トーマス君の日


「知ってたか?明日俺の日なんだぜ」
「ふーん。ナンバリング兄弟の中でそんなこと言ってるのアンタだけなんだからね」
「変な纏め方すンじゃねぇよ!!!」




トーマス君の日





3/3も5/5も彼らが何かを言ってくることはなかった。
だけどそれはきっとWが彼らと違って有名人ということもあると思う。
二人が特に気にしないのはWのようにTVで特集を組まれたり、記念のファンイベントがあったりしないからだろう。
…そう、Wにはそれがあるんですよ。
世間って本当にいつでもネタ不足なのね。
「なんか祝えよ」
「ハァ?誕生日でもないくせに何祝うってのよ」
「俺記念日だろ?」
「何か…心底気持ち悪いんだけど。っていうかアンタ、イベントあるんでしょ?来場の女の子たちに祝われてきなさいよ。ワケ分かんない記念日だけど」
自意識過剰すぎてホント腹立たしい。
女が皆Wの顔に騙されると思ったら大間違いである、といった気分だった。
そもそも上辺だけのWにきゃあきゃあ言っている女の気が知れない。
まあ隠されている事だから彼女たちが知る由もないのだが、知った瞬間に卒倒するだろうなとさえ思える。
こんなWを彼女たちの心はきっと許さないだろうから。
「来場の女は、まあそれはそれとしてだな」
「それとしてってもうそれだけで十分でしょ。握手会あるって聞いたわよ。女の子の手ェ握り放題じゃないの」
「おいおい、お前は料理の匂いだけで食ったって言えるか?」
「へ?何いきなり」
「つまりだな、揉めもしなけりゃ気持ちよくもならねぇ握手だけで満足できるかって痛ェ!」
「下品禁止!!!アンタほんとサイッテー!!!」
思い切り頬を抓ってやったら『顔は、顔は止めろ、止めてくれ…!』という事らしい。
どこまでアイドル気取るんだろうと思いつつ、今日のイベントの事を思い遣って放してやった。
「俺の顔抓る女なんかお前くらいだぜ…」
「あっそう」
本性知ったら色んな女の子がWの頬を抓りたがる筈だと思う。(そしてそれが彼にとってのご褒美かもしれないと思うと更に嫌だ)
でもいつから彼はこんな風になってしまったんだっけ。
大きな傷がWの顔には残っているが、その時は全然ケロリとしていた。
寧ろ女の子を庇って出来た名誉の傷とか何とか…あれっ、だからケロっとしてたわけ!?
「なー、お前も今日のイベント来いよ。俺ちゃんとお前のために特別席を確保してやったんだぜ」
「いらない頼んでない」
「まあ見ろ。ほら、ずっと俺と一緒だ」
ずっと一緒…?
そんな馬鹿な。
彼は来場の女の子へのファンサービスで忙しくてそれどころじゃないはず…。
でもWの示すチケットを好奇心で覗き込んだ。
待ってこれWの手書きっぽい。
「っていうか!何よこれ…コンパニオン…?」
「俺の真後ろで際どい衣装着て立ってるだけで良痛ェ!!」
「嫌に決まってるでしょ!!」
ばっかじゃないの!
ばっかじゃないの!!!!!!
「何が悲しくて好きな男の子が女の子の手をとっかえひっかえ握るところをにこにこしながら見てなきゃいけないのよっ!!!!」
「…へーぇ」
あたしに頬を抓られたままにやっと笑った。
しまった…。
あんまり腹立たしくてあたしってば余計な事まで言っちゃった。
「好きな男の子…ねぇ?」
「うっ…つ、抓られたまま凄んでも迫力なんかないからっ」
実際変な顔してるんだけど、逆にちょっと怖い。
にやにやするWはあたしの手首を掴んで無理矢理引き剥がす。
「あークソ、痛ェな。加減しろよ、顔は止めろって言ったばっかだしよ」
「あ、アンタがつまんないこと言うからでしょ…」
じっと覗き込まれて頬が熱くなるのを感じた。
ものすごくばつが悪い。
あたしは視線を逸らす。
「何だよ、降参か?」
「勝ち負けなんか…決めてないし……」
「ふーん」
お構い無しでWは顔を近づけて来るんですけど…っ!?
「ちょ、近い近い!」
「いいから黙れ」
「やだ、何…っ、!」
掴んだ手首に力が篭った。
引き寄せられてるわけでもないけど振り解けもしないまま、Wの唇があたしの頬に触れる。
くすぐったい感触と淡いWの吐息を感じてびくっと体を震わせる。
く、唇にキスされるかと思っ…!
「んんぅっ…!?」
何だ、ほっぺたか…ってちょっと油断した隙に腕を引っ張られた。
きつい抱擁と今度こそ唇にWの感触がっ…!!
ぷにゅって唇であたしの唇啄ばむの。
やだ嘘やめて。
「やっ、離して…!」
力強いWの腕の中であたしは心臓が早くなりすぎてどうにかなるんじゃないかと思った。
体温が一気に駆け上がってく。
うっとりとした気分を引き起こされながらWに何度もキスを繰り返された。
くぅう…意味わかんないくらい気持ちいいよぉ…。
気付けばあたしは床の上でWを見上げる姿勢だった。
ちょっと待って。
これはダメ。
絶対ダメ!
「捌け口ならそれこそイベント会場にたくさん居るでしょう!?」
「何言ってる。俺は童貞だ」
「…は……?」
「初めてはお前とって決めてンだぜ。お前が良いなら今すぐにでも…」
Wの大きな手が服の上からあたしの胸をやんわり覆った。
揉みしだくんじゃなくて撫で回す感じでぎこちなく触ってる。
「良くないし…っ!!離して…!」
「何だよ、何で抵抗するんだ?俺が好きなんだろ?」
浅い呼吸で余裕のない表情であたしを見るW。
何よ…そんな切なそうな顔しないでよ。
お腹の中がきゅうううって苦しくなる。
「あ、あたしはWが好きだけど…Wの気持ち聞いてないもん…!好奇心だけのWにこんなことされたくない!」
あたしとお人形遊びばっかりしてた頃のWと全然変わってない。
いつも彼はあたしのお人形を取り上げて飽きたら放り出してた。
「お前なァ。この俺様がこんなにも執着して付き纏う女なんかお前だけなんだ。それで分かるだろ」
「分かんない!言わないなんて狡いこと許さないから!」
気持ちよくあたしで童貞捨てた後、色んなものをあたしの中に残したままで離れていくなんてそんな残酷な遊びに付き合いたくない。
興味に流されそうになるのを必死に堪えながらあたしは全力でWの胸を押し返した。
目の前のWは二度三度視線を彷徨わせた後、はぁっと溜め息を吐く。
「…
「…何」
「……俺は、お前が好きだ。ガキのころから、ずっと、お前だけだ…」
そっぽ向いて唇尖らせたままの告白。
ほんと素直じゃないんだから。
でも照れた風のWなんかほんと久しぶりに見たかもしれない…。
男の子って子供っぽくて意地っ張りなくせにこういうところが可愛くて、本当に得だなって思う。
「俺にここまで言わせてヤらせねぇとか有り得ねーぞ!……良いよな…?」
「…」
最後の懇願もやっぱり狡い。
あたしの若い体はWと未知の領域に踏み込みたくて仕方がないって訴えてた。
その体温を直に感じてWと抱き合ってみたいって、爪先が震えるほどに欲情を感じてた。
でも。
「…ダメ」
「おい!」
「時間…ないもの」
時計を指すあたしに合わせてWが振り返る。
Wはプロだからそれを見て物凄く悔しそうにあたしの上から降りた。
うん、あたしも結構残念よ。
そう思ってることは教えてあげないけど。
「…ま、とりあえず決まったな」
「何が…?」
「今日のイベントで婚約発表だ。式はマスコミ落ち着いてから海外で挙げてそのまま新婚旅行行くぞ」
「ハァア!?」
待って勝手に決めないで!!
あたしの平穏な日々が急転直下じゃないのよー!!!
「趣味と実益兼ねて女の相手してきたけどやっぱ一番好きな女にファンサービスしねぇとな!」
快活に言ってのけるW…。
ううううそんなこと言われるとNOを突きつけられないじゃないの…。




「あーでも今日で握り納めか…これからはこういうイベント控えねぇといけねぇからありがたく味わってくるか…」

「もー!!!!やっぱサイテー!!!!」

すごい残念そうな声でした。
本気で残念がっていたんだと思います。