恋とは難しいものだ


鉄男と遊馬のデッキを賭けたシャークとのデュエル。
小鳥の友人であり、遊馬の幼馴染みだった私は心配で付き添った。
シャークの雰囲気がおかしくなったあと、いきなり遊馬が騒ぎ出した。

「遊馬どうしたのよ一人で騒いで!」
「一人じゃねぇよ!ここにいんだろ!?」
「え?何を言ってるの遊馬」

小鳥と鉄男が奇妙な目で遊馬を見る中、私は疲れているのかもしれないとDゲイザーを外す。
目を擦って遊馬の方を見ればやはり見える。
青色のデュエリストの幽霊が。





知らないフリをするのも大変だった。
青色の幽霊、名前はアストラル。
観察を得意とするのか私の知らないフリが直ぐにバレてしまった。
遊馬とはお互いを認識できるらしいけれど触れ合うことは出来ないみたいで、何故か私はアストラルと触れ合えた。
見るもの全て珍しいのかアストラルはいろんな物に驚いて、その度に観察結果と言っては何かと記録しているみたいだった。
子供のように目を輝かせる、と言っても僅かな表情の違いだけれど、彼がいろんな物に驚く姿は可愛らしくて自然と彼に惹かれていった。
いつしか恋心を抱くようになったけれど人間じゃない彼との恋は実に不毛だ。
それに彼は恋心を理解していない。
少なくとも遊馬よりは理解できているみたいだけれど。

「初めから遊馬とは触れ合えなかった。しかし君とは触れ合えた。君は何か特別な力を持っているのか?」

今日もアストラルの質問攻め。
最近は遊馬に聞くより早く私のところに来てくれる。
それが嬉しくてつい表情を綻ばせながら会話する。
遊馬に言わせれば私は変な顔をしているらしいけれど嬉しいんだから仕方がない。
乙女心を踏みにじる辺り遊馬らしいというか何というか。

、私の話を聞いているのか?」
「聞いてるよ。アストラルじゃないんだし、そんなものはないよ」
「なら君と初めから触れ合えた理由をどう説明する?」
「理由なんてないよ。きっと運命だから」
「運命?」

テーブルに肘を突いて宙に浮いている彼を見上げると、ふむと言った表情でアストラルは顎に手を当てた。

「…人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力…その力によって巡ってくる幸、不幸の巡り合わせのことか…」
「辞書だねぇ、アストラル」

一字一句辞書の通りに答えるアストラルに小さく笑えば彼は不服そうに溜め息を吐いた。

「真面目に答えてくれないか。これは大きな問題だ」
「アストラルが言ってくれたようにこれは人の意志が超越している話なのよ。だから私には分からないよ」

アストラルが分かってくれるようにもっともらしいことを言う。
実際に何で触れ合えるかは分からないから奇跡としか言い様がない。
奇跡と言えば言ったで話がややこしくなるだろうから言わないけれど。

「そうか。ならこの不可解な出来事を立証できる何かはないのか?」
「残念ながら。でも一つだけはっきりと分かることがあるよ」
「それは何だ?」
「アストラルと巡り会えて私は幸せだなぁって」

ちょっと臭かっただろうか。
でも本心だ。
なんて思いながら彼を見上げればアストラルは僅かに笑顔を見せていた。

「無論だ。私とて君と出会えたのは良きことだと思っている」
「それだけじゃダメかな?」
「疑念が全て解けたわけではないが君がそう言うのならそうなのだろう」

納得していないみたいだけれど私の言うことを聞いてくれるアストラルに微笑んだ。
するとアストラルは部屋にある辞書に触れて不思議そうに呟いた。

「人間が作り上げる言葉と言うものは実に不可解なものだな。それでいて表すことができない感情や現象を的確に表している」
「面白いでしょう?」
「面白いかは定かではないが君とこうして触れ合い話せることは喜ばしいと思う」

彼なりに納得してくれたようで安堵する。
彼からの好意もそれなりに受け取れて嬉しくなればつい聞いてしまった。

「アストラルは私が好き?」
「好きと言う感情を私は持ち合わせていない」
「そっかぁ…。私はアストラルが好きだよ」

人相手にだったら恥ずかしくて絶対に素直に言えない。
何でも口にするアストラルだからか、それとも好きを知らないからか。
それは分からないけれどアストラルを見ていると言いたくなってしまった。

「君は酷い人だな。私はたった今その感情が分からないと言ったのだが」
「酷いのはアストラルだよ。この気持ちを理解できないんだから」
「そうか…それはすまない」
「…ううん…ごめんね、意地悪言って」

アストラルに当たるだなんて筋違いだ。
自分が勝手に好きになって報われないから当たるだなんて。
直ぐに謝るとアストラルは首を横に振った。

「いや、理解できない私の方が問題なのだろう?君は今凄く辛そうな表情をしている」
「…え…?」

こんな時に得意の観察をされるなんて、もう苦笑するしかない。
恥ずかしいから見ないでと言おうとした瞬間、助け舟のごとく遊馬が声を掛けてきた。

「おーい!デュエルしようぜ!」
「あ、遊馬!直ぐ行く」

腰を上げて遊馬の元へ行こうとすると後ろに腕が引っ張られた。
振り向けばアストラルが腕を掴んで引き止めている。

「アストラル?」
「…君を見ていると不思議な気分になるな」
「え?」

引き止めたことで満足したのかアストラルは手を離した。
その手を胸に当てて首を傾げている。

「ここがざわめく」
「え?アストラル…?」
「君が遊馬の元へ行くと言った時に強まった。行かないで欲しいと。私を見て欲しいとも思った。これが何なのか…、君は分かるのか?」

それってつまり…。
期待で胸が膨らむけれどそんなことがあるのかと目を泳がせた。

「…それは…多分…分かるけれど…」
「本当か!?教えてくれ!」
「…っ、あ、アストラル…、落ち着いて…っ」

それはもうテンションの高いアストラルが私の両腕を掴んでこちら見つめている。
アストラルにもそういう感情があるのかと思うだけで嬉しくて少しだけ涙が瞳に溜まった。

「…?発熱しているのか?顔が真っ赤になっている。瞳にも涙…もしや風邪というものか?」

勘違いして慌てるアストラルに何て言い訳したらいいか分からず、勢いで彼に抱きついた。
ぎゅっと抱きついて顔を隠すとアストラルが急に静かになった。

「…不思議だ…先程の蟠りが消えていく」
「そっか…良かった」

抱きついているとアストラルも背中に手を回してきて幸せだなぁなんて思っているとアストラルが呟いた。

「今度蟠りを感じたときは君にこうすればいいのか。観察結果に記録しておこう」
「それは…ちょっと違う…かな…?」

アストラルらしい言葉に苦笑するしかない。
つまりアストラルの気分次第で抱きつかれるということは遊馬にも見られるわけで。
あ、そういえば遊馬に…。

遅ぇよ。ってお前ら何してんだよ」
「あー、えっと…何だろ…?」

遊馬に呼ばれていたことをすっかり忘れていた。
抱き合っているのをばっちりと見られてしまった。
これが私と男の人が抱き合っていたなら遊馬は顔を真っ赤にして出て行ったんだろうけれど、アストラルと抱き合っているせいか遊馬は首を捻っておかしなものを見るような目でこちらを見ている。
そんな遊馬に向かってアストラルはいきなり変なことを言い出した。

「遊馬。私は今日からに付くことに決めた」
「ちょっ、アストラル…!」
「はぁ?いきなり何言い出してんだよアストラル」

遊馬にとっては願ってもない申し出なのだろうけれど私の方は大問題だ、気持ち的に。
それにアストラルだって遊馬から離れられないはずだ。

「遊馬には済まないが私は遊馬といるよりといたい」
「アストラル、取りあえず落ち着こう?」
「私は落ち着いている」
「いきなりどうしたんだよアストラル」

冷静沈着なアストラルが暴走を始めるといよいよ手がつけられなくなる。
何とかして宥めようと言葉を探すもそれより先にアストラルが爆弾を落とした。

「きっと私はが好きだ」
「え?」
「は?」

好きという感情を教えてないのにアストラルから好意と取れる言葉が聞こえた。

「好きだから彼女の側にいたい。これが恋と言うものなのだろう?」
「知らねぇよんなの。、アストラル放っといてデュエルしようぜ、デュエル」
「う、うん」

顔を真っ赤にする私に構わず遊馬は腕を掴んで連れて行こうとする。
そんな私の反対の手をアストラルが取って後ろに引っ張りどちらにも行けない私は戸惑ってしまった。

「遊馬、君という男は本当に恋愛感情に疎いようだ」
「はぁ?今それ関係ねぇだろ!」
「だから私のを取らないで欲しいと言っている」
「意味分かんねぇよ」

何をどう理解したのか分からないけれど人間よりもストレートに言うアストラルに私は終始顔を真っ赤にするしかなかった。
アストラルを宥めるのにも理に適わないと納得してくれなくてそれはもう大変だった。
恋人になる、というわけではないけれどアストラルと両思いになれたのはとても嬉しくて以前に増して幸せな生活を送れるようになった。
何故だか分からないけれどアストラルは遊馬から離れられる距離が伸びて今じゃ私と遊馬の間を行ったり来たりするようになった。
遊馬の家と私の家が近いということもあってか遊馬が家にいて私が家にいるときは頻繁に私の元に訪れる。
何てことないたわいもない話やアストラルの質問に答えるのが楽しくて毎日が幸せだった。
そんなある日の夜、寝ようとしていた私をアストラルが起こした。

!人間の生殖行為と言うものが知りたい」
「へ?」
「人間の生殖行為は夜にするのだろう?」
「あ、あの…アストラル何言って…」
「女性器というものにも興味がある。遊馬のとは違うのだろう?」
「アストラル、ちょっと黙ろうか」

どこでそんな知識を仕入れたのか分からないが他の誰でもない私のところに来てくれるのは少し嬉しかったりする。


fin.