密室にも愛はあるらしい 3


※男装ヒロイン





「ま、こんなモンだろ」
乱雑に脱がせたの服を整えてやり、グレゴリーはの体を抱き上げた。
シングルベッドに彼女を入れてやる隙など何処にも無かったから仕方がない。
「ったく世話の焼ける…」
次からは床に放置するから覚悟しとけよ、なんて呟いても届くわけもないのだが。
兎に角今夜は気紛れであったとしても部屋に送ってやることにする。
そのまま塞がっている手で無理矢理ドアを開け、足でドアを閉めた時だった。
たわんだの白衣のポケットから何かが滑り落ちてカツンと硬質な音を立てたのである。
「…何だ…?」
視線を向けると暗い廊下の隅に細長い機械のようなものが落ちているのが見える。
「…」
気にはなるが、を抱いたままでは拾い上げることも出来ない。
とりあえずをベッドの上に置いてから、グレゴリーは改めてその機械を拾い上げた。
暗い廊下では棒にしか見えないので部屋の中に持ち込んでまじまじと見つめる。
「…何だこりゃ。レコーダーか?何でこんなモン……」
呟いてはっとする。
これがの白衣のポケットから出てきたと言うことは、は先程の会話を録音していたのだろう。
正確な理由は不明だが、何かに利用するために録音していたことには違いない。
その利用方法もさることながら、その目的が問題だ。
彼女の受け答えに対して『杞憂』と断じたのは間違いだったのではあるまいか。
グレゴリーとの会話をどうして記録する必要があったのか、それを知らねばならない。
「…が、まあソレはソレとして…。本人も気絶するなんて思っちゃいなかったんだろーなァ」
そして、まさかこのレコーダーをグレゴリーが手にするとも思わなかっただろう。
にやりと笑ったグレゴリーは、部屋のドアを開けるとそのレコーダーを無造作に放った。
その方向には、彼の弟の部屋がある。






翌朝、は悪夢にうなされたにも似た気分で目覚めた。
途中から昨夜の記憶は曖昧だ。
結局自分はどうなってしまったのだろう…。
「…あれ…、ここあたしの部屋…」
見渡せば、昨夜入った部屋の中と家具の配置が違う。
自分はどうやって部屋に戻ってきたのだろう。
全く思い出せないが、そんなにもショックなことをされたのだろうか。
「……着替えよ…」
服の乱れも直ってはいるが、昨日来ていた服のままだった。
少なくとも自分で戻ってきたのならベッドに入ったくらいの記憶はあるはずだが。
そもそも今は何時なのだ。
職員としての研究員は自分だけなので何時に起きようと全く問題はない。
そこはモラルと安全上の問題で。
ネポスの民が時間と場所を考慮して攻めてきてくれるわけではないのだから、危機感も問題か…。
「……そういえば…朝ご飯どうしたのかな」
昨夜の彼らの食欲を思い出して薄ら寒い気分になる。
買い出しに行くのは自分なのだ。(だってお金を持っているのは自分だし)
勝手に食べられてしまっては困る。
は着替えもそこそこに慌てて部屋を飛び出した。
殆どが研究用に設計されたこの施設にはダイニングらしいものはない。
控えめなキッチンだけは用意されており、傍に机と二人掛けのソファが向かい合わせで二つ用意されている。
が一人で使用する施設ならば、こんなにも座る場所を確保しなくても良いのだが、後々二人を送り込むつもりだった東尾が全員で座れるようにはからってくれたのであろう。
果たしてその場所は今どうなってしまったのか。
恐る恐るその場所を覗いてみると、昨夜のセクハラ(という軽い言葉で済ませたくはないが)髭面男の姿は無かった。
代わりに弟だという眼帯男が座っていた。
座っていたというか、黙々と朝食の真っ最中だった。
昨日の買っておいたのクロワッサンにかぶりついている眼帯男。
傍らにはコーヒーまで用意して。
「あっ、そのカップ…!!」
湯気の立ち上るカップは、出張所組に選ばれて研究所を発つ時に同期の女の子がくれたものだった。
が使う前に使われてしまった形になる。
当の眼帯男は一瞬の方に視線を寄越したが、すぐに視線を逸らし、また一口クロワッサンに噛みついた。
いくつか数があったはずなのに、キッチンの買い置きの場所にはもう何もない。
「…僕の、朝ご飯……」
もう、何なのだ。
昨日から続くこの仕打ち。
のろのろとキッチンの棚から別のカップを取り出して、コーヒーメーカーに残っていたコーヒーを残らず注ぎいれた。
これも実は粉と一緒に貰ったばかりで、淹れるのを楽しみにしていたものだったのに。
砂糖を足して牛乳も注ぐ。
冷蔵庫から出した牛乳を入れたから温くなったけれど、今の気分的にはこちらの方が良かった。
「…」
さて、何処に座ろうか。
いや、考えるまでもない。
隣に座るなんてもっての外だし、真ん前に座るのも気が引ける。
結局は無言のままで眼帯男の対角線上に腰を下ろした。
彼は目の前で最後の一口を口の中に押し込んで租借した後、の貰ったばかりのカップに無遠慮に口をつける。
見ているのも苛々するので視線を逸らしても温いカフェオレを一口啜った。
「……お前」
「…!」
カップの中身を干したのであろう眼帯男がに対して口を開く。
昨日も髭面の方は軽薄そうなことを色々喋っていたが、こっちが口を開くことは殆ど無かった。
それだけにに緊張が走る。
「東尾から何を吹き込まれた」
「…また、そういう話?」
この二人は一体何を聞き出したいのだろうか。
研究所との関係は良く分からないが東尾の協力者ではないのだろうか。
「所長は僕に何も言ってない。アンタ達こそ研究員っぽくないし、所長とどういう関係か教えて欲しいくらいだ」
嗚呼これ昨夜髭面にも言ったな…と既視感を感じる。
「本当に助っ人と言われただけか」
「そうだよ」
「…ふぅん」
眼帯男が意味ありげに僅かにニヤつく。
何だ急に含み笑いなんかして気持ちの悪い…と思いつつは自身が変なことを言ってしまったのかと不安になった。
直前の会話を反芻する。
「………あれ?」
そういえば、何故『助っ人』と言われたことを知っているのだろう。
髭面の方は東尾がに二人を『助っ人』と説明したことを知らなかったようだった。
なら、こっちの男もそれは知らないのではないだろうか。
が訝しげに眉根を寄せたのを確認したのだろう、ニヤつく眼帯男はどこから取り出したのか、細長い棒のようなものをに見せた。
「あ、…!」
それを目にした瞬間、は弾かれたように白衣のポケットに手を入れた。
手に触れる感触は何もない。
もぞもぞと手を動かしてみても何も触れない。
そりゃそうだろう。
昨日ポケットに入れていたレコーダーは、今目の前でニヤつく男が持っているのだから。
「そ、それ…どこで」
「今朝廊下に落ちていたのを拾った」
落としていた?
いつ?
部屋に入る時にスイッチを入れたのだから、その時には確かにポケットの中にあったはずだ。
いや、部屋の中でも一度ポケットの中にそれがあるのを確認している。
それなら落としたとしたら部屋から戻った時だ。
そもそも自分はどうやって部屋に戻ったのか記憶が全くないのに。
落としたことに気付けない程動転していたのか。
気付いたら自分の部屋にいたことしかわからない。
凍り付くの目の前で眼帯男がゆっくりと立ち上がる。
は座っているから必然的に見下ろされる格好になった。
鋭い視線がを射抜き、体が竦む。
「お前」
「…な、何…」
「女だったんだな」
「!」
「兄さんはどうだった」
「ど、どう…って…」
どうもこうも途中までしか覚えていない。
覚えていたくもないことだが、体中をまさぐられ、自分では触れたことも無いようなところを触られた。
最後に受けたあの衝撃は一体何だったのだろうか。
体の奥から震え上がるようなあの感覚を覚えた後から記憶は全くない。
「そんなこと言われても、覚えて、ない、から……」
竦んだ体が強張りながらも、眼帯男の視線から逃れようと不自然にびくびくとした。
何となくこの状況は良くない気がする。
今投げかけられた質問がその気持ちに拍車をかける。
「なら、俺が思い出させてやろうか」
続けられた言葉に弾かれるようにがソファから立ち上がったのと、眼帯男――ヴィクトールがその手首を掴んだのは殆ど同時だった。


「兄さんも言ってただろう。大人しくしていればすぐに終わる」
ヴィクトールの言葉には赤くなる顔を両手で覆った。
やはり聞かれたのだ。
ベッドの上で体をまさぐられながら嬌声をあげている自分の声が入ったレコーダーの中身を。
そして今度はソファの上…。
「や…」
着替えたばかりの服を捲り上げられて、は身じろいだ。
しかし、ヴィクトールは無遠慮にその胸を掴む。
「いっ…、や、やだ…」
指が埋没する程キツく掴まれては眉根を寄せてヴィクトールの手首を掴んだ。
触れてみて分かる、引き剥がすのは困難そうなほどの力加減。
その点で兄の方は…その、何と言うか、巧かった。
経験など一切無いが、滑らかに肌の上を這う手つきは優しくていやらしかった。
認めたくはないけれど、甘い瞬間が確かに存在したことを思い起こされ、はヴィクトールの手首を引っ張る。
「いたいよ…、も、もうちょっと、やさしく…っ」
僅かに緩んだヴィクトールの手の上にの手が重なった。
「…こ、これくらいで……」
宥めるような仕草でヴィクトールに指示すると、目に見えて相手の力が緩む。
ぎゅっと胸に食い込んだ指先が、ふにゅりと弾力を確かめるような手つきに変わった。
「そう…それくらいなら…」
「これがイイのか。意外だな、もう少し抵抗すると思っていたが」
「!」
ヴィクトールの言葉に頭を殴られたような気分になる。
そうだ。
止めろと言うならまだしも、何故もう少し優しくなどと乞うているのだ。
「…まあ、如何でもいいか」
本当に如何でも良さそうな投げやりさを含んだ無表情で呟いて覆い被さって来る。
その影や生々しい体重に肌が粟立った。
「や、だ…っ」
首元に押し付けられた鼻先が微かにすんすんと音を立てている。
匂いを嗅いでいるのだと分かった瞬間にぞっとした。
振り解きたくても男の体重が馬乗りになってかかっている今、如何することも出来ない。
体をまさぐられながら身じろいでみても全くの無駄だった。
「う、うぅ…っ」
ヴィクトールは腕の中で強張る体を組み伏せたまま、肩口に柔く噛みついた。
「ひっ…」
たちまちの喉から引き絞られた悲鳴が漏れる。
それを聞いた瞬間、ヴィクトールはの胸から手を離し、体を起こした。
先程ニヤニヤと見下ろしていた時とはうって変わって無表情になりを見下ろしている。
捲り上げられた服を引き下ろしながらは不思議な気持ちで恐る恐るそれを見上げ返した。
そこで眼帯男が言い放つことには。
「兄さんが楽しそうだったから試してみたが…。俺は全くお前が趣味じゃない」
お前に言われたくない、とは心の底から思った。