「遊星の寝相って、想像付かないよね」
「何をいきなり……」
「それはそうだね、ボクもちょっと不思議に思ってたんだ」
昼下がりのガレージで、居残り組のティータイム。
お手製のクッキーを齧りながら、思い思いの飲み物に満たされたカップを傾ける。
「あーあ、この場にクロウかジャックでもいたら、いろいろと聞けたんだけどなぁ」
「遊星が小さい時の話?」
「そうそう。こればっかりは、私もブルーノもわからないじゃない?」
「何故あいつらに頼る? 俺に聞けば」
「だって遊星に聞いたら、私たちにわからないように誤魔化しながら、真相を濁しそうなんだもの。違う?」
にこりと笑うに、苦虫を噛み潰しながら『……違わない』と答える遊星。
「アハハハ、さすがの遊星もには勝てないね」
「こういう場ではな。だが、ベッドの上では俺が」
「それ以上言ったら、遊星の髪の毛をわら人形に詰めるわよ」
「その後はどうするの?」
「もちろん決まってるわ、呪いをかけるために丑の刻参りするのよ」
「……いつも思うんだが、どこからそんな物騒な知識を仕入れるんだ?」
「女にはいろいろと秘密があるのよ、突っ込んで聞かないでよね」
「ああ、突っ込むのは」
「こちら210班、これより蟹を駆除します」
何処から取り出したのかわからないハサミとわら人形を手に、立ち上がったが遊星ににじり寄ったが、彼に両手首を捕まれ動けなくなる。そのまま、は遊星のひざの上に。
その体勢に遊星はご機嫌、彼女の腰に片手を回しティータイム続行。
は真っ赤になるが、逃げるわけでもなく大人しくしている。
ブルーノは、毎度の光景にニコニコと楽しそうに見ている。
「………それでね、とんでもなく話がずれてしまったんだけど、ブルーノ。今夜遊星の部屋にカメラ仕込まない?」
「そんなことをしなくても、なら遊星の寝床にもぐりこむなんて簡単じゃない?」
「そうだぞ。俺ならいつでも両手広げて招き入れるが」
「私はね、遊星が一人寝のときの寝相を知りたいの」
「寝相は確かにボクも気になるんだけどさ、一体どうして?」
首をかしげるブルーノに、はクスリと。
「だって気にならない? 遊星は毎朝どうやって、きれいな蟹が……じゃなくて髪形をキープしてるのか」
「確蟹。そーいえば、遊星がブラシかけてるとこ見ないよね」
「失礼な。部屋を出る前に、簡単な身支度は整えているだけだ。髪を解くぐらい、俺は鏡がなくても大丈夫だからな。ジャックはどうか知らないが、クロウも同じだろう」
「残念でした、クロウは鏡の前に立ってるわよ。顔を洗ってからじゃないとバンダナが付けられないじゃないかって言ってたもの。ところで、遊星のブラシってこれのこと?」
が取り出したものを見て、男2人の顔が引きつる。
「……………………………えっと、針金歯ブラシに見えるんだけど、ボクの見間違いかなぁ?」
「間違いなくそうだ。歯ブラシにしてはヘッドに付いている針金が長いがな。で、はどこから持って来たんだ?」
「遊星の部屋から。今朝、皆の部屋を掃除して回ってたのを知ってるでしょ? 机の上にこれ見よがしにおいてあって、かなり使いこんであるから、もしかしてって思ったの」
「なるほどねー」
「遊星の寝ぐせを直すにはこれぐらいの固さじゃないと無理だろうし、もし寝ぐせ直しのブラシじゃないって言うんなら寝相を見て確かめてみたいと思うのが乙女心で」
「そんな乙女心はいらない。それにしても、これをブルーノが知らないなんて驚いたな」
取り上げた針金歯ブラシを弄びながら言う遊星。反対の腕は未だがっちりとの腰を抱いたまま。
「これは、錆などを磨き落とす道具だ。やすりとはちょっと違うんだが、形状がこんなのだから持ち易いし、力を入れるとかなりきれいになる。銀粘土細工の仕上げ磨きに使ったりもするらしいぞ」
「へぇーっ、全然知らなかったよ」
「サテライトでジャンク漁りをしていた頃はよく使っていたんだが、こっちに来てから時間をかけて磨くほどのものがなかったからな」
「そ、それが何で机の上に出てたの? 本当に遊星の髪をッ!」
「…………い、痛そう…………」
「何を言う。実際に解いてやっただけだぞ?」
清々しい笑顔の割に目が笑っていない遊星に、若干涙目の。ブルーノは遊星から漂ってくる若干冷たさの混じる空気に委縮して一言のみ。
「これが机の上にあったのは、単なる道具箱を整理していたせいだ。第一こんなもので髪を解いていたら、血だらけになりかねない」
「その血だらけになりそうな危険物を他人の頭に使うってどういうことよッ!」
「力は加減した」
「そういう問題じゃない!」
「まあまあ2人とも、それくらいにしてさ。は針金ブラシの使い道から、遊星の寝相が気になったんでしょ?」
「そう。針金ブラシの使い方はわかったけど、当初の問題は全く解決されてないのよね。ってことで、私がここで遊星を足止めしておくから、ブルーノ、カメラ仕掛けてきてね」
「俺を足止め? フッ、にそんなことができるわけがないだろう?」
「あらそうかしら? こうやればいいのよ」
そう言い終わると同時にの両腕が遊星の首に回され、彼らの唇も重なる。
さすがにこれに反撃できない遊星。
いつもは恥ずかしがってこんな行動をしないに苦笑しながらも、ブルーノは静かに立ち上がって道具箱を取りに行った。
「作業終わったよー」
30分後にブルーノが、遊星の部屋から出てきた時。
ソファには誰もおらず、ただ飲み掛けのカップが3つと皿半分ほどに減ったクッキーが残されていたのはお約束というべきこと。
「遊星、ちゃんと加減してくれたらいいんだけど……」
夕食当番はだったはずで。
彼女が立てなくなったら、そのとばっちりは確実に自分に来る。
ブルーノはそんな心配をしながら、カップを片付け始めた。