バレンタイン-ジャック


※愛してくれ、LADYの芸能人ヒロインです。



「まぁ、こんなことではないかと思ってはいたがな」
「ごめーん!ホント最近忙しくてすっかり今日だって忘れてたの…!」
「構わん。そら」
ぽん、と放り投げられたものをあわあわとキャッチする。
それは箱の上に写真がプリントされた…?
「きゃぁぁっ、な、なんでコレをジャックがっ…!?」
「忘れていそうだと思ったから俺がチョコレートを用意してやったんだ。喜ぶがいい」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
が無名のアイドル時代に販促で作成された非売品のチョコレートである。
当時のメンバーと一緒に手でハートマーク作ったりして、とにかく見るに耐えない写真がプリントされているそれは既に入手など出来ないはずなのに。
「何年前のよ…!賞味期限とっくに切れてるわよ!」
「だろうな。だから中身は取り替えておいた」
「そこまで手間暇掛けて…!」
どちらかと言えば几帳面なくせに面倒くさがりなジャックがこういう時だけ嬉々として時間を費やすからタチが悪い。
見ているのも恥ずかしすぎるので鞄の中に押し込んだ。
もう誰にも見られたくは無い。
「忘れてたのは悪かったと思ってるの。だから今から一緒にチョコレートを買いに行きましょう」
「俺が贈ったそれを食えばいいと思うが」
「見るのも嫌よ」
くっくっと喉で笑いながら鞄を指さすジャックを睨みその腕を取った。
こうやって並んで歩くと、とにかく目立つ二人である。
向けられる視線は好奇かそれとも羨望か。
「お前は目立つな」
「ジャックでしょ」
お互い様であることに違いはなさそうだった。
ところでバレンタイン当日も催事コーナーというものは賑わっている。
もう少し早めに用意すればこんなに混雑した店内を歩き回らなくても良いのに、と思うが、自身が当日までチョコレートのことを忘れていたので口には出せない。
「…見ているだけで疲れるな」
女性ばかりが群がる催事場をみてジャックが顔を顰めた。
確かに此処にジャックを連れて乗り込んでいくのは少し申し訳ない。
「じゃあ、ジャックちょっとだけ待っててくれる?実はもう何を買うかはある程度決めてるから」
「…ああ。階下の店で待っている」
「えへへ、ほんと、ごめんネ」
ジャックが踵を返すのを見送っては戦場に駆け出した。


「あの…」
窓際で外を眺めながらコーヒーを飲んでいたら声を掛けられた。
気付けば少女が複数人、ジャックを囲んでいた。
そんなことよりが戻ってくる瞬間のことばかり考えていたのだと気付かされ、我ながら苦笑ものだと思った。
彼女たちの姿に栄光の残滓を感じなくもないが、それは今のジャックにとって然程歓迎すべき事象でもない。
「何の用だ」
聞かずとも、彼女たちが大事そうに抱えているものが全ての答えであろう。
そこまで鈍感ではない。
一番前に立った少女が代表するかのようにそれをおずおずとジャックに差し出した。
「ずーっとファンだったんです。今でも大好きです。これ、あの…受け取ってもらえませんか」
催事場でと離れた後の姿でも見かけたのだろうと思った。
それともこの店に入っていくところでも見たのだろうか。
とにかく上で買って来たのだろうということは推測に難くない。
「…」
やれやれ、とジャックは思う。
時折こうやって声を掛けてくれる人間がいるというのは喜ばしいことなのか、それとも煩わしいことなのか。
どちらにせよ無碍に扱うのも気は引けるが受け取る気が起こらないのだから仕方が無い。
しかしそこに救いの手が差し伸べられたことにジャックは気付く。
「…悪いが」
しなやかな仕草でジャックは立ち上がった。
座っていたからこそ視線の高さは同じであったが、立ち上がれば圧倒的にジャックの方が背が高い。
自分を見上げる視線を感じつつ、ジャックは眩しそうな表情で彼女たちの後方へ視線を投げた。
倣うかのように彼女たちも振り返る。
「あいつ以外からの気持ちは不要だ」
少し離れた場所で所在なさげに立つに向かってジャックは足を進める。
何かを振り払うかのように近づいてくるジャックを見ては視線を泳がせた。
少女たちの視線も突き刺さる。
「もっと良い男がいる。大勢を振り切ってお前だけを選ぶような男が」
「!」
すれ違いざまのジャックの言葉に弾かれたような表情をする少女達。
いつも通り颯爽と近づいてくるジャックに戸惑いながら、ジャックが何を言ったのか聞えないは戸惑いながらジャックと彼女たちを交互に見ていた。
傍に来たジャックを見上げて困ったような表情を浮かべた。
「…ジャック、良かったの?ファンの子たちなんでしょう?」
しかしジャックは答えずに、ただの持つ紙袋を取り上げる。
「あ、…」
「俺にだろう?貰っておく」
「う、うん…」
受け取ったジャックは僅かに意地悪く微笑んで体を屈めた。
「えっ…!」
が声を飲み込んだのと、ジャックの唇がに触れたのと、そして少女達の黄色い声が上がったのは同時だった。