課外授業


その日、龍亞君はたった一人で現れた。






姉ちゃん…勉強教えてくれる?」
夏休みも中盤でまだ日にちはいっぱいあったから、悪いけどとても意外だった。
彼はどう見てもギリギリまで宿題やらないイメージがあるわよね。
あたしだけじゃないはず。
「宿題?良いよ、あたしも丁度自分のやってたから」
「ホント?ありがと!」
ぱあっと顔を明るくした龍亞君を部屋に上げる。
誰かがいると気が散って勉強できない人もいるかもしれないけど、彼に教えながら合間に進めるのは何だか凄くはかどった。
それは普段と違って龍亞君の言葉が少なかったからに他ならない。
「…龍亞君、何かあったの?」
「えっ…?」
「今日は大人しいというか…元気ない感じ、だから…。一人で来たのも気になってたの。龍可ちゃんと喧嘩でもした?」
しばらく経った頃、ふつふつと気になってきて思い切って聞いてみた。
2人で暮らしてるのに喧嘩したとなったら生活に支障が出そうだし…。
「…そうじゃ、ないんだけど…」
急に龍亞君の声のトーンが暗くなった。
しまった、あたしの質問は地雷だったのかもしれない…。
「あ、ごめんね。言いにくいなら無理に言わなくても良いんだよ…?」
「…」
あぁん、黙っちゃった…。
泣かせちゃったらどうしようとはらはらしながらあたしも黙って龍亞君の言葉を待つ。
「……俺…ホントは勉強以外に姉ちゃんにお願いがあって来たんだ…」
「お願い?」
予想だにしない返答が返ってきた。
でも随分深刻そう…。
カードとかデュエルのことだったら悪いけど遊星達ほど応えられる自信が無いんだけど…。
龍亞君はそわそわと落ち着かない感じで視線を泳がしたりしてる。
やっぱり言いにくいこと…?
「龍亞君、それって内緒のお願いなのかな?」
「え…」
「誰にも聞かれたくないなら絶対に誰にも言わないよ。何か悩んでいるのよね?」
いつも明るい龍亞君があたしの前でこんなに元気のない顔をするのは初めてのことだ。
「…悩んでる…、とはちょっと違うんだけど…本当に内緒にしてくれる?」
そう言って上目遣いであたしに媚びるような顔をするの。
う、可愛い。
普段が結構やんちゃな泣き虫君だったりするだけに、甘えた視線はすごく可愛い。
将来有望だわね。
「勿論よ」
「…じゃあ、じゃあ…姉ちゃん…!!」
ばっと龍亞君が顔を上げた。
その顔は上気していてほんのりと赤く染まっている。
これはよっぽどのお願いかも…と思ってあたしも心持ち居住まいを正した。
そうしたら。

「俺…、俺…!姉ちゃんが好きなんだ!」

え。

「だから、俺が大人になるまで待ってて!」

ええ。

「あ、あと5年くらい…!お願い!!」

えええっ!!!
ほっぺたを真っ赤にしてあたしにはっきりと言い放つ龍亞君…。
ちょっと待って…ちょっと待って!
「ちょ、ちょっと待って…!な、何で急にそんな」
「急にじゃないよ…!俺、初めて会った時から姉ちゃんのこと好きだったんだ…」
俯き加減だけどしっかりとあたしにそう告げて龍亞君は口を噤んだ。
「す、好きって…」
「……やっぱり…俺じゃダメ…?姉ちゃんって、やっぱり遊星が好きなの?」
「何でそこで遊星の名前が出てくるのよ」
「だって…いつも遊星と一番仲良いし…」
それは遊星がいつも家にいるからで、ジャックはあんまり部屋から出てこないし、クロウは外で働いてるからなんだけど…。
「あのね…あたしは遊星とは友達なだけで何にもないの。勿論ジャックとクロウともだけど、皆普通の仲間よ」
「…俺も…普通の仲間…?」
うっ。
またそのちょっと恥ずかしそうな上目遣い…。
龍亞君、それは反則と言うものよ…!!
潤んだ目で見ないで…。
可愛くなってきちゃうじゃない。
「俺、俺…まだ全然子供だけど…遊星とかジャックみたいに強くないけど…」
「…」
「でも…でも、俺が姉ちゃんを守りたいんだ…!」
「!」
決意を秘めた瞳は美しい。
嗚呼、男の子の強がりってどうしてこんなにときめくの。
「龍亞君が…あたしのこと、守ってくれるの?」
「うん!絶対…姉ちゃんを守る時は遊星にも負けない…!」
「……そこまで、言ってくれるの…」
あたしはふつふつと込み上げるいけない気分が誘うままに龍亞君との距離を詰めた。
心臓が早くなる。
呼吸も浅くなっているかもしれない。
でも、獲物に荒くなった呼吸音に気付かれてはいけない獣のようにあたしは息を飲み込んだ。
「なら…龍亞君…。誰にも内緒の約束…しよっか」
「…約束、?」
「そう…、二人だけの」
心の中で舌なめずりするあたしは龍亞君にはどう映ったんだろう。
豹変していく心の中を押し殺して、あたしは立ち上がりベッドに座った。
「龍亞君、こっちに来て」
そして手招きをして見せる。
出来るだけの笑顔を心がけたけれど…その自信が無い。
何かを察したのか、龍亞君は顔を赤くして視線を泳がせる。
だけどおずおずと立ち上がってあたしの隣に座った。
「そこじゃないわ」
「え?」
「膝の上に、向かい合わせに座るのよ?」
努めて事も無げに微笑んだつもりだったけど、ちょっとだけ上擦った声を隠し切れない。
あたしの要求に更に頬を赤くして体を硬直させる龍亞君が可愛くて仕方なくて。
本当は今すぐにでもベッドの上で彼に跨っても良かったけど、怖がらせたくないからぐっと堪えた。
「ででででも…っ」
「いいから…さあ、来て」
一瞬以上の躊躇の後、龍亞君は遠慮がちに行動を起こした。
あたしの膝の上を恐る恐る跨いで、控え目に腰を下ろす。
それはもう落ちるんじゃないのってくらい体の距離を離して座ったんだけど、それをあたしが許すはずがないわよね。
「…いい子。でも、もっとこっちに…ね?」
「うわぁっ…」
龍亞君の腕を強引に引っ張って、倒れこんでくる彼の体を胸で受け止める。
「っ、姉ちゃん…!?」
そして柔らかな感触に驚いて体を離そうとするところを逃がさないように抱き締めるの。
「怖くないわ。…龍亞君のさっきのお願い、きいてあげる」
「…え?」
「あたし、龍亞君が大人になるまで待ってるわ。でも、龍亞君が大人になったら…絶対あたしをお嫁さんにしてね」
「!」
「約束、ね?」
驚いた顔の龍亞君が返事をする前にあたしは彼の唇を奪った。
一瞬くぐもった声が漏れて、体を硬直させた龍亞君だったけど抵抗らしい抵抗も無く受け入れてくれて。
沸き立つ感情を必死で堪えたの…。






でも…本当にこれでお終い?



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間に合ったカナ?
龍亞君、龍可ちゃんお誕生日おめでとう!
龍可ちゃんは何もなしでごめんね!
っていうかお誕生日ネタじゃなくてごめんね!←