星屑と一日-朝食編-


「…スターダストがこうなっても、私達には生活というものがあるわ」
ベッドの上にスターダストを乗せ、は口を開いた。
「私だって、いつも貴方の傍にいられるとは限らない。スターダスト、貴方は遊星と一緒にどうするか、解決策を考えていて」
『…マスターと…』
「…?どういうことだ」
傍にいない時もあるというその口ぶりに遊星は驚く。自分は手放すつもりはないが、もしかしたらは離れて行きたがっているのか、と腕を伸ばした。
が、その腕をグングニールが阻む。
『星屑殿の主人…分かってくれ』
「どういうことだ…」
「…分からないのかしら…私だって、行かなきゃいけないの」
『どこへ…?』
スターダストの不安そうな顔に、とグングニールの意志はぐらりと揺らぐ。
だが、自分にしか出来ないこと、自分がやるべきことを思い出して、ドアノブに手をかけた。
…!」
遊星が悲壮な声でを呼ぶ。
呼ばれた彼女は、声の主を一瞥すると、廊下へと足を運んだ。
「…どこに…どこに行くんだ…!」
「いい加減分かって欲しいのだけど」
『お主らも分かっているはずだ』
「分からない!教えてくれ、どこに行くのか…!」
『マスター…』
『…まだ分からぬとはな…』
静かなグングニールの声が二人の心を穿つ。
教えてやったらどうだ、と促されたは感情もなにもないかのように言い放った。













「…朝食当番、私なのだけど」





そういうことか。
そうだ、よく考えたら出ていく前に「生活がある」と言っていたじゃないか。
朝食を作りにリビングに行くだけだったのに、何故俺はそれに気付かなかったのか。
「………!!!」
恥ずかしさのあまりベッドに顔を埋める主人の肩に、スターダストは慰めるように手を置いた。
で笑ってしまいそうだったが、あれだけ彼が、自分を引きとめたい気持ちを持っているということを知ってしまったため出来ずにいる。
グングニールも同じであるようで、なんとも言えない空気が遊星の部屋に漂った。
「…分かったでしょう?行くわよグングニール」
『御意』
カツ、とブーツの音がなる。
遠ざかっていくその音で気を取り直した遊星は、シーツと掛け布団を整えてジャケットを羽織った。
そうしてスターダストを肩に乗せて、の後に続く。
「…俺も手伝う」
気まずいのか、目を合わせようとしない。
それがまた笑いを誘ったが、なんとか堪えて、は「ありがとう」と言った。



「パンと卵でいいわね?」
冷蔵庫を見て、が提案する。特に反対する理由のない遊星は、それに肯定した。
材料を取り出していき、台所へ向かう。
グングニールもポットの電源を入れ、ティーバッグの入ったカップに注いでいく。
こぽこぽという水音が響いて湯気が立ち込める中、スターダストが疑問を投げかけた。
『…グングニール…?何をしている』
『何を…ああ、これは主達の食事の準備だ。我らには関係ないが、主達には重要な行為だ』
ちょうどいいところでボタンを押すのを止める。いつもなら熱くて運べない為、主人であるに持って行ってもらうのだが、今日は違った。
『出来たら手伝ってほしいのだが』
自分の横で様子を見ているスターダストを見る。彼は別段嫌がる様子もなく、首を縦に振った。
どうしたらいい、と聞く彼に、ずい、とカップを差し出す。
『これを机の上に持って行ってくれないか。あとそれから、星屑殿の主人のカップをここへ持ってきて欲しい』
『分かった』
『どれか分からなければお主の主人に聞けばいい』
主人が食事当番の時にいつも手伝っているグングニールはてきぱきと指示を出す。
こうして実体をもって食事の手伝いをするなんて事は、スターダストは初めてだったこともあり、逆らわずにコップ置き場の方へ飛んで行った。
「…貴方、先輩ぶってるわね?」
パンが焼けるのを待つ主人に微笑まれる。その笑みにはからかいの気持ちが含まれていることを氷龍は敏感に感じ取った。
『先輩ぶるというが、こういうことに関しては星屑殿より我の方が経験豊富だというだけだ』
「…結局先輩ってことじゃない。…まあいいわ、あの子も楽しそうだし」
ちら、とスターダストが飛んで行った方を見る。その彼は、主人である遊星と何やら話をしていた。
聞きとれないが、楽しそうである雰囲気は伝わってきて、は微笑んだ。
じゅう、と遊星が卵が焼く音も耳に心地よい。
それでも、自分の力の範囲外で存在するスターダストの事が気がかりであることには間違いない。心当たりはないわよね、と遊星に聞くが、力の暴走でないならということを暗に言われてしまい、行き詰った。


『マスター…カップってこれでいいか?』
控え目に声がかけられる。遊星は肯定して、スターダストからそれを受け取ろうとした。
だが、龍は離さない。
「…?」
『大丈夫、グングニールに頼まれたから』
ああ、あの子が、と遊星は思って、氷龍の方を向く。彼はトースターの横にいるの隣で、同じようにスターダストを待っていた。
なるほど、というように手を放す。
「…だが、座っていていいんだぞ?」
こそりと耳打ちするが、スターダストは頑なに首を横に振る。
『いえ、私もマスターの役に立ちたいから』
「…そうか」
そう言われてしまえば止める必要性はなくなってしまう。
ひゅ、と飛んで行った自分のエースモンスターの背をみながら、遊星はふと新婚生活のようだ、と思ってしまった。

自分とが夫婦で、ドラゴン2体が子供。

割と、というよりも理想そのもので、遊星は自分の考えに耐えられなくなった。
フライパンに当たっている火を消すと、にそっと近づく。
そうして後ろから抱き締めると、彼女の肩が跳ねた。
振り向くが、からは彼の顔は見えない。
グングニールは遊星のカップに湯を注ぎながら二人を凝視していた。注ぎ始めだったため溢れることはなかったが、香るコーヒーの匂いは誰にも嗅がれることはない。
あまりにも動揺したものだから、ボタンから手を放してしまった。
水の音が鳴り止み、無音がリビングを支配する。
「…何してるのかしら」
「新婚のようだと思って」
その支配を打ち砕くかのように呟かれたその台詞に、は顔を赤くする。
朝から何を言っているんだと言いたかったが、それより先に遊星が言葉を発した。
「顔が真っ赤だな。…なんだ、新婚と聞いてその気になったのか?」
「ば、ばっかじゃないの!」
離して、と腕の中で暴れる彼女を抑え込み、ちらりとスターダストを見る。
「…スターダスト、いいと思わないか?」
『わっ私か!?』
急に振られたものだから、龍は慌てた。
「俺とが一緒になれば、お前達もずっと一緒にいられるぞ」
『…そ、れは…魅力的だが…』
「スターダスト!?」
「グングニールも。スターダストと一緒にいたくないか?」
『…主達がよければ我に反対する理由などない』
「グングニール…!貴方まで…」
外堀がちゃくちゃくと埋められつつあり、は焦る。
龍達が仲良くなっていたのは知っていたが、まさかここまでとは、と頭を悩ませた。
自分と遊星のドラゴンの交友関係が自分にかかっている。
別に遊星と一緒になることが嫌なわけではない(むしろその願望は確実にある)し、ドラゴンの仲を引き裂きたい訳でもないが、こうまではっきり言われるとは思っていなかった。
裏切るの、と氷龍に言うが、彼は本当に嫌なのか、と聞いてきた。
『すまぬ…嫌そうには見えなくて…むしろ嬉しそうだとおもうのだが』
「…それは、その…嫌じゃないけど、でも」
「嫌じゃないならいいということだな?」
更に力を込める遊星の声はこれ以上なく幸せそうだ。
ちゅ、ちゅ、と自分の頬にキスをする彼をどうにかして振りほどこうと身を捩ったその時、トースターがパンが焼けたと知らせた。





「…今日一日は様子を見るしかないだろう」
「…そうね」
余熱で焼けた目玉焼きを、皿に移しながら会話をする。遊星は席に座ると、パンにマーガリンを塗っていく。
がた、と椅子を引き、席に着くは、彼の前にコーヒーの入ったカップを置いた。
グングニールは邪魔にならない位置に座って、のカップを引き寄せる。
翼を広げ冷風を送るが、スターダストが寒そうなそぶりを見せたため中止して、自らの息で冷まそうと、それに吹きかけた。
ふーふーしていると、に笑われたが、どうして笑われたのか彼は分からない。
首をかしげると、彼女は、何でもないわと答えた。
そうこうしていると、スターダストに呼ばれたため、視線をそっちに向ける。
『それは何をしているんだ』
『主の飲み物を冷ましている』
『…そうするとどうなるんだ?』
『主が飲みやすくなる』
興味津々と言った感じに聞いてくるものだから、グングニールも無碍には出来ない。
がありがとう、と言ってカップを取り上げると、彼は一気に暇になった。
『マスターにはしないのか?』
「俺のはいいんだ。…すまないな、退屈だろう」
代わりに答えた遊星がスターダストの頭を撫でる。
見てて楽しい、と龍は答えるが、それでも退屈であろうことは主人二人は気付いていた。
「…冷めたし、スターダストと遊んでいいわよ」
がそう言うが、グングニールは首を縦に振らない。
どうして、と聞くと片付けにまた人手がいるだろうと言いきられてしまった。
「そんなことはないわ、いいわよ遊んで」
『いや、手伝う。…いいか星屑殿』
ちらりとスターダストを見る。彼は主人の隣の椅子に座って、じい、と遊星の食事するところを眺めていた。
よほど集中していたのか、もう一度呼びかけて、漸く彼は氷龍に答える。
『ああ、大丈夫だ、待ってる!』
きらきらした目で見られているものだから、食べにくくて仕方ない。
それでも自分に興味を持ってくれるのが嬉しくて、遊星は食事に集中することにした。



もぐもぐ食べていると、階段を下りる音が聞こえる。
誰か、と思ってが見ると、そこにはオレンジ色の髪が見えた。
「おー…二人ともおはようさん」
「おはようクロウ」
「先に食べてるわよ」
てくてくと食卓に近付く。その上を見た時、彼の目が一瞬だが見開かれた。
「あ、その…スターダストが…」
弁解しようとするが、クロウは気にしてはいないらしい。
「グングニールだけじゃなくてスターダストもいるって珍しいな」
「そ、そうなの…朝起きたらこうなってて…」
「ふーん?…あ、俺のコーヒーも淹れてくれよ」
『分かった』
僅かな冷風を纏い、グングニールが再びポットに舞い降りる。
こうしてモンスターがいることが当たり前になってしまったことの原因は自分にあるとは考えるが、それを咎める者は誰もいない。
スターダスト実体化は自分の力ではない、つまり原因不明だということを伝えても、クロウはそれがどうしたとばかりにパンを口に入れた。
「…?怖く、ないのかしら」
「怖い?…考えてみりゃ不思議だなーとは思うけどな。別に怖いと思ったことはねーぜ」
恐る恐る聞くが、返ってくる答えはいかにも彼らしくて。
ごくごくとグングニールが入れたコーヒーがある場所に足を運び、飲み干すと、颯爽とガレージへと向かって行った。
「ごっそーさん!そんじゃま、行ってくるぜ」
「ああ、気をつけてくれ」
「行ってらっしゃい」
「おー!あ、グングニールコーヒー美味かったぜ」
『それは何よりだ』
「スターダストもいい子にしてろよ!」
『もちろんだ』
そう言って階段を下りる。何気なくスターダストと会話を交わしたことには驚くが、何か今更のような気がしてきて、あえてもう何も言わなかった。




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海と星と空と陸/冰覇様より5000hitのリクエストの追加編頂きました!
モンスターたちとの食事風景ですね!
手伝っている二匹が超可愛いわけですが、それより注目すべきは遊星の「新婚」発言でしょう!
旦那さん、先に子供(スタダ様)を味方につけようなんて!策士ですね!!
奥さんも満更じゃないんですけどね!
なんだかんだちゅっちゅされて嬉しいに決まってる(ニヤニヤ)
悶えるオマケまで頂いて本当に恐縮です!!ありがとうございました!

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