星屑と一日


のろのろと意識が浮上する。
昨日も無理をさせてしまった彼女をゆっくりと寝かすため、目覚まし時計を鳴る前に止めようと、遊星は腕を伸ばした。
確か今日の朝食当番はリューナだったと記憶しているが、代わりに自分が行って用意すればいいだけのこと。
そのあたりは特にこだわらない同居人に感謝しつつ、徐々に時計との距離を縮めていく。
もう届くはず、と、思った時、何かが手に当たる。
きっとお目当ての時計だ、と、スイッチがあるであろう場所をポンポン叩くが、いつもと感触と位置が違う。
何か寝る前に置いたか、と目を開けると、そこには自分のエースモンスターであるスターダスト・ドラゴンが身体を丸めて眠っていた。
大きさは、50cm程だろうか。
「!?」
思わず飛び起きてしまう。それにつられて、リューナも目を覚ました。
「遊星…?どうしたの?」
目と、痛む腰をこすり見るが、その彼は何かを指差して動揺しているだけで。
何があるのか、とその方向を見た途端、リューナの目が見開かれる。
バ、と二人のディスクを見ても、起動もしてなければ召喚されているなんてこともない。
こんなことは初めてだ、と頭を抱えるが、存在しているのは事実だったため、二人は顔を見合わせるしかなかった。


「…うーん…」
デュエルディスクからカードを乗せたり下ろしたりして、様子をうかがう。
起動しているはずなのに、スターダストのカードを墓地に送っても目の前のスターダストは姿を消さない。
自分の力ではないことが分かると、リューナはお手上げというように彼の主人である遊星を見上げた。
「戻らないか…一体どうして」
「分からないわ…」
困ったように話す主人とリューナを見上げ、スターダストも困ったような顔をする。
当事者であるモンスターが一番不安だろう、と、遊星は彼女から視線を外し、腕に抱えた。
「だが、こうやって触れられるのは嬉しいものだな」
『マスター…』
「正直俺はこのままでもいいと思ってる。気長に原因を探って行こう」
優しく笑う主人に、龍は心打たれる。じーんとしていると、部屋の中に冷気が満ちた。
『我を忘れてしまっては困る』
「そうね、私達も協力するわ」
現れたグングニールがリューナの肩に乗る。友人と、友人の主人に感謝しつつ、スターダストは一度頷いて、ありがとうと言った。


「とは言ったものの、心当たりはないわよね」
リビングに降りて、朝食の準備を進めながらリューナは口を開く。
実体化した2体の龍も、それぞれ食材を運んだり皿を出したりして、甲斐甲斐しく手伝っている。
「…そうだな。グングニールを正常に呼び出せているから、力の暴発とは考えにくい」
目玉焼きを作りながら遊星が答える。
スターダストが持ってきた皿にそれを移し、流しにフライパンを置くと、彼は席についた。
「今日一日は様子を見るしかないだろう」
「そうね…」
同じく、リューナも椅子に座って、遊星によってバターが塗られたパンを受け取る。彼女がスターダストを見ると彼はまるで忠犬のように主人の傍に寄り添っていた。
微笑ましさを覚えつつ、ふと自分の氷龍も見る。
彼は熱い紅茶が入れられたリューナのカップの隣で、一生懸命それを冷まそうと息を吹きかけている。
思わず、ぷ、と吹き出すと、グングニールは何を笑っている、と首をかしげた。



朝食を食べ終え、それぞれのやるべきことに移る。
起きてきたクロウは目を丸くして驚いていたが、すぐに慣れたのか、配達前のあいさつをスターダストにもして出掛けて行った。
適応力がすさまじいな、とリューナは思うが、自分がここに来た時も同じように普通に接したな、と思い返す。もしかして彼が慣れたのは自分のせいかとも思うが、思ったところで今更だったので、深く考えないようにした。
起きてきたブルーノとジャックも同じような反応で、デュエリストは皆こうなのか、とある意味で感心せざるを得なかったが、都合はいいので、深く追求しない。
5人分の洗濯物が入ったかごをグングニールに持ってもらって、リューナは物干し竿へと向かった。



かちゃかちゃとキーボードを叩く音がガレージに響く。
パソコンと向き合う遊星の隣で、スターダストは興味津々といった様子でそれを見ていた。
主人の手は、デュエルだけでなく、自分達の知らない何かをも生み出す。
少しだけもやもやしたものが心に現れるが、それを振り切って、龍は遊星の頭に乗った。
それが「ヤキモチ」だということを龍は知らない。
翼で彼の目をふさいでやると、下から「何をするんだ」と困ったような優しい声が聞こえる。
続けて、「構って欲しいのか」と言われたため、スターダストは机の上に降りてこくこくと頷いた。
「…」

とはいっても。
どう構ってやればいいのか見当がつかない遊星はパソコンの電源を落としながら頭を悩ませていた。
ドラゴンの構い方…以前道端で見た犬のようにボールでも与えてやればいいのか。
それとももっと別の遊び方の方がいいのだろうか。
スターダストを見ると、目をキラキラ輝かせて期待して待っているように見えて、それが一層遊星を追い詰めていた。
「スターダストの様子はどうかしら」
そこに、洗濯物を干し終えたリューナがグングニールと共に降りてくる。
助かった、と、遊星は縋るように彼女の手を取っていきさつを話した。
「ドラゴンの構い方…?」
だが、いつもモンスターと共にいたはずのリューナも腕を組んで悩みだす。
そんな大ごとにするつもりでなかったスターダストは、内心罪悪感でいっぱいだったが、主人達の思慮を無駄にするわけには、と言いだせずにいる。
「何かないだろうか」
「うー…グングニールはそういうことあまり言わなかったから…」
ちら、と肩の氷龍を見る。視線に気付いた彼は、少し考えて口を開いた。
『…我らは、外界の事を知らぬ。外に出るだけでもいい勉強になると思うのだが。…”買い出し”とやらにも行かないといけなかったと記憶している』
「散歩か…それでいいか、スターダスト」
『いい!マスター、連れて行ってくれ』
確かに、いつも遊星のデッキにいるとはいえ、この世界を見られるのはモンスターとして召喚されている間だけ。
買い出しのついでとはいえ外を見させてもらえることには変わりはない。
あまり主人の負担にならず、なおかつ自分も得をするような提案をした友人に、スターダストは心の中で感謝した。
『主、我らも行くぞ』
「え、ええ…」
グングニールに引っ張られ、足が動く。
ブルーノに留守番よろしくね、とだけ言うのが精一杯だったが、彼は分かったよ、と手をひらひら振って返した。



街を歩いても、誰も何も言わない。
見て見ぬふりをしているのか、見えていても気にしていないのか、もしくはこれが当たり前なのか。
以前グングニールとスターダストと遊星を連れて空を飛んだ時も新聞やテレビでは何も言ってなかったため、当たり前なのだと思うことにした。
何かあればソリッドヴィジョンだと言いはろう、と、リューナは歩調を遊星に合わせた。
『マスター、何を買うんだ』
「Dホイールのパーツを買いに行こうと思う」
「夕飯の買い物もしないとね」
『荷物なら任せろ、運んでやる』
『私も手伝う』
それぞれ主人の肩に乗った龍が、意気込んで鼻を鳴らす。
改めて遊星はモンスター達に愛されているんだな、と実感したリューナは、誰にも分からないように微笑んだ。

足を進める度、スターダストは周りを見渡す。
旧サテライト地区に入ると、見慣れた光景が多いのか、グングニールにあれこれ解説をしていた。
それがあまりに微笑ましくて、主人二人は和む。
「ふふ、スターダストは世話焼きなのね」
「グングニールも付き合うあたり律儀なんだな」
それぞれ龍について述べるが、その評価がそのまま相手に当てはまることに気付かない。
もういいだろう、と遊星が言うと、龍は満足したのか一度鳴いて彼の肩に乗った。
てくてくと歩いて行って、目当てのものが売ってある店の前に着く。
集中したい主人の邪魔をする訳には、と、スターダストはリューナの肩に移る。
2体の龍を両肩に乗せて若干重かったが、彼女は気にしない。
その2体共がパーツを興味深そうに見ていたため、リューナは遊星に続いて店に入った。
「遊星、いいのはあったかしら」
「リューナ、ああ、これなんかジャンク品なんだが今あるパーツと組み合わせればきちんと使えるだろう。こっちもそうだな…」
きらきらと輝く瞳で一つ一つ吟味していく。
これは長くなるぞ、と彼女は覚悟をしていたが、思いのほか早く遊星はレジへと向かった。
「…もういいのかしら」
「ああ、あまり長いと怒られそうだしな」
そう言ってグングニールを撫でる。
『別に我は怒らぬぞ』
そう言うものの、治安がいいとは言えない旧サテライト地区でリューナを(モンスターがいるとはいえ)一人にはさせられない。
続いてリューナの頭を撫でると、スターダストは主人の肩に移る。
袋を持っていない方の手でぽんぽんと身体を優しく叩いてやって、遊星は歩き始めた。



スーパーにも寄って帰ると、もう既に3時を過ぎていた。
グングニールが食材をリビングの机に置くと、その横で座って食材を冷やす。
リューナが追いかけて、袋から取り出した食材を冷蔵庫へしまっていく。
ちらりと物干し竿を見ると、そこには遊星がいて、もう既にあらかた取り込んでしまっていた。
手伝うことは何もないな、と判断すると、グングニールは机の上で横になる。出掛けるのに付き合って、予想以上に疲れているらしく、すぐに睡魔に襲われた。
洗濯物を全て入れ終わった遊星の肩からスターダストが飛来する。寝ている氷龍を覗きこむと、その隣で彼も丸まった。
「…」
寝息が聞こえてくると、これほどまでに仲良くなっていたとは、と、リューナは目を丸くする。
かごを持って彼女の隣に来たスターダストの主人もそれを見ると、柔らかく微笑んだ。
「…このままでいさせてあげようと思うのだけど」
「そうだな、静かにさせておこう」
唇に人差し指を当て、「しー」とお互いにポーズをとる。
見守ろうとソファに座るが、隣に腰かけたリューナがふあ、とあくびをすると、彼女を自分の膝に倒して寝かせた。
「…遊星?」
「リューナも寝てしまうといい」
「…そんな、訳には…」
「いいから」
半ば無理矢理膝枕の体勢を取らせる。まるで自分達の龍と同じだ、とリューナは思うが、それも悪くないという考えがよぎって、遊星のさせたいようにすることにした。大人しくなったリューナにジャケットを被せて、遊星も目を閉じる。
帰ってきたクロウが、お前ら部屋に戻れよ…と呟いたが、それを聞く者は誰ひとりとしていなかった。



リューナが目を覚ますと、いいにおいがした。
身体を起こすと、遊星が台所に立っている。その横でスターダストとグングニールが朝と同じように皿を出して手伝っていて微笑ましい。
慌ててリューナがジャケットを彼に返して手を洗って参加しようとするが、鍋の中にはすでにカレーが出来上がっていた。
「…ありがとう…」
料理が完成するまで眠りこけるとは何事だ、とリューナは思うが、遊星は一向に攻める気配はない。それどころか、満足そうに笑っている。
「いいんだ。お前の代わりにグングニールが手伝ってくれたし」
それより食べようと言われ、何も言えなくなる。
ガレージでDホイールの手入れをしているブルーノと、部屋でくつろいでいるジャックとクロウを呼んで、食卓を囲うことにした。

「…ドラゴンって何か食うのか?」
クロウのその一言が、食卓をはてなの渦に巻き込む。
各々考えはするものの、カードに空腹という概念があるのかと疑問に思うことがまず解決の糸口だったが、それすら分からない。
耐えきれずにリューナがグングニールにどうなの、と聞くが、氷龍は何もいらないと言うだけだった。
遊星の頭にいるスターダストも、同じだと頷くだけで。
結局何も与えなくても大丈夫だという暗黙の結論が出る頃、全員の食器が空になった。
「…デュエルモンスターズ…奥が深いぜ…」
実体化したスターダストを見てクロウが今更のように呟くが、当人というか当ドラゴンは意に介す様子もなく、主人である遊星の後ろを飛んで回るだけだった。



食器を洗い、部屋に戻る。
さすがに風呂まではついていかないスターダストは、先に風呂に入ったリューナと、グングニールと共に遊星の部屋でくつろいでいた。
「結局一日戻らなかったわね」
『…迷惑、だったろうか…?』
「そうじゃないわよ、ただ不安じゃないかなと思って」
『私は大丈夫だ、マスターと貴女と、グングニールを信じている』
そう言いきられてしまい、リューナは顔を赤くする。名前を呼ばれた氷龍は、大丈夫だとばかりにスターダストの頬を舐めた。
『ん…くすぐったいぞ…』
『そうか、すまない』
ぱ、とグングニールが離れる。その瞬間、タイミングがいいのか悪いのか分からないが、遊星が戻ってきた。
「…どうかしたのか?」
顔を赤くしているスターダストとリューナ、しれっとしているグングニールという何があったのか一見しただけでは分からない状況に、思わずそう言ってしまう。
皆が口ぐちに何でもないと言うものだから、遊星も深く追求出来なかった。
「それより今日は早く寝ようか、リューナも疲れているだろう」
「いいかしら」
『主がそうしたいのなら我は止めない』
『私も、マスターが言うことに反対するつもりはない』
それを聞くと、先に布団に入った遊星が誘うように布団を捲る。
スターダストとグングニールを机に乗せ、おやすみね、と声をかけて、リューナはそこに身体を潜らせた。
彼女の頭の下に腕を敷き、引き寄せる。そのままの体勢で部屋の電気を消して、遊星は再び横になる。
ちらりと机を見ると、そこでは2体の龍がすでに寝息を立てていた。



すやすやと眠っていると、隣の部屋から何だこれは!という怒号が飛んできた。
机の上には変わらずスターダストがいたが、とりあえず置いておいてジャックの部屋で何があったのか、と遊星とリューナは急いで見に行く。
そこにはスターダストと同じくらいのサイズのレッド・デーモンズ・ドラゴンが寝ていた。
にぎやかになるな、と遊星は呟いたが、そう言うしかないことをリューナとジャックも分かっている。
とりあえず明日の朝になんとかしようと、三人は決めてそれぞれ床に就く。
だが、スターダストと共に、一夜おいただけではどうにもならなかった。
一日ごとに増えるドラゴンを見て、クロウが次は俺の番かとそわそわし始めたのは言うまでもない。



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海と星と空と陸/冰覇様より5000hitのリクエストとして頂きました。
記念すべき5000ヒット踏んじゃうなんてあたしほんとどんだけ通ってるんだ。
リクエスト内容は「朝起きたら何故かスターダスト・ドラゴンがピ●チュウサイズで実体化/夢主が戻そうとしても戻らなくてスターダストも困ってる」というものです。
なんつーリクエストやってんだ!って感じですが快く引き受けてくださった冰覇様、本当にありがとうございます!
もうね、スターダストとグングニールがとんでもなく可愛いですよね。
でも実はレッドデーモンズがお気に入りです。
スターダストだけではなく、レッドデーモンズまでちょこっと出演というサービスまで頂いてしまい、嬉しすぎておかしくなりそうでした。
冰覇様、素敵な作品ありがとうございました!

また、こちらの作品はご好意で当サイトに掲載させていただいております。
持ち帰りや転載は厳禁です。
閲覧のみで宜しくお願い致します。