっしゃい」
黒咲は定期的にの居城に訪れるようになっていた。
非常口に関してはかなり簡単なやり方で開けられることをに教えられたのでその方法を実践していた。
他の非常口はセキュリティがそれなりに厳しいのだが、ここだけは零児がの為に簡素化してくれたと言うことである。
そして壁に関しては、前もって取り決めをしておくことでが自ら黒咲を招き入れていた。
が、今日は少しだけ勝手が違ったようで。
「何故此処にいる」
いつも通り非常口を訪れた黒咲を待っていたのはだった。
「待ちきれなくて…早く会いたかったの」
出会ったころと変わらない甘え上手な言葉を与えて、黒咲の腕をやんわりと取る。
ぎゅうっとその腕を抱え込むことすら天然でやってのけるから恐ろしい。
零児にはまさかこんな甘え方をしてはいないだろうなと黒咲の頭に不安が過ることもしばしばである。
「今日は何かあるのか」
招き入れられた壁の内側は、いつになく甘い匂いが漂っていた。
お菓子でも作ってくれたのだろうかと考える黒咲に、が分かりやすい形で正解を述べる。
「隼君の世界にはバレンタインデーってあった?」
「…ああ…だからこんなに甘い匂いがするのか」
「そうよ。隼君の為に私頑張ったんだから。って言ってももうちょっと冷やさないといけないんだけど…。でも待ちきれないからちょっと見てくれる?」
屈託のない無邪気な笑顔でお願いされてしまうと断るに断れない。
黒咲は無言でに頷いて見せた。
「ふふっ、こっちよ。早く」
手招きされるままキッチンへと足を踏み入れる。
普段は彼女の居城の中でもあまり縁のない場所でもある。
この部屋にいるときのは甲斐甲斐しかった。
家事を苦にしない(と、言うよりもすることが無くて自然に身についたと思われる)が何かと世話を焼いてくれる。
失った家庭と言うものの温もりを疑似的に思い出すには十分すぎるほどだった。
恋も愛も進行性の病魔に似ていると思うが、既にを手放せないくらい重症化していることは痛いほど感じる黒咲である。
「ほら、見て見て。朝から隼君のことを考えて作ったのよ」
冷蔵庫で冷やされていたのは小さめのチョコレートケーキだった。
ホールケーキでは食べきれないと踏んだのだろう、パウンドケーキ状の小振りなもの。
それでも二人で食べるなら今夜と明日の朝の分はありそうだが。
「たっぷりチョコレートも掛けたんだけどね、ちょっと溶かしすぎちゃって…。それを使って今からホットショコラ作ろうと思うんだけど、先にそれを飲むのは構わない?」
勿論是非もない。
黒咲は頷いた。
も微笑んでケーキを冷蔵庫に戻すとコンロの傍に置いてあったボウルを取り上げる。
「それは?」
「溶かしたチョコレートの残りよ。舐めてみる?あったかくて美味しいわよ」
「まるで食べたような口振りだな」
「やだ、分かる?さっきちょっとだけ舐めちゃったの」
口元を押さえながらばつが悪そうに微笑むがボウルを抱え込む。
食器棚から新しいスプーンを取り出してボウルの中に差し入れると溶けたチョコレートを掬い上げた。
「はい、隼君。あーんして?」
「……これは何だ」
「え?」
差し出されたスプーンを見た後で、黒咲はボウルに刺さったプラスチック製の棒を引っ張り上げる。
「ああ、これはスプーンじゃないの」
「二本も刺さっているが」
「嗚呼、もう隼君目聡いんだから…。チョコレートを掛けるときにゴム製のヘラを使うんだけど…、その、間違えて製菓用の刷毛を突っ込んじゃったのよ」
「…ほう」
「柄がお揃いの花の模様で可愛いと思ったから併せて買ったんだけど、余所見しながら突っ込んだら間違えちゃった」
もう、そんなところばっかり気付いて!
と、は眉を下げるが、黒咲はその言葉を聞き流しながらプラスチックの棒を更に引っ張り上げる。
「…成程。刷毛か」
「……隼君、意地悪ばっかり言ったらチョコレートあげないわよ」
失敗をつつかれていると感じたは差し出していたスプーンをボウルの中に下ろしてしまった。
しかし黒咲の頭にはもう別の目論見が出来上がっている。
が抱えているボウルをやんわりと取り上げると。
「一番美味く食べる方法を思いついた」
「…えっ…?」
普段、どちらかと言うと無表情な黒咲がすうっと目を細めてを見下ろす。
黒咲が捕食者に豹変する瞬間である。
そんなまさかと狼狽えはじめるを見て、とても満足そうに黒咲は口元に笑みを浮かべた。
「、その服を捲り上げろ」
「…な、何故…」
「良いから早くしろ。それとも俺にされたいのか」
「…」
突如として強引になる。
乱暴な仕草で彼に脱がされるのもちょっとしたご褒美に感じるが、そんなはしたないことを考えているなどと見抜かれたら死んでしまいたくなるに違いないので、はおずおずとカットソーの裾を掴んだ。
俯き加減で視線を逸らしながらも忠実に命令に従って見せる。
「これで…いい……?」
下着の中で柔らかく震える胸が黒咲の目の前で露わになる。
白い筈の肌は羞恥の現れで僅かに桜色をしていた。
それを見てさえ黒咲は顔色も変えず、無情にも首を横に振る。
「下着もだ」
「!」
びく、との体が強張った。
困ったように眉を下げて黒咲に視線を遣った後、力なく首を横に振った。
「こ、…こんな明るい場所で…なんて……」
「…」
黒咲的にはカットソーも下着も変わらないのではと思うが、抵抗されるのも悪くは無い。
恥ずかしそうに下唇を噛むの下着を下から掴み力任せに引き上げた。
ぷるんと零れ落ちたの胸が目の前で揺れる。
「きゃあっ…!」
「本当は俺にされたかったんだろう」
「えぇ…っ!?そ、そんな…そんなこと……」
ない、とも言い切れず視線を泳がせる。
本当に嘘の吐けないところが可愛くて仕方がない。
ニヤけそうになるのを堪え、黒咲は先程引っ張り上げたプラスチックの棒を手に取った。
「そのまま服を押さえていろ」
「っ、も、もしかして…隼君…」
たっぷりとチョコレートを含んだ刷毛を手にする黒咲を見て、は今から何をされるのかを理解した。
ボウルの淵で余分なチョコレートが落ちないように調節した黒咲は、その端をの体に向ける。
「や…っ、うそ、だめ、待って……」
「それは聞けない願いだな」
滑らかにそろったシリコンの毛束が掠めるように胸を撫でた。
「あぅん…っ」
ほんの僅かな刺激なのに、普段よりも感じるような気がしては甘やかな溜め息を吐きながら小さな声を漏らした。
桜色の肌にチョコレートの色が混じる。
「あ、あ、…隼、くぅ、ん……」
ぺっとりとチョコレートを塗り広げられる感覚に体がびくびく反応してしまう。
刺激を受けて敏感に膨らむ乳首を容赦なくくすぐる黒咲。
無表情で刺激を与える彼の、しかし熱烈な視線を受けながらは何度も背中や肩を震わせた。
感じてしまうのは恥ずかしいが、性感帯をさわさわと撫でられてしまうと体の制御など出来ない。
「は、っ…あ…、あぁ……」
ボウルを抱えたまま刷毛を動かす彼は、傍から見ればお菓子を作っているようにさえ見えるかもしれない。
しかし実態の黒咲は舐めるようにの反応を観察している。
カットソーを掴む手が時折ぎゅっと緊張したり。
黒咲が刷毛を動かすたびに震える胸もいやらしい。
そして恥ずかしそうにしながらも気持ち良さそうに目を細める瞬間などは堪らなくムラムラくる。
食べてしまいたいほど可愛いとはこういうことを言うのだろう。
勿論今からたっぷりと味わうつもりではあるのだが。
「…美味そうだ」
「え、っ…」
適当に動かしていた刷毛をボウルの中に突っ込んでキッチンの台へ置くと、黒咲は細いの腰を抱き寄せた。
そのままの勢いでの胸にかぶりつく。
甘いチョコレートの香りに混じって、の柔らかな肌の香りも黒咲の鼻先をくすぐった。
お菓子のそれとはまた違う。
もっと本能を刺激する、優しいのに淫靡な香り。
そそのかされるままに黒咲は舌を動かしてチョコレートを舐め取った。
「は、ぁ…っ、あぁぁ…、そんなに、舐めちゃ……」
いつもの行為の時の愛撫とは違い、執拗に肌を擦る舌のざらつきがいつもよりも感じる。
重点的に乳首を捏ね回す動きには背中をしならせた。
「はぁっ、はぁぁ…っ、しゅん、くぅ……んンっ」
腰を抱く黒咲の腕に弱々しく爪を立てる。
それに触発されたように胸を這う黒咲の舌のタッチが柔らかくなった。
「あはぁぁ…」
か細い溜め息が漏れるほど滑らかで優しい動きに変わる。
じゅわりと唾液を含ませた舌先がぬるぬると膨らんだ乳首をいやらしく刺激した。
「んっんっ…あ、隼君…、あっ、あっ…それぇ…っ」
抱き寄せた体が熱を帯びていくのを感じながら黒咲はの胸を愛撫し続ける。
明らかに反応の良くなったことに充足を覚えつつ、ちゅうううっときつく吸い上げてやった。
「ふあぁっ!」
嬌声を上げてはぎゅっと縋りつくように黒咲にしがみつく。
同時に体の奥に熱いわだかまりを感じた。
きゅうんと重苦しくを苛む。
「隼君…隼君……、胸ばっかりじゃなくて……お願い…」
ほんの少しだけ膝で黒咲の膝の辺りを強請るように擦ってみた。
するとの胸から顔を上げた黒咲はニヤリと笑う。
「俺はチョコレートを食べているだけだが」
「!…い、意地悪…っ」
何もかもを分かった上での言葉には顔を赤くした。
自分ばかり行為を意識していたような気分になる。
クックッとひとしきり喉で笑った黒咲は、ややの後にゆっくりとのスカートの中に手を滑り込ませた。
「…怒ったか?」
ご機嫌を取るように殊更優しい声色を出すから狡い。
潜り込んだ手も、やはり何かを伺うように太股の上を往復している。
好色なのに積極的じゃないなんて、狡い。
「怒ってなんか…いないわ」
「本当に?愛しいお前に拒絶されたら俺は本当に悲しい」
「…どうしてそうやって狡い言葉を思いつくの」
しおらしい顔までして。
「…」
「きゃっ…!!」
絆されかけたが気まずそうに視線を逸らした瞬間、黒咲はを抱き上げてキッチンの台の上に彼女を座らせた。
そのまま自分は彼女の足の間に体を捩じ込む。
「あ、ン…!」
ショーツの上から濡れた割れ目をなぞる指。
もうとっくに愛液が滲んでしまっているそこをやんわりと往復する。
「……」
「ひあっ…、あっ、そこだめ…っ」
敏感な突起に下着越しに触れられて、は体を硬直させた。
しかし黒咲の指先は止まらない。
膨らんだの感じる個所を布越しに刺激する。
「んぅ…っ、はぁあ、あぁぁぁ…」
もどかしい刺激に絶頂出来ないは何度も足の間の黒咲の腰を膝で挟み込んだ。
最早催促と同義ではあるが黒咲は気付かない振りで更にの突起を指で引っ掻く。
「あぁぁん…っ、それ…っ、じれったいのぉ…」
じっとり染みの広がる感覚を指で味わいながら黒咲はに顔を近づけた。
もどかしい性感に震えている唇を、自らのそれで捕らえる。
「ン、…あ、ん…」
ふざけるように軽く啄ばんでからゆっくりとかぶりついた。
小さな唇を蹂躪する気分で舌先を滑り込ませる。
「ぅ、ふ…」
ちゅるりと舌先を絡め取るとが可愛らしい溜め息を吐いた。
それすら飲み込む。
彼女の味はチョコレートよりも甘くてクセになる中毒性を孕んでいるのである。
「はぁ…はぁ…はぁあ……」
愛らしい爪先が何度も空中を浅く蹴り上げていた。
しかし決定打を与えないまま黒咲はの耳元で意地悪く囁く。
「…どうされたい」
「ああ、そんな…分かってるくせに……」
「言わなければ分からないぞ」
「意地悪…っ、……イ、かせて欲しいの…お願い、隼君…もう私、おかしくなりそう…!」
手で顔を覆いながらもはしたない懇願をして見せる。
可愛い仕草に自身も思い切り欲情するのを感じたが、それを押し殺して黒咲はのショーツに手を掛けた。
それでも抑えきれず浅くなる呼吸でゆっくりとそれを引き下ろす。
本当は今すぐにでも彼女の体を押し開いて強引に犯してしまいたいのを堪えて、脱がせた下着を床に落とした。
「はぁあ…隼君、早くぅ…」
「…そんなにも俺が欲しいか」
妖艶な声で犯されたいとせがまれて、黒咲は自身が膨らむのを感じる。
取り出した勃起はもう痛い程。
柔らかく濡れた粘膜に押し当てるだけで彼女の入口は期待に戦慄いた。
「あ、あ、あ…」
ちゅぷり…。
熱を帯びた粘膜が黒咲をゆるゆると飲み込む。
反り返る程に勃起したそれをゆっくりと押し込むと彼女の体内はそれだけでびくびくと収縮した。
「――…!!」
「ッ…、入れただけで、イっているのか…っ」
焦らされたの体は挿入の快感だけで絶頂に達していた。
波打つ体内が彼女の絶頂を黒咲に伝える。
きゅうきゅう締め付ける体内の感覚に肌が粟立つ程の快感を黒咲も味わった。
「…すごいな…絡みつく……」
体をしならせて背中を震わせる黒咲。
自分の体内で彼もまた気持ち良くなっているのだと思うとの背筋にはまた冷たい快感が走った。
「……締まる、…」
快感の籠った溜め息を吐くと軽く腰を突き上げるようにしての体内をノックする。
「はぁぁんっ、イってるのにぃ…っ、突いちゃ、あぁぁっ、だめぇえ…っ!」
「こんなに、感じているくせに…。だめな、はずがない…っ」
体をぶつけながらの足を抱え上げて、より深くまで繋がろうと試みる。
ちゅぷりと愛液を零しながら細い腰が僅かに揺らめいた。
「腰が、揺れている、ぞ…?」
動きに合わせるような途切れ途切れの黒咲の言葉が生々しくては顔を赤らめた。
「んっ…!あ、あ、っ…隼君…っ!!」
「…、…っ」
上擦った声色もの心臓を早くさせる。
視線を黒咲に向ければ、普段の冷静そうな彼ではなく本能をちらつかせた黒咲が目に入る。
余裕も何処へやら眉間に皺を寄せてやや苦しそうな彼の顔。
思わずは腕を黒咲の首に回し、縋りついていた。
愛欲の滲んだの顔が近くなる。
黒咲もの首に腕を回すと、素早くその唇を奪った。
「ンふっ…!」
唾液を絡めあいながら口内も貪りつくす。
角度を変えながら、息継ぎに逃げるを追いかけ続けた。
離れては重ねて逃げられては追いすがって。
「はぁっ、しゅん、くん…っ、んっ、んは…っ」
喘ぎの合間に繰り返される名前を呼ぶ声だけで至ってしまいそうだ。
だけどもう少しだけ…彼女の甘い体を味わいたい。
留まるという事を知らない本能が赴くままにを蹂躪していたら、弱々しくが黒咲のコートを掴む。
「隼くぅん…っ、深いの、気持ちイイ…。だから……もっと、ね…、お願い…」
「…っ、…」
潤んだ上目遣いで乞われて、如何に黒咲と言えど平静でいられよう筈もない。
込み上げてくるものをぐっと堪えての足を荒々しく抱え上げると思い切り腰を遣った。
「―っ、!はぁっ、あぁぁっ…すご、いぃ……っ」
激しい注挿に愛液がじゅぷじゅぷと音を立てて溢れてくる。
食べ物を扱う場所なのに、とかそんな理性的なことを考える余裕は全くなかった。
ただ黒咲に翻弄されるまま自ら望んだ彼の愛情を体内に受け入れるのみである。
「しゅんくん…っ、好き、っ…隼、くん…っ!!」
次第に烈しさを増していく。
「おくっ…、すご、…っ、しゅんくん、っおくまできてるぅ…っ!」
「は…っ、ああ…、、…っ」
繋がったところが蕩けそうに熱い。
きゅんきゅんと戦慄くの体内で黒咲も限界を感じ始める。
冷たい射精感がぞくぞくと背中を伝わった。
「…、っ、そろそろ…」
「ん、っ、私も…っ、もうイきそ…う…っ」
到達できる彼女の一番深いところに出したい、と本能が黒咲を駆り立てる。
抗う術もなく黒咲はの最奥を思い切り突き上げる。
瞬間、の体が硬直した。
「――っ…!!」
抱えたの足の爪先が空中を蹴り、彼女は柔らかく体をしならせて絶頂する。
「…、…っ」
びくびくと震える彼女の腰を抱き締めて黒咲も堪えていたものをたっぷりと吐き出す。
いつもこの瞬間は全てのものから解き放たれるような錯覚を起こすほど気持ちがイイ。
逢瀬が毎日ではないため、数日分を全て彼女に注いでいるからかもしれない。
収まりきらない精液が入口から溢れて床に滴った。
「…」
暫くは抱き合ったままで荒い呼吸を繰り返していたが、やがて黒咲の胸に顔を埋めていたがゆっくりと顔をあげた。
「……隼君って…もっと普通の人だと思っていたんだけど…」
「…何?」
「チョコレート…こんな風に食べちゃうような人だったのね…」
「………」
小さな唇を尖らせて、咎めるようなの言葉に黒咲は気まずそうに視線を逸らす。
ここで『だって君が可愛すぎて』とでも言うことが出来れば良かったが、生憎黒咲はそんなに器用には出来ていなかった。
「はい、隼君」
差し出されたフォークに刺さっているのはが作ったチョコレートケーキ。
腕の中に抱き締めたが黒咲にそれを食べさせてやろうと差し出している。
勿論是非もない。
無言でそれを頬張った。
「どう?」
「…美味い」
「良かった」
短い感想であるが、黒咲の口数から考えれば感想が返ってきただけで良い。
最も、今回の感想に関しては黒咲に先程の答え以外に答えがあったかどうかは疑問である。
は黒咲に背中を預けつつ、フォークで器用にケーキを切り分けた。
その中でも小振りなものを選んで突き刺すと、自分も一口それを食べる。
「このケーキはね、特別な人にだけなのよ」
「…そうか」
「お母さんが教えてくれたの。…もう、会うこともないけれど……」
「…」
死別ではない、と彼女が一度だけ口にしたことを黒咲は覚えている。
それでももう会わないと言うのであればきっとそうなのだろう。
家族と言えど有り様は様々である。
ただ、の顔を見る限りはまだ割り切れていないようにも見受けられる。
太陽に翳りが差したのを見たような気分になった黒咲は、の手からフォークを取り上げた。
「…?隼君?」
一体何をするのだろうと思っていたら、黒咲はチョコレートケーキにフォークを突き立てると、それをに差し出した。
「…俺がいる」
「!」
彼の表情は真剣そのものである。
そんな黒咲と差し出されたチョコレートケーキを交互に見て、は小さく声を出して笑った。
そして彼の手からチョコレートケーキをもう一口。
「不思議ね。チョコレートって怒りながらとか悲しみながら食べられないと思うの。きっとそれ自体が幸せで出来ているんだわ」
「…」
「隼君が傍にいれくれるなら、きっと同じように生きていけるわ。大好きよ、隼君」
手に持っていたケーキ皿を机に置いて、はゆっくりと黒咲の首に腕を回した。
幸せそうに微笑みながら唇を重ねてくる。
仄かなチョコレートの香り。
確かにそれは幸せで出来ているのだろうと感じながら、黒咲もの細い腰をきつく抱きしめた。
終
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黒咲隼君でバレンタインでした!
珍しく夢主側がちょっと気弱め。
本当はいつも通りの夢主で書こうとしてたんですけど(没見れば分かるとおりです)…。
一番下のオマケの感じにしたくてこんな風になりました。
毎度どっちかって言うとラブシーン書きたいだけでイベントは結構そっちのけですが^^;
楽しんでお読みいただけていたら幸いです。
今回はツイッターでお世話になっている依代ちゃんと書かせてもらいました。
呟きにソッコー食いつくっていう釣られまくり女です。
でも隼君楽しかったのおおお…ホント、いつもありがとうございます…!
良かったらまた何か是非^^!
さて、以下は蛇足のオマケでございます。
もしかしたら波風が立つかもしれない、立たないかもしれない。
そんな赤馬家を妄想しながら締めて頂ければと思います。
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「…」
赤馬零児は机の上のチョコレートを睨みつけていた。
零羅はそれを不思議そうに見つめている。
「…兄様、どうしたの…?」
「……これは姉さんから貰ったものだ」
零児は零羅の前でのみを姉と呼ぶ。
本当は普段からそう呼んで然るべきとは分かっているが、彼女の母親は……。
別に日美香が零児に何を強制したわけでもない。
そして例えを姉と呼んだといって日美香が表立って零児を咎める事もないはずだ。
しかし何となく彼女を姉と呼べないままに零児は零羅の前でだけ彼女を姉と呼んだ。
「うん。僕も同じもの、貰ったよ」
「…そうか」
やはり。
去年まで零児はが個別に作ってくれたパウンドケーキ型のものを彼女の部屋で一緒に食べていた。
『零児君には、特別よ』
一年前の事であるが微笑む姉の表情を昨日の事のように思い出せる。
あれは零児だけのものだったのに。
彼女はきっと今年もあのケーキを作っているはずだ。
恐らくは、元々会わせるつもりもなかったあの男に食べさせる為に。
孤独な彼女の気休めにでもなろうかと小鳥を与えただけのつもりが。
「…」
零児はもう一度、机の上のチョコレートを睨みつけた。
===================
以上です!
ありがとうございました!!