密室にも愛はあるらしい 1


※ルークが翔悟に出会う前設定
※男装ヒロイン





「出張所を作るんだってさ」
レナードから言われた言葉にルークは目を瞬かせた。
「これから忙しくなりそうだ」
心なしか声を弾ませるレナードは、ルークの困惑など知る由もない。
「出張所…とは」
「そのままの意味だよ。ドラゴンボーン争奪戦は激化しているだろう?運よく我々が発見できれば問題はないけど、彼らに先に発見されたらいきなりチェックメイトだ」
要と言われるドラゴンボーンの出現は現在一部の地球人と一部のネポスの民がお互いに待ち望んでいる事柄であった。
片やそれを得ようとし、片やそれを破壊したい。
相反する平行線を辿るしかない二つの種族が相容れることはないのであろう。
ドラゴンボーン探しはルークに課せられた任務のようなものになりつつある。
「君は世界中を飛び回るのに忙しいし、君から仲間を奪うわけにもいかないのは分かるね?」
「…勿論」
既にルークが発掘した人材は二人。
諸手を挙げて仲間になったわけではないが、ある程度自身との折り合いもつけてくれたことにルークは少なからず感謝している。
防衛も楽になった…と、思ったら敵の方に増援があったりして、やはり手一杯ではある。
しかし孤独でないことはルークを更に強くした。
独りでは不可能であったことも仲間がいることで選択肢の幅が広がった。
既に仲間の存在はルークにとって不可欠なものになりつつある。
よって今、『新しい防衛拠点を作るからファイターを寄越せ』などと言われたらちょっと相手の胸倉を掴んでしまうかもしれない。
レナード相手なら罪悪感なしに、気持ち良く、遠慮なくそれを行える気がする。
「私から仲間を奪うつもりは無いと?」
「ああ。その点は安心していいよ。既に人選も済んでいるんだ。世界中を巡っている君だから、いつかは出会うかもしれないね。えーっと、彼は何て言ったかな…」








――「では、。後は頼む」
「は、はい!!お疲れ様でした!」
びしっと姿勢を正すに微笑みを向けた研究員は、そのまま出て行った。
此処は地球の某所。
機密上場所を明かすことは出来ないが、ともかく地球上の何処かである。
その某所に建造された縮小版の研究室、別名『出張所』だった。
ざっくりと計測機器や機材はある程度揃えられているが、にはデータの収集も兼ねて防衛を任されている。
よってこの『出張所』を守るための装置は全て撤去されていた。
大切なデータはこちら側からは取り出せないことになっている。
どちらかというと主にデータの送信が目的だった。
とは言え、東尾が所長を務める研究所が24時間態勢でモニターしてくれているのである程度のサポートは受けられる筈だった。
それだけではない。
出がけに東尾がこう言ったのをははっきりと記憶している。

『君はちょっと特殊だからねぇ。二人ほど、助っ人をよんどいてあげるから』

普段から飄々として掴みどころのない、年中二日酔い男だが嘘を吐く人間ではなかった。
その口ぶりから、他の出張所にはこんな優遇措置はないのであろう。
特殊、という言葉の意味も理解できるのでありがたく受け取っておくことにする。
それにまだ全部の準備が整ったわけではない。
日夜戦っているファイターの戦闘データは常に更新されており、それをここの機材に入力するのはのメインの仕事でもあった。
と、いうかそれがこの出張所を防衛する要のシステムでもある。
加えて会ったこともないファイター(それも少年と聞く)だが、危険な実戦で得てくれた貴重な情報を無駄には出来ない。
「じゃあ、初日の仕事やっちゃうか…」
残されたが独り呟く。
そう、ここは被害を最小限に抑えるためにのみが配属されているのである。
東尾の言うところの『助っ人』は研究員としての仕事は出来ないそうだ。
漠然とファイターが来てくれるのカナ…とか、ちょっとうきうきしていた。
だって実はまだはボーンに適合したファイターに会ったことがない。
データだけなら何度も見たけれど実物を見るのが初めてであれば、やっぱりそこは期待しちゃうじゃないか。
「頼んだらボーン着装して見せてくれるかなぁ…」
「馬鹿か。タダでンなことするか」
「馬鹿だな。俺達が疲れるだけだ」
独り言に返答があってはびくっと身を竦ませる。
慌てて振り返るとそこにはおよそ研究員とは思えない出で立ちの男が二人立っていた。
「よォ。お前がか」
髭面の方がなんか物凄い軽い感じで声を掛けてくる。
待ってもしかして。
これが。
東尾所長の言っていた…助っ人…?
あの、いきなり馬鹿って言われたんですけど。
「東尾とはつまんねぇ縁があってよォ。ま、短い間だろーけど宜しく頼むぜ」
「よ、宜しくって……。え、あの、もしかして貴方たちが…僕を…あの、手伝ってくれる人…ですか…?」
心の底から否定して欲しい気分では問いかけた。
だが、無情にも眼帯男が僅かに頷き。
「手伝うっつーか、危なくなったら手ぇ貸してやるだけだぜ。そーいう契約だ」
「…」
髭面の方が最後通告をに言い渡したのである。





「…ちょっと期待したあたしの馬鹿…」
そもそも年中二日酔いの男に何かを期待した自分が馬鹿だった。
湯気の立ち上る浴室では深くて深い溜め息を吐く。
湯船の中の自分を見下ろして、更にもう一度同じことを繰り返した。
嫌なことがあった時はゆっくり風呂に入るに限る。
ここは唯一に戻れるところだった。
「っていうか東尾所長…あたしが女だってこと忘れてるんじゃ…」
今回の出張所計画はが自ら立候補したわけではない。
厳正な人選が行われた結果、が選ばれてしまったのだ。
他は全て男性ばかりだったそうだが、幼い頃から水泳とテニスをやっていたのがいけなかった。
研究員と呼ばれる人間が如何に普段から体を動かしていないのかが分かろうと言うものである。
体力テストさえ通ってしまえば、機材の扱いなど二の次でも構わないと言った上司や先輩たちの顔がありありと浮かんでくる。
若干の恨みがましい気持ちはとにかく、適性を叩き出してしまったが如何に反論しようとも決定は覆らなかったのだった。
だから東尾はを『特殊』と言った。
そう、この計画の唯一の女である。
つまり東尾はが女であることを忘れたわけではない。
あの髭面――グレゴリーと名乗った、と、眼帯男――ヴィクトールと名乗った、を、ここに呼んでくれたのはその辺を慮ったものであることは明白だ。
だからこそ。
「もっとマシな人選無かったの…。恨むわ……東尾所長…」
粗暴そうな風体の男二人とこれから暫く3人で生活をしなければならない。
幸い向こうはのことを男だと説明されているようだったが、女と分かれば何をされるのだか…。
「ば、バレたらあたし…どうなるの…」
あらぬ想像が頭の中を駆け巡る。
ぞっとしたが湯船にゆっくり沈み込んだ。
そうやってぶくぶくと泡を吹きながらぎゅっと目を閉じた瞬間。
「おい、お前いつまで風呂入ってンだ。のぼせて倒れてんじゃねぇだろうな」
「ぶふっ!!!」
外から聞こえてきた声には盛大に咳き込んだ。
慌てて隠れなければとそのままお湯に潜ったけれど、ざばりと湯船が大きく揺れて一瞬何処が上なのか分からなくなる。
咳き込んだせいで肺に酸素が残っていない。
一瞬にして苦しくなって焦る程、余計に天井と湯船の底の区別がつかなくなりは大きくお湯を掻いた。
と、そこにを引き揚げるような引力が一つ。
「ぷあっ!」
縋る思いでそれを掴んで漸く酸素を得る。
嗚呼、呼吸が阻害されることの本能的恐怖は如何とも言い表しがたかった。
だけど、直後に聞こえてきた声には更に血の気を失う。
「ったく何溺れかけてんだ。手間かけさすんじゃねぇ」
「…っ、グレ、ゴリー…ッ…!」
浅い湯船からを引き揚げたのはグレゴリーの手だった。
手首と脇の下を掴まれており、完全に上半身を抱き上げられてしまっている。
「は、離してくれ…っ!」
思わず男の言葉で抵抗したが、既にそんなもの何の意味もなかった。
白い肌に滴り落ちる水滴が玉のように光って曲線を滑り落ちていく。
「あの狸が俺らに協力させるなんて何かあると思ってたがなァ。これはこれは」
ニヤニヤしながら視線を落としていくグレゴリーから逃れたくては体を捩った。
だけど、凄い力で掴まれていて振り解くことが出来ない。
この出張所の防衛も一つの任務として課せられているだから、勿論戦闘訓練も受けている。
そこいらの男よりは鍛えられているハズなのに。
「上手いこと隠したモンだ。全然気付かなかったぜ」
脇の下を支えていた手で、グレゴリーを押し返そうとするの手首を掴んだ。
両手首を掴まれてしまうと体を庇うことも出来ない。
「ヤダ…っ」
羞恥での肌が微かに桜色に染まっていく。
風呂で温められただけの反応ではないことを見抜いたグレゴリーはその体を値踏みするようにじっくりと眺めた。
ある程度のスパイ行為と引き換えに、この退屈な東尾からの依頼を受けたが、予想外に楽しめそうだ。
恥ずかしそうに顔を背ける目の前の女の慣れていなさそうなところが特に気に入った。
一晩だけの相手なら願い下げだが、暫くはこの女と一緒に暮さねばならない。
じっくり嬲れるのであればそちらの方が楽しいじゃないか。
「なァ。俺がこのまま暫く手を離さなかったらどうなると思う?」
「…え、…?」
手を離さなければ…?
全身ずぶ濡れで全裸の自分は恐らく…。
「わた……僕が、風邪を引く…とか…?」
全く意味の成さない一人称の訂正だが、せめてもの強がりとしてせずにはいられなかった。
の答えは大体グレゴリーが想像した通りのもので、この強がりは予想外だったけれど悪くない。
寧ろ好意的に捉えていた。
開き直って女になられてしまってはこれからの遊びの楽しみが半減する。
「風邪引くくらいなら別にどうってことねぇだろ。お前の様子見に来て帰って来ない俺をヴィクトールが探しに来るとか考えねぇのか?」
「!」
びく、との体が一瞬にして緊張した。
そこまで言わないと気付かないとは。
『何かされたら』と思っている割には『何かをされる』というヴィジョンが薄い。
恐らくその『何か』を具体的に想像できない類の女なのだ。
端的に言えば処女だ。
目の前で怯えの色を見せ始めたに向かってグレゴリーは更に続ける。
「俺だけ楽しむのもアイツに悪ィしなァ…。このままちょっと待ってみるか?」
「嘘っ…ヤダ…!止めて、お願い…止めて……」
きょときょとと視線を彷徨わせ始めたにグレゴリーがゆっくりと顔を近付けた。
拒絶できない距離で何をされてしまうんだとびくびくしながら顔を背ける
その耳元に息がかかるくらいの距離まで近づいたグレゴリーは、唇が触れるか触れないかの距離で囁く。
「日付が変わったら俺のとこ来い」
「俺のとこ、って」
「さっき部屋割り決めただろ。お前の右隣だ」
この出張所には小さいが個室が3つ用意されていた。
普通は個室2つ分の広さの部屋が個人に用意されるはずなのだが、流石に男女を同じ部屋に出来ない為に増設してくれたようだった。
グレゴリーとヴィクトールの分も分けられていたのは恐らく平等にするためだと思われる。
もしくは変に一人部屋と二人部屋にすると勘ぐられると思ったのかもしれない。
まあ、勘ぐられる前に初日でばれてしまったのだが。
「夜に男の部屋に来いって意味、分からねえほど子供か?」
揶揄する言葉にかっと頭の中が熱を帯びた。
なのに体の中を巡る血は信じられないほど冷たくなっていくような気分でもある。
掴まれた指の先が僅かだが震えているのを感じた。
「…そ、んな…」
「ヴィクトールと一緒が好みならそれでも俺はいいんだぜ」
「ッ…」
は悔しそうにきゅっと下唇を噛む。
グレゴリーは満足そうに目を細めた。
「嗚呼、今日一番ソソる顔してるなァ…。夜が楽しみだ」