バレンタイン-クロウ


今朝方チョコレートを作るための材料を持ってがガレージに駆け込んできた。
曰く、
「チョコレート作るの手伝って!」
とのことである。
その場にいたのはクロウと遊星だったが、クロウに言っていることは明白だった。
そもそも遊星はそんなに料理が得意ではないので。
しかし、そんな遊星の料理がとても素晴らしく思えるほどにの料理へのセンスと勘は酷かった。
長い付き合いの中でそれを怖いほど知っている遊星とクロウ。(ついでに言えばここにいないジャックもそれを知っている)
もしかしたら自分達の口にも入るかもしれないそれを一人に作らせるのは絶対に避けたい。
なのでの要求をクロウは二つ返事で引き受けた。
最悪クロウが手伝えないなら絶対に自分が手伝おうと決めていた遊星はクロウが引き受けたのでほっとする。
「えへへ、良かったぁ。本命に渡すものだから失敗したくなかったんだ」
ちょっと頬を赤くして言ったの『本命』という言葉。
遊星はほんの少しだけ驚いたが、クロウはもっと驚いた。
「本命って、お前好きな奴いたのか?」
「やっだ、もー!はっきり言わないでよぉ…」
普段から勝気で明るい性格のが恥ずかしそうに俯くのはなかなか珍しい。
そんなを見せられてクロウは内心穏やかではいられなくなる。
何を隠そうクロウはずっとが好きだった。
友達以上なこの幼馴染という関係の居心地の良さにずっとひた隠しにしてきたが、まさかがそこから飛び立とうとしているとは思いもよらなかった。
しかし引き受けたなら責任を持たねばならないだろう。
何処の誰とも知れない男の為に尽力せねばならないのかと思うと虚しいけれどが悲しむ顔を見るのは嫌だから全力で手伝ってやろうとクロウは決めた。
「ははっ、じゃあさっさとやろうぜ!持って行かなきゃいけねぇだろ?」
笑ってをキッチンに促す。
しかし、ちゃんと笑えているかはクロウ自身少し疑問だった。



程なくしてガレージ内には甘い匂いと…。

「きゃあっ、クロウ、待って待って!」

「だから!ちゃんと持っとけって言っただろ!」

「あれ?泡立ってきたかも…!?」

「うわ馬鹿、鍋上げろ!分離しちまう!!あー、もう貸せっ!」

…怒号と悲鳴がない交ぜになっていた。
「…あいつら、ものすごくやかましいな」
「楽しそうじゃないか?」
普段どおりの遊星とは違い階段の上を見上げたジャックは渋い顔をするが、しばらくするとその声も収まった。
「静かになったな…そろそろ終わるということか…。出来上がりを見るのがかなり怖い」
「…俺もだ」
「食えるものが出来上がっていればいいが」
「そうだな…」
ジャックと遊星の心配とは裏腹に、出来上がったトリュフチョコレートは奇跡的な出来栄えで綺麗に箱に収められて机の上に鎮座していた。
「はぁぁあ!出来たー!出来たあぁぁ…っ!!クロウ、ありがとう!!」
「おお、良かったな…。…もう二度とやりたくねぇ」
疲れきった声で机に突っ伏すクロウは達成感と自己嫌悪感を同時に味わっていた。
料理音痴と調理などするものではない。
来年からは『買え』とアドバイスしようと心に決めていた。
箱に収められたチョコレートに蓋をして、は一緒に用意したのであろうリボンを掛ける。
そして。
「…手伝ってくれて、本当にありがとうね」
「おう」
殊勝なの声に誘発されるようにクロウは体を起こした。
目の前のは大事そうに出来上がったチョコレートを手に持っている。
その照れたような幸せそうな顔にクロウは切なくなった。
ああ、何処の誰とも知らない男に渡されるであろうその箱。
やっぱり手伝うんじゃなかったかな、とか、でも壊滅的なチョコレートを渡した所為でが振られるのも可哀想だよな、とか。
そんな複雑な気分がクロウを襲った。
「…あの、あのね」
「どしたよ」
頬を赤らめながら言葉を探すにクロウは急かすかのように答えた。
そうしたら、短い逡巡の後にはその箱をおずおずとクロウに差し出したのである。
「…あたし、ずっとクロウが好きでした。これ、受け取ってくれる…?」
「……マジか」
「うん。マジよ」
「…」
真剣な表情のの手から無言でチョコレートを取り上げるクロウ。
「俺…俺に嫉妬してたのかよ」
呟く自嘲の言葉はには届かない。
首を傾げてクロウに聞き返す。
「え?なぁに?」
「いや…俺もが好きだって言ったんだよ」
「…!」
「だからすっげぇ嬉しい。さんきゅ、な」
照れたように笑うクロウにも微笑みかけた。
しかしそれならば…とクロウはを真剣な眼差しで見つめて一言付け加えた。
「来年からは俺がチョコレート作ってやっから、お前は食べる専門で頼む」
「え?何で?また一緒に作ろうよ」
「絶対嫌だ!」