バレンタイン-遊星


可愛いあの子からのチョコレートが欲しい。
どうしても。
「…
「何ー?」
「チョコレートが欲しい」
「……それを言っちゃうアナタに男性のプライド感じないけど、アナタはそれでいいの?」
はぁ、と溜め息を吐くに遊星は腕を伸ばす。
緩く腰を抱き締めると、自分の胸の中へ抱き寄せた。
「ちょ、何するの…!」
「チョコレートが無いならでもいい」
「さりげなく既成事実作ろうとしてるんじゃないわよ!」
遊星に求愛され続けてもう何年になるだろうか。
何となく絆されている自分を感じるけれど、今一つ受け入れるタイミングを見失っているである。
「まあ、チョコレートくらいなら別に良いけど」
「…本当か?」
途端に遊星の表情が明るくなったのが分かる。
表情に乏しい遊星だが、付きまとわれているうちに見分けが付くようになってしまった。
の一挙一動に一喜一憂する遊星を可愛らしく思うことも勿論ある。
だけど、その気持ちが恋愛なのか親愛なのかがもう分からない。
「買い置きあるしね」
は立ち上がると冷蔵庫の中から市販のお菓子を取り出した。
元々はが食べようと買っておいたものである。
「はい。あげる」
差し出されたチョコレートを受け取った遊星はそれでも本当に嬉しそうでは多少罪悪感を感じた。
よくよく考えてみれば遊星にこの時期チョコレートをあげるなんて初めてのことではないだろうか。
「…勿体無くて食べられないかもしれない」
「大袈裟ね……」
だけど、そんなに喜んでくれるならもうちょっとちゃんとしたものをあげれば良かったかも…とも思ってしまう。
ひとしきりそれを眺めた後、遊星は珍しく言葉を探しながらに声を掛けた。
「その、実は…俺も、にチョコレートを用意したんだ…」
「俺『も』っていうのは語弊があると思うわ」
別に請われなければはお菓子を遊星に譲りはしなかっただろう。
しかしの突っ込みはそのままに、遊星は綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
「受け取って、くれるか?」
おずおずと差し出されるその箱はきちっとリボンまで掛けられているが、既製品の雰囲気がまるでない。
恐らく遊星が包装したのだろう。
相変わらず器用だなぁと思う一方で、受け取ることは非常に躊躇われた。
だってそれを受け取ってしまったら…。
「…ズルい、遊星。こんなの受け取ることも断ることも出来ないじゃない」
「他意はないつもりなんだが…お菓子を貰ったと思えばいい」
「そんな簡単じゃないよ!バレンタインの本命って結構女の子には重要なの!」
性差の隔たりを感じつつは葛藤する。
確かにこれを受け取ることに『イエス』の意味合いはないかもしれない。
遊星の言う通りお菓子を貰う感覚でも間違いではないはずで。
だけど、イベントの内容や意味合いを知っており、どちらかと言えば積極的に参加してきた側としては軽々しく遊星のこれを受け取ってはいけない気がする。
「………、っ、わかった!もう降参します!!どうもありがとう!!!」
半ば自棄も孕んだ口調では遊星の手から箱を取り上げた。
それはもう、ひったくるかのように。
「…不束者ですが、受け取ったからには今日から宜しくお願いします」
頬を赤らめて照れ隠しをするようには居住まいを正した上でぺこっとお辞儀をして見せた。
遊星はそれをきょとんと見つめる。
「え?」
「え?」
「いや、えっと…良い、のか?その…色々と…」
「ん、もう良いの。色々と」
僅かに諦めたかのようで、それでいてほっとしたようなの微笑み。
チョコレートを受け取って貰った事も嬉しいが、それよりもの色良い返事に遊星は本当に嬉しくなった。
好きで好きで大好きだったが自分を選んでくれたということが信じられないほど。
大切に愛そうと遊星は密かに決意したけれど。
「ね、遊星。とりあえずデートがてらチョコレート買いに行こうか」
「俺はあれで全然構わないが…」
「でも、やっぱほら…本命になったしさ。チョコレート渡して遊星に好きって言いたいでしょ?」
「!」
遊星の決意など知らないの、はにかんで言った『好き』という言葉。
大好きなが言ってくれたのだと思うと眩暈を感じるほど嬉しくて。
思わず遊星はをきつく抱き締めて唇を重ねていた。