お菓子かイタズラか!


「ただいまー」
そう言って、ガレージに一台のDホイールと男性が帰還する。
手には大きな買い物袋がひとつ、ぶら下がっていた。
「クロウ、お帰りなさい。…買い出し当番はブルーノじゃなかったかしら?」
リビングに上がり、テーブルにその袋をどさ、と置く。ちらりと見えた中身は菓子の包装で、は不思議そうに首をかしげた。
「ん…お菓子?」
「ああ、これは俺の私物。買い出しは改めて行ってもらうぜ」
「それはいいけど、これ全部クロウが食べるの?」
本当に疑いのない眼差しでが聞くものだから、クロウも毒づく気が失せる。
「そんな訳ねーだろ…ハロウィンでマーサんとこのガキにやんだよ」
「…ハロウィン?」
子供たちに渡す、ということは理解できたが、肝心の「ハロウィン」とやらが分からない。聞き返すと、クロウは「トリックオアトリートって聞いたことないか」と返した。
「ハロウィンってのはまあ…10月31日にやるんだけどな、子供が大人に菓子かイタズラかをねだれるのさ。で、オレはねだられた時用の菓子を買ってきたって訳だ」
「そうなの。用心してるのね」
「というかハロウィンでなくてもお土産要求されるから、何かを用意するのが当たり前になってんだよな…」
少し遠い目をするが、顔は嬉しそうだ。子供たちが本当に好きなのだということが窺えて、は微笑ましくなった。
「という訳で今日オレはマーサんとこに泊ってくるけど、家の事よろしくな」
「ええ、分かったわ」
よーし!とニカッと笑って、クロウは買ってきた買い物袋の中から一つお菓子を取り出すと、それをに見せる。
「お前やったことないだろ?ほら言ってみろよ、トリックオアトリートって」
「私は子供じゃないわよ」
とは言うものの、クロウも善意で差し出してくれているのだと思うと、彼に応えないといけない気がしてくる。
意を決して、「トリックオアトリート」というと、「イタズラされちゃたまんねーからな」と悪態をつきつつ、袋を渡してくれた。
「多分今日双子とアキが来るから、悪いけどその中から出してやってくんねーか?」
「ああ、そうね。分かったわ」
「お前は物分かりよくて助かるぜ…」
相当自分が来るまで苦労したんだなあ、とは思う。というか恐らく今でも(主にジャックのことで)苦労している彼に、少し同情した。
「じゃあオレは今から行くけど、お前もハロウィン楽しめよ」
「…楽しめって言われても」
「皆に片っ端から言ってってみろよ、菓子貰えるかイタズラ出来るんだぜ。どっち転んでも美味しいじゃねーか」
いいのか、とも思うが、とても魅力的に感じられる。
クロウが再びブラックバードに乗って出ていったのを音で判断すると、は、まずは恋人である遊星に声をかけることにする。
入れ替わりでブルーノが上がってきたが、彼は後回しにすることにした。




「遊星、ハロウィンって知ってるかしら」
「ああ、知っているが…」
メンテナンスをしている手を止めて、遊星はと視線を合わせる。まだ終わりそうもないらしく、彼は彼女に椅子に座るよう促した。
「なら分かるわね、トリックオアトリート」
「……」
グローブを脱いでごそごそとズボンのポケットを漁る。しかし出てくるのはメモやレシートばかりで、の目当てのものはなかった。
「…これは…イタズラ、かしら」
「いや、ちょっと待ってくれ」
慌てたように机を見る。そこには遊星が徹夜する時いつも噛んでいる眠気覚ましのガムがあった。
「…これじゃだめか」
しかし、の口には刺激が強すぎると思ったらしい。それを元あった場所に戻すと、カップラーメン置き場を捜し始めた。
やがて一つ、手に携えて、遊星はの元へ歩み寄った。
「これでどうだ」
差し出されたものは板チョコだった。何故それがカップラーメン置き場にあったのかは謎だったが、は素直に受け取る。
「ありがとう…でもいいの、遊星が食べるんじゃなかったの?」
「いや、いいんだ。貰ってくれ」
ニコ、と微笑まれ、は黙るしかない。
イタズラ出来ないのが少し残念だったが、ありがたく貰うことにして、次のターゲットへと向かうことにした。



「ブルーノ、トリックオアトリート」
リビングで湯を沸かしていた彼はの声を聞くと、彼女の方へ振りむいた。
「ああ、ハロウィンだね!」
ちょっと待ってね、と湯を気にしながらジャケットのポケットを探る。
目当てのものを見つけたのか、握られた手を優しくに突き出した。
「はい、あげる」
「ありがとう」
手の中から出てきたのは、いくつかのキャラメル。
個包装されているそれをしばし見つめて、は嬉しそうに笑う。つられたのかブルーノも笑っていて、リビングの雰囲気はとても和やかだった。
「それにしてもよく持ってたわね。ブルーノはこういうの無頓着だと思ってたわ」
「クロウがね、龍亞と龍可に渡してくれって階段で渡してくれたんだ。それに僕こういうお祭り好きだよ。なんだかわくわくしない?」
「するけど、そういうことなら悪いし返すわよ」
だがブルーノは受け取らない。
「いいよ、クロウったら「とアキも強請るだろ」って一袋渡してくれたんだ」
「…実は私もよ」
抜け目ない同居人を頭に浮かべて二人でくすくす笑いあう。はお返しに、と、自分がクロウから貰った袋から飴を取り出すと、ブルーノのポケットに入れた。
「これで双子とアキが来ても大丈夫よね」
「そうだね」
「「こんにちはー!」」
「お邪魔するわね」
噂をすれば影とは恐らくこの事を言うのだろう。ばたん、という扉の音と、3人の男女の声が響いてきて、二人はガレージへと降りて行った。




「遊星ー!トリックオアトリート!」
「皆、よく来たな」
「もう龍亞ったら…」
「ふふ、いいじゃない龍可」
楽しそうな声が聞こえてくる。は一抹の寂しさを覚えながら、菓子の袋を携えて彼らに近付いた。
「よく来たわね」
「あ、ねーちゃんにも聞いちゃうもんねー!トリックオアトリート!」
「イタズラされるのはごめんだわ。これあげる。」
いくつか飴を渡すと、龍亞は喜んだのかガッツポーズをした。飴でそんな反応をされるとは思ってなかったは少し驚いたが、それよりも微笑ましさが勝った。
「ブルーノ!トリックオアトリート!」
後ろに立っていたブルーノにも龍亞はせがむ。彼も持っていた菓子を渡したが、それを見た龍可は「もう少し落ち着けないのかしら」と文句を言っていた。
「…龍可はあまり興味ないの?」
「…興味ない訳じゃないけど…龍亞ははしゃぎすぎだと思うの」
「うーん…そうなのかしら…。それより、龍可は言わなくていいの?」
「えっ?」
「言うだけで貰えるのだからいいイベントだと思うのだけど?」
少女の頬がかすかに赤に染まる。どうやら恥ずかしいらしい。
それを後押しするかのように、アキがに向かって言い放った。
、トリックオアトリート」
「アキさん!?」
「龍可、こういうのは楽しんだもの勝ちよ」
「そうそう、特に貴方みたいに若い子はね。」
はアキに2,3個渡す。それを見た龍可は、ごく、と唾を飲み込んで、決心した。
「じゃあ、トリックオア、トリート!」
「ふふ、良く言えました」
頭を撫でて、彼女にも菓子を手渡す。嬉しそうにそれを眺める龍可を見つめて、はほっこりとした。
「でも”若い子”って…なんだか年寄りくさくない?」
「…子供って言ったら傷つくと思ったから…」
「大丈夫よさん、だって私たち子供だもの」
3人が同時に龍亞を見る。彼は遊星にデュエルを挑んで、すでに戦っていた。
「うーん…確かにまだ子供ね」
呟いたその言葉に、アキと双子の妹はうんうんと頷く。
「もう少し、落ち着いててもいいのにな…」
不満そうに漏らしたその言葉は、きっと兄には届いていない。
「でも、そこが龍亞のいいところだわ」
「そうなんだけど…」
フォローするアキの言葉を受けても気が晴れない彼女は、誰にも悟られずに溜息をついた。



遊星が勝って、オーバーリアクションで吹っ飛んだ龍亞を助け起こした頃には、もう日が傾いていた。
もう遅いから、とアキと双子を遊星が送って行ったため、は一気に暇になる。
結局ブルーノが買い出しから帰ってきて、彼との夕飯つくりも済ませてしまっても、遊星は帰ってこなかった。
ふう、と不満を訴えるようにソファに腰掛ける。ブルーノは苦笑いして、早く帰ってくるといいね、とだけ言って、ココアを差し出した。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
にこにこと笑ってブルーノが隣に座る。遊星とはまた違う男性の匂いに、は違和感を覚えつつ、コップに口をつけた。
ココアとブルーノの心の温かさが沁みてきた頃、ばたんと扉が開閉する音がする。
遊星か、と思って、音の方向に顔を向けるが、そこにいたのは金髪の男性だった。
「帰ったぞ」
声も違う。
「…ジャック、お帰り」
「…あきらかにがっかりした声で言われるとくるものがあるな…なんだ奴がいないのか」
ニヤニヤして聞いてくるが、彼の戯言にいちいち突っかかる元気は今のにはない。久々に双子とアキの相手をして疲れているのもあるし、何より遊星のことが気がかりだった。
双子やアキの家で何かしているのならまだいい。誘拐されていたり、誰かに襲われていたらどうしようという不安が際限なく襲ってくる。
彼をなんだと思ってるんだ、と首を振って一生懸命振り払って、ジャックの「こいつはなにをしているんだ」という視線を飽きるほど浴びた頃、もう一度扉の音が聞こえてきた。
「すまない、遅くなった」
「…帰ってきたか」
Dホイールのエンジンを切って、遊星は足早にリビングへと上がってきた。手には小さい袋を携えてきて、寄り道をしていたことを示している。そこでやっとに余裕が戻ってきたらしい。「いつも」の顔で、ジャックに向き合った。
「そう言えばまだ聞いてなかったわね、ジャック。トリックオアトリート」
「…お前は本当に……いや、なんでもない。それより菓子かイタズラだと?」
ごそ、とズボンのポケットを探る。
何もない、と確認すると、ジャックはふんぞり返った。
「ない。貴様にやる菓子などない。」
「ああそう、なら、イタズラね」
「フン、やれるもんならやってみろ」
「言ったわね」
にや、と笑うは不敵そのもので。ジャックは少し後悔したが、今更取り消すことなど出来ないと、腕を組んで、楽しみだ、と笑う。
「それよりご飯にしましょうか、皆お腹減ったでしょう」
くる、と踵を返して、台所に向かう。
拍子抜けしたジャックは思わず目を丸くして、に「イタズラはどうした」と聞いた。
「…?あれってすぐしなくちゃいけないのかしら?」
「そんなことはないと思うが」
「なら、今はご飯にしましょう」
警戒して食べるが、結局何もないままは皿洗いを開始する。横で遊星が手伝っているのを確認すると、ジャックは浴場へと向かった。



風呂場にも何もなく、ジャックは肩すかしをくらった気分になる。
もしかしてイタズラがどこでくるか分からないのが「イタズラ」なのか、と思いつつ、彼は自室のドアを開けた。
『ぬぅん!!』
「ぬおおお!?」
刹那、いかつい体格の男性がジャックの前に立ちはだかる。氷結界の虎将ガンターラだと理解するも、あまりに突然の事で驚かざるを得ない。
ジャックが声を上げると、隣の部屋から笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ、成功ね!」
「成功、だな」
一緒に遊星も出てきて、二人に聞き耳を立てられていたことを知る。
…貴っ様ァアアア!!!!」
「イタズラと言ったのは貴方よ、ジャック」
「ぐぅ…!」
勝ち誇った顔ではジャックに向き合う。ジャックは、というと悔しそうな顔をしていたが、仕方ないといった態度で、部屋に入っていった。
「やりすぎちゃったかしら」
「いや、まあいいんじゃないか?」
いいのか、とも思うが、イタズラした張本人であるは何も言えない。
まあまあのイタズラだったぞ、という声が扉越しに聞こえてきて、と遊星は顔を見合わせて笑った。
「それより”彼”はよく協力してくれたな」
『主たっての希望だったからだ』
冷風を纏う男性が答える。
「仕方のない主だ」と言うが、その顔には慈悲が読みとれて、遊星は、がカードに愛されていることを実感した。
『主人の願いを叶えるのが我らの役目。こういう役であっても、それは変わらん』
「ふふ、ありがとう」
『礼には及ばぬ』
ふい、と虚空に顔を移す。ガンターラの照れ隠しの仕草であることを知っているは、微笑んで、もう一度礼を述べた。ほぼ同時に、ガンターラの姿が消える。
直前にやれやれという表情をしていたが、気の毒にだれもそれに気付かなかった。
「それより、来てくれ」
遊星に手を引っ張られ、彼の部屋へと連れ戻される。少し強い力で引っ張られるものだから、は痛いと声を上げた。
「すまない、どうしても見て欲しいものがあるんだ」
そう言って、机の上を見せる。そこには、かわいらしい装飾が施された1つのカップケーキと、いくつかの駄菓子があった。
「…これは?」
「帰りにスーパーに寄ったらあったから、買ってみた。好きそうだ、と思って…」
「好きそう?」
聞くと、遊星は首をかしげて聞き返す。
「…?は、こういうのは好きじゃないのか?」
唐突に自分のことを言われ、は驚いた。何故私、という表情で彼を見るが、遊星は気付かない。
「ハロウィンの菓子だが…嫌いだったか、すまない」
「いや嫌いじゃないけど…ハロウィンなら、私貴方からチョコもらったわよ」
ほら、と言って、彼から貰った板チョコを見せて示す。だが遊星は、それもやる、と言ってきかない。
に貰って欲しくて買ったんだ。嫌いじゃないなら受け取ってくれ」
「なんで…」
「俺は、サテライトにいた時、こういうことが出来なかった。お前も恐らくそうだったとしたらその埋め合わせを今からでもしなくては、と思って…」
「…」
「せめて、今からでもお前には良い思いをして欲しい。今の稼ぎというか余裕ではこんなことしか出来ないが、俺のわがままに付き合うと思って貰ってくれ」
その瞳も声も真剣で、は思わず気後れした。自分を見るために机に背を向けていた彼女の手を取ると、「…仕方、ないわね」と言って、遊星に背を向けた。
「じゃあこれ貰っていいかしら」
示したのは一番小さなグミ。思い切り遠慮されていることを嫌でも痛感させられた遊星は、不服そうに全ての菓子を押し付けた。
「全部、貰ってくれ」
「…それは、嫌よ」
「何故だ」
「……太るもの」
「…」
精一杯の言い訳をぶつける。それでも不満そうな遊星を目の前にして、はどうしたらいいかわからなかった。
しばらく、遊星との無言のやりとりを交わしていたが、ふと良いアイデアが浮かんだのか、彼女はにこ、と笑った。
「…なら、これは私が全部貰っちゃうわよ?」
「ああ、そうしてくれ」
「貰うってことは、これを私がどうしようが私の勝手よね?」
「…?」
なら、と言って、いくつか菓子を遊星に手渡す。
「イタズラされるのは勘弁してほしいから、言われる前に渡しておくわ。…それに、貴方も良い思いをするべきよ」
そう言って、菓子をいくつか渡すと頭を遊星の胸に押し付ける。甘えるその仕草に堪らなくなって、遊星は手の中の菓子をベッドに置くと、空いた腕をの腰に回した。
「一緒に食べたらいいと思うのだけど?」
「ああ、そうだな」
キスをして、カップケーキを手に持つ。
お互いに一口ずつ食べ合うと、甘い匂いと雰囲気が部屋の中に充満した。





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ハッピーハロウィン!!!

というわけで(?)、このサイト内のハロウィン企画夢はお持ち帰り自由となっております。
サイトに掲示される場合も含め、お持ち帰りした場合は必ず報告して頂きますようお願いします。
またサイトに掲示される場合、必ず当サイトと管理人の名前を明記してください。

海と星と空と陸
綾貴様&冰覇様





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フリーという言葉につられて頂きました。
最後二人でぱくっがたまらなく可愛い…。
何気にブルーノが激萌えだったりします。
ブルーノ可愛すぎる。

こちらはご好意で掲載させていただいています。
こちらのサイトからのダウンロードや転載はしないでください。
ご本人様のサイトにて、ルールに従った上で頂いてください。
宜しくお願い申し上げます。